最新話

シティガールにはまだ遠い。だから、未満。

 終電、それは健康で文化的な生活とは対極の不健康で不健全な青春の言葉。そんな言葉をペンネームに取り入れた作家がいます。


 ──絶対に終電を逃さない女。


 インパクトのあるペンネームはカクヨムでも時々見かけますが、一度聞けば忘れられないペンネームは作家の強みですよね。

 絶対に終電を逃さない女?この人は何者?と、誰もが初手で興味を惹かれます。


【シティガール未満】/絶対に終電を逃さない女

柏書房 2023年1月発売

ジャンル 文学・エッセイ・ノンフィクション


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 以下、著者のツイッター(X)と柏書房公式サイトより一部引用


GINZAのWebで2019年から連載していたエッセイ『シティガール未満』に加筆修正のうえ書き下ろしを加えました。


平成の終わりから令和、そしてコロナ禍の東京。

その様々な街で、起こったこと、考えたこと、思い出したことが、都心の路線図のごとく複雑に絡み合っていく。

これはそんな私の個人的な記録だが、きっと見知らぬあなたの記憶とも、どこかで交差するだろう。


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 私は2019年のGINZAの連載が始まる少し前から『絶対に終電を逃さない女』さんのツイッターのフォロワーでした。GINZAのシティガール未満の連載もリアルタイムで追っていたので、終電さん読者歴は5年以上にはなるでしょう。


 GINZAのWeb版では今も【シティガール未満】の記事が公開しています。この記事で興味を持たれた方は、まずWeb版から読んでみても良いかもしれませんね。


 終電さんのSNSをフォローしたきっかけは忘れてしまいましたが、私が終電さんに惹かれた理由は、日々のSNSとエッセイで繰り広げられる小気味よい文章と彼女の上京の動機でした。

(以下、終電さんのSNSより引用)


【絶対に終電を逃さない女、「謎めいた存在」みたいに扱われることがよくあり、SNSやエッセイでこんなに自己開示してるのに!? と思うのだが、変なペンネームで顔を出さずに書いているというだけで人々は謎を感じるっぽいとわかってきた】


【私は誰も私を知らない場所で人生をリセットしたいと密かに思って上京したけど、首都圏出身だったらどこかへ逃げる口実が見つけづらかったと思うので、その点では地方出身で良かったかもしれない】


 終電さんと同じく、誰も私のことを知らない場所で生きたかったから私も上京を選びました。終電さんを見つけた2018年〜2019年頃の私は彼女が綴る文章から何かしらのシンパシーを感じ取ったのでしょうね。

 終電さんのSNSやエッセイを眺めていると不思議と心が落ち着きます。


 彼女の過去の投稿を街ごとに検索してみると、沼袋への愛着が凄い、表参道は美容師の話が多い、混沌とした新宿の街の話や数日後には過去のものとなる渋谷の風景など、終電さんのSNSを見ているだけでもシティガール未満を読んでいる気分です。笑


 【シティガール未満】本編は筆者の視界を通して見えた東京の街並みと共に、終電さんの人生を追体験できるようなエッセイが全25話あります。

 ※25話は書籍版の話数、GINZA Web版では全23話


 全編お気に入りの話だけれど私が特に好きな話でおすすめなのは、


「国立 白十字のスペシャルショートケーキ」

「代々木八幡のマンション」

「早稲田のオリーブ少女」

「四谷三丁目のモスバーガー」

「中野 東京の故郷」


 どんなお話かは書籍またはGINZA Web版でお楽しみください。


 大学進学を機に上京した筆者が東京という街で積み重ねた日常生活によって生まれる喜怒哀楽。

 そのなかに、あなたにも身に覚えのある感情がきっと見つけられると思います。


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 ここからはシティガール未満の再読に至ったきっかけと、地方出身者の私の戯言がメインだけれど、よろしければお付き合いください。


 私は東京に生まれただけでも、ひとつのアドバンテージだと思っている。

 少し前に都内の中高一貫の私立学校出身者が、不登校になった時に海外留学制度を使って必要な単位を取得した話を聞いた。

 話を聞いた時に私が感じたことは、お金がある世界で生きている人のやり方だなぁと、とてもひねくれた感想だった。


 留学制度は『東京の学校』に限らずあるし、地方にだって貧富の格差や教育の差は存在する。

 その話をしたアヤさん(仮名)は東京生まれ東京育ち、都心の中高一貫私立校と四大卒の二十代女性だ。私は彼女の不登校の過去を責める気持ちはない。


 それでも「教室に行けないのなら海外に行ってらっしゃいなんて、恵まれた甘い世界だね」「どんなバックグラウンドを抱えているか判断ができない不特定多数の人間がいる公の場で、そういう発言はしない方がいいよ」と、アヤさんへのチクチク言葉が喉まで出かかって慌てて閉じた。


