第21作 ゲリラ卒業式
ここはどこにでもある見えないスクールカーストに縛られた中学校。
彼はスクールカースト的には一応上位。でも上位の中じゃ下位。そのためここではイジられキャラだ。正直そうされるのは嫌なのだが、それでもこの上位にいることに固執し、何もできない三年生の主人公。
彼には好きな女子がいて、彼女も上位に属している。彼がスクールカーストの上位に固執する理由は『この位置にいないとその子を彼女にできない』からだ。
もうすぐなんだ。彼女とはLINEも交換した。やりとりも毎日している。雰囲気も悪くない。いい感じ。
そんな中学に一人の転校生がやってきた。彼女の名前は龍口さん。龍ノ口オリアンティ。アメリカ人の少女だ。ハーフではなく、純粋なアメリカ人。
白人特有の白い肌、ブロンドの髪、パンキッシュな濃いメイク。明らかに校則違反だが、彼女の強気な性格も相まって「日本人じゃないから」という理由で先生たちも諦めた。
そんな彼女は早速イケてる女子たちからアプローチを受ける。校則違反ギリギリを攻める彼女たちからしたら一種の救世主のように映ったのかもしれない。
オリアンティも最初は彼女らと仲良くしていたが、次第にオリアンティの周りから彼女らは遠ざかっていく。
なぜか。彼女はやっぱり「日本人じゃないから」だ。とにかく空気を読まない。読めないというより、読まない。
空気がすべてを支配する女子中学生にとってこれは致命的。最終的にはハブられて、陰口も叩かれるようになる。あいつは校則違反なのに依怙贔屓されていると、あれだけ持て囃したことを今度は貶し始める。
だがオリアンティは屈しない。アメリカから日本に来てもともと独りだったのだから、それに戻っただけだと。
そんなさなか、放課後主人公は忘れ物を取りに教室に戻った際、アコースティックギターを片手に静かに歌うオリアンティを目撃してしまう。
彼女が奏でていたのはエリック・クラプトンの「Tears in Heaven」。
「You know this song?」と彼女は訊く。
「知ってるよ。有名だし」と何とか彼女の英語を聞き取れた主人公は答えた。
「Is that so. You are first one、ジャパンでこれ知ってるって言ったのは」
「古い曲だから、俺ら世代は知らないよ」
「ならばなぜ、あなたは知っているの?」
「洋楽だけは、たくさん聴いてきたんだ」
そうして話をするうちに、彼女は主人公のことを気に入ってしまう。
対して主人公は彼女に気圧されて、早く帰りたいのに帰れない状態。
「Let's compose a band!」急にオリアンティは言う。バンドを組もうと。
「楽器なんかやったことない」と断るが、勝手にベースをやれと決められる。ドラムはもういるから明日紹介すると。
次の日、休み時間にオリアンティはいきなり話しかけて来た。
こんな公衆の面前で、学校では悪い意味で異彩を放つ彼女から話しかけられると非常に困る。周りもざわめき立つ。
それでもそれを気にしない彼女は主人公の手を引いてどこかへ向かう。
向かった先はまさかの、男児トイレだった。
それに遠慮なしに入るオリアンティ。偶然誰も用を足してなかったからいいものの。
そして彼女は一番奥の個室をノックする。そういえば微妙に変な匂いがする。藁を焦がしたような、そんな匂い。
人はいた。そこから顔を出したのはこの学校の問題児。
彼は中二の頃、上級生たちから呼び出された際に持っていたナイフで一人を刺し、それ以降、不良さえも近づかない存在になっていた男だ。
問題児の手にはアイコスが。さっきの匂いはこれか。
「ワタシたち、バンドやるからドラムスやって」いややらんし。
「あ? 誰だお前?」知らんのかい。
「でもアナタ、ドラムスやるでしょ?」
「何で知ってんだ」
「ドラマーのくせ出てるから。たまにリズム刻んでるから」
その観察眼に感心したのか、問題児は言った。
「セッションして気に入ったらな。俺はこれでメシ食うんだからよ」
そんなこんなで一応スリーピースバンドのメンバーは揃った。
しかし、ここで事件が起きる。
主人公はしょっちゅうこの二人と絡んでいることで、スクールカースト上位の男子から更にイジられる、というよりイジメられる。それでもここに固執する主人公。
だが、そんな様子を好きな女子に見られてしまう。それからは彼女からの連絡は途絶えた。
終わった。主人公の恋が、いや、中学生活が。
ここからしばらくふさぎがちになる主人公。バンドも最初からやる気などない。しかしオリアンティに無理やりバンドメンバーであることは続けさせられた。
一応、ギターボーカルはオリアンティ、ベースは主人公、ドラムは問題児というなんちゃってバンドにはなっている。
だがスリーピースバンドをやると必ずぶち当たる壁がある
――音が寂しい。
問題児は学校外の知り合いで楽器できる人間を引き入れようか提案したが、オリアンティはなぜか学校内でのメンバーがいいと譲らない。
それから平行線のまま数日が過ぎた頃、オリアンティは主人公たちの前に一人の女の子を連れて来た。
彼女は違うクラスの地味な女の子。彼女の趣味は日常の音を録音することだという。楽器はまったくできないとのこと。
何でこんな子をバンドメンバーに誘ったのか。理由を聞くとオリアンティはアイフォーンから音楽を流す。ローファイヒップホップ的なビートを。
これはこの地味子が作ったらしい。彼女は日常の音を録音して、それにドラムや装飾音を加えて楽曲を作っているそうだ。そう、オリアンティは彼女をマニピュレーターとしてバンドに採用したのだ。
これでメンバーは揃った。そしてやっと、オリエンティは胸に秘めていた思いを口にする。
私たちはこの学校でののけ者。でもどう考えたって間違っているのはワタシたちじゃない。でもそれを大声で言ったところで何も伝わらない。じゃあどうする。
「卒業式を乗っ取って、ゲリラライブをしよう」
それはあまりにも壮大で、大胆で、だけれども稚拙な案だった。
でもこれなら間違いなくその場にいる全員の記憶には残る。たぶん、一生忘れられないくらいに――――。
後の話は勝手に想像して。
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