第6話


 夏季休暇を間近に控えた夜。リビングでは行彦ゆきひこみなとが賑やかに話し込んでいた。


 無事に仲直りをした二人は、わだかまりの解消と再出発を兼ねて三泊四日の旅行をすることにしたのだ。


 「でも本当に良かったのかな、彼女も一緒で」行彦が言う。


 旅行にはみやこも付いてくることになっていた。彼女とはきっちりケジメをつけてはいたが、だからといって一緒に旅行なんてしていいのだろうか。


 だが心配する行彦をよそに湊は何てことなさそうに答える。


 「当たり前でしょ。友達なんだから」


 今回の一件で、行彦は彼女たちのえんが完全に切れたと思っていた。しかしそれは杞憂で終わり、二人は以前と変わらず友人関係を続けている。男と違って後腐れを残さない生き物なのだと湊は言っていた。自分の心の弱さを重々知った今、行彦は何となくその言葉を納得していた。


 いっぱい悔やんで、いっぱい泣いて、この夏、多くのきずが生まれた。それは決して完治することはない。どれだけ取り繕ったって、一度起きたことはなかったことにはならないからだ。

 だが残るものが痛みだけとは限らない。あふれた哀しみも様々な想いと溶けあって、いつかは微笑みに変わる。

 この疵痕きずあともそんな思い出になればと行彦は願った――。



 しかし湊が髪を掻きあげたとき、行彦はそれを眼にしてしまう。彼女の耳元を飾る、深みのある緑のイヤリング。


 「それ、どうしたの?」少し浮いたデザインに、ふと妙な胸騒ぎを覚えて訊ねる。


 「前からあるわよ。結構気に入ってるから何度もつけてるんだけど……気付かなかった?」


 湊が口角を吊り上げて笑む。笑っているはずなのに、行彦にはなぜかひどく粘っこい不気味な表情に感じた。


 その時、彼の脳裏に記憶が甦る。かつて京が口にした言葉だ。


 ――女はみんな、すべからく欲張りなんですよ。



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