 「言わない方がいい」はお互い様だ。外側から見える肩書の情報だけでその人のすべてを知った気になって、恵まれていると断罪したり可哀想と哀れんではいけない。

 にんげん、色々あるんだよ。


 おそらくアヤさんには地方の公立校の学校生活は想像もつかない世界だろう。

 都内に実家のあるアヤさんはアルバイトで職を転々としながら、推しのライブに足を運んだり、文化系の習い事に通い、東京に集う様々なカルチャーを楽しんでいる。


 アヤさんも本音は正社員雇用を望んでいるようだが、現状がアルバイトでも都内実家住みで住環境の心配はないから趣味に使えるお金は比較的余裕があるそう。

 だからアヤさんからは生活臭が漂わない。生活感ではなく生活、ここポイント。


 悪気のない発言だとしてもアヤさんにとっては地方の公立学校に通う人々とその世界、地方から上京してきた人間の生活は透明人間と透明な世界も同然なんだと、彼女の無邪気な無知を感じて私は勝手に憤った。

 アヤさんの『東京出身』が悪いわけではない。あの時の私は、知らない世界に対するアヤさんの想像力の欠如に苛立っていた。


 私がアヤさんに感じたモヤモヤは上京後に感じてきた地方と東京の様々な格差にも通ずる感情だった。

 東京出身の人には見えていない東京と地方の透明なパーテーションは確実に存在する。コロナ禍で出現した透明なアクリル板みたいなものだ。


 アヤさんに限らず、東京出身者は都内に実家がないことから発生する金銭的な負担、進学や就職の条件がなければ親に上京を理解してもらえない地方民の存在などはなから眼中にない。


 地方民が若者でいられるうちに『東京』に移り住むには、それなりに面倒な手順と乗り越えなければならない壁がある。東京の学校への進学や東京の企業への就職で上京するとしても、まず希望する学校や企業に受からなければ上京は夢のまた夢で終わる。

 「やっぱりこっち(地元)で進学(就職)しなさいよ」なんて、親に説得されて流されるまま、地元で一生を終えることになってしまう。それで幸せになれる人もいるが、地元で幸せになれるタイプの人間はそもそも上京を選ばないタイプの人間だ。


 その点、東京出身者は生まれた瞬間に本人が何もしなくても『東京』を手に入れただけ私や終電さんを含めた上京組にとっては、どうしても彼ら彼女らが人生イージーモードに見えてしまう。


 ただ東京という街で生まれ育っただけで勝ち組だとは今は思わない。人生がそんな単純なものなら東京人は全員幸せスマイルモードだろう。


 アヤさんも親との確執で悩んでいる様子だった。実家では門限があるようで、アヤさんの年齢を考えても設定された門限の時間に私はドン引きした。二十代社会人に門限を定める親御さんって……。(いろいろ察した)


 どれだけカルチャーに没頭できる環境でも実親と相性が合わない人生は疲れる。その程度の想像力は私も働くから、アヤさんに「東京に生まれただけでもあなたは恵まれた側だ」とは口が裂けても言ってはいけない言葉なのだ。


 環境に恵まれても周りの人や職場に恵まれるとは限らない。そんなものなんだ。

 人生はどこかで、幸・不幸の帳尻合わせが来るのかもしれない。


 東京生まれの都内在住であっても家族仲が悪い人よりは、地方の田舎在住で家族仲が良い人のほうが日々の笑顔の数は多そうだ。

 にんげん、色々ある。(2回目)


 上京して数年、東京の生活で驚いたことは多々あるが、一番は美術館や博物館の多さ、多種多様なジャンルのイベント事を気軽に楽しめる交通の利便性、それぞれの特色がある数多の繁華街など、文化資本やカルチャーを楽しむハードルの低さだろう。


 都内や関東の特に私立高では校外学習の一貫として、国内トップクラスのバレエ団の舞台やオペラ、歌舞伎なども観劇できるらしいと小耳に挟んだ。

 関東近郊のすべての学校がこのような経験をさせているとは思わないが、私も上京後のバレエ観劇で学生団体が入る公演に遭遇した経験がある。


 関東出身者ではない私は客席に並ぶ高校生の制服を見てもどこの学校か判断ができない。だから劇場に集まる紳士淑女の会話を盗み聞いた。

 どうやら私が遭遇した学校は関東の私立女子校らしいと知り、後からネットで高校名を調べると偏差値の高い進学校だった。

 どうりでマナーの良い利発そうなお嬢さん達だったものね、と納得はしたのだが。


 高校の教育課程で国内最高峰のバレエ団の舞台が観られるなんて、贅沢な経験ね!と、またしても格差を見せつけられた気分で苦しくなった。

 私の高校は売れているのか売れていないのかイマイチわからない、地方の無名お笑い芸人が学校イベントのゲストに来ていたくらいよ。

 これが地方の公立高校で呼べるゲストの限界。


 享受を受けている側は、享受を受けられない側の存在が透明人間となる。

 貧乏人は金持ちの存在を意識するが金持ちは貧乏人の存在すら知らない。

 似たような話が東京にはいくらでも転がっている。それに『東京』にも格差による透明な世界はいくらでもあったと私はもう知っている。


 けれど、アヤさんの発言の後からなんかダメだ、なんかモヤモヤする。なんかチクチクする。


 誰かに胸の内を聞いて欲しくても今の私の周りで雑談以上の親しい会話ができる人は皆、東京や関東出身者しかおらず……。

 電車に乗れば1時間以内で東京に着ける範囲の関東近郊出身の人よりは、新幹線か飛行機を利用しないと東京に着けない完全な地方出身者と話がしたかった。


 そんな私のモヤモヤとした心が自宅の本棚に並ぶ【シティガール未満】と共鳴した。これは久しぶりに読むタイミングだと、表紙に描かれたシティガールに言われた気がした。


 【シティガール未満】を手に取り、読みたいところから自由にページをめくった後は、絶対に終電を逃さない女さんのSNSのポストを検索した。「ああ、そういえばこの投稿好きだった」「この投稿はスクショしてノートにも書き写してある」など、終電さんを好きな理由を再確認するひと時が、心に巣食う雨雲を追い払ってくれた。


 個人的に好きな絶対に終電を逃さない女さんの投稿をご紹介します。


【繁華街のスクランブル交差点ですれ違う大勢の人々の中に実は運命の人がいて、知り合う機会がないというだけですれ違い続けているのかもしれないと考えると、“東京”を感じる】


【昨日適当に入った東中野の喫茶店のオムライスが、お母さんのオムライスにかなり似ていて泣きそうになった。子供の頃の私はオムライスが大好きで、夕食がオムライスだと知れば大喜びし、毎年誕生日にはお母さんがオムライスと唐揚げとケーキを作ってくれたんだ……】


【沼袋のライバル、池袋に来た】


【20歳頃によく遊んでいた男友達が毎回のように終電を逃すので、じゃあ私は絶対に終電を逃さない女だなとふと思いついただけで、その時に一生分のネーミングセンスを使い果たしたとすら思っている。】


【私にとって「終電」という概念には、「都会っぽさ」と「夜に人と遊ぶ」という憧れが詰まっているのだと思う。地元の田舎では電車移動をする習慣もなかったし放課後に遊ぶ友達もいなかったから。】


【最近映画を観に行く時、なるべく遠くの馴染みのない街の映画館に行って散歩するようにしている。電車で少し移動するだけでいろんな街に行けるのが東京の良いところだと思っているので、知らない街に行く口実を常に探しているのだ。】


【東京出身の人って田舎者がイオン行く感覚で美術館とか展覧会とか行くよね】


【東京生まれ東京育ち大学まで実家住みで就職して初めて田舎に飛ばされた人が、これから田舎と一人暮らしの不便さや煩わしさ、退屈さ、孤独などを知って苦しむと思うと嬉しくなってしまう】


   *


 東京を愛する人も東京を憎む人も、東京で透明人間となった経験がある人もない人も。現在、東京や関東地方に住む人も他の地方在住の人も。

 地方出身者にしか見えない『東京』の景色をこちらのエッセイで覗き見してみませんか?

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