5分で読書

遠藤良二

第1話 虜

 僕はあの子を見た瞬間、身体中に電流が流れた。これって······。


 今は朝八時過ぎ。高校の正門の近くに僕はいる。前から歩いてくる女子高生は転校生だろうか。初めて見る顔だ。それとも単に見たことがない生徒なのか。


 僕は高校ニ年生。安田弘也やすだひろや。普段みんなからは、ヒロと呼ばれている。


 僕は今、彼女と呼べる女子がいない。友達ならいるけど、恋愛感情はない。


 でも、今見た僕の前を歩く女子は今まで会ったことのない感じの子だ。一瞬にして緊張が僕を襲い、胸が高鳴った。声を掛けようかと思ったけど、あまりの緊張に言葉が出ない。早くしないと行ってしまう! でも、でも······!


 そうこうしているうちに彼女は校内へと姿を消した。ああ、行ってしまった。畜生! 僕の意気地なし! 僕は自分を責めた。何やってるんだ! チャンスを逃したじゃないか! まるで第三者にも責められているように感じた。


 同じ学校だから、また今度会えるといいけれど。


 黒髪のロングヘアーで華奢な彼女は顔も僕の好みで一瞬で虜になった。


 こんな女子は初めて見た。学校での評判はどうなのだろう。きっと、いいのかもしれない。僕の勝手な想像だけれど。


 僕は教室に向かった。入ってみるとなんとさっきの子がいた。僕は感激した。まさか同じクラスとは。でも、昨日はいなかったから転校生だろう。この学校には初登校だと思う。


 一段と華やかに見えるのは僕だけだろうか。周りの同級生はいつも通りだ。


 同じクラスのたかしが近付いてきた。

「弘也、可愛いのが入ってきたな」

 と小声で話しかけてきた。

(こいつ、もしかして、ライバル?)

 そう思ったけど、僕の思いは隆に伝えていない。伝えるにはまだ早い。


 担任の先生が教室に入ってきた。ドアをガラガラと開ける音が聴こえた。

「今日から君たちの仲間が増えたぞ、既に席に着いているが自己紹介してもらおう! 上田さん、前に来てくれないか?」

 すると、か細く高い声で、「はい」と返事が聞こえた。凄く緊張しているように見える。大丈夫かな、表情が引きつっている。顔は下向き加減で喋り出した。

「みなさん、初めまして。上井沙也加かみいさやかといいます。よろしくお願いします」

 そう言いながらお辞儀をした。彼女は俯き加減でこちらをちらっと見た。

「上井さん、戻っていいよ」

 はい、と言って自分の席に戻ろうとした時、一番前の机に足を引っかけて転んでしまった。僕は、ハッとなり、

「大丈夫ですか!」

 と、彼女のもとに駆け寄った。すると、

「あ、ありがとうございす……」

 立ち上がるのを助けようと手を差し出した。僕の手に乗せた上井さんの手は凄く温かかった。ドキッとした。思わず彼女の目を見た。二重でぱっちりしている。やっぱり、可愛い。赤面したのを自覚できた。恥ずかしいところを見せてしまった。上井さんの顔を見ると彼女も同様だった。


 上井さんが立ちあがるのを待ってからぼくも立った。彼女からいい香りがした。柔軟剤の匂いだろうか。


「安田君、なかなか男気があるじゃないか」

 と、先生は言った。僕は、

「そうですか?」

 そう答えた。

「そうだろ。女子を助けるんだから」

 僕は苦笑いを浮かべた。


 すっくと立った上井さんは微笑みながら、

「ありがとう!」

 と、言ってくれた。

 か、可愛い! 僕はまたドキッとしてしまった。目を合わせられない。どぎまぎしながら僕は彼女の握った手を離した。


「あの、僕、安田っていいます。安田弘也」

 早口で言ったからちゃんと伝わったかな。


「安田君ね。よろしくお願いしますね」

「上井さん、こちらこそよろしく!」

 僕は心を込めてそう言った。


 上井さんの第一印象は最良。僕のそれはどうだろう。訊いてみたい。悪いとは思えない、むしろ、好印象ではないかと思う。分からないけれど。


「何だ、安田君。もう上井さんと仲良くなったのか。隅に置けないなぁ、君も」

 僕はまた苦笑いを浮かべた。さっきから先生には冷やかされてばかりだ。言い返す言葉も見付からない。


 上井さんの席は、幸いなことに僕の隣。ラッキーだ。これも何かの縁かな。


「よーし、朝のホームルーム始めるぞ。今日の日直は、転校生の上井さんを助けた安田君にやってもらおう」

 僕は思わず笑い出した。

「わかりました。今日は僕がやります」

 クラスのみんなはクスクス笑っている。何で笑うんだ! 僕はヒーローじゃないか。そう思ったが口には出さなかった。


 隣にいた上井さんからは、「がんばってね!」と言ってもらえた。嬉しい! 僕は、「うん! 頑張るよ。ありがとう!」と答えた。なんて優しい子なんだ。


 初対面とは思えないほど話しやすい。なぜだ? どこかで逢ったことはないとは思うけれど。そう思ったので訊いてみた。すると、

「たしかに、安田君とは話しやすい気がする」

「ほらほら、無駄話は休み時間にしなさい。安田君、日直だろ。

早くしなさい」

 と、先生から注意された。

「はいはい」

「はいは一回でいい」

 僕は黙って、先生から出席簿を受け取った。そして、順に出欠を取っていった。

 だが、出席簿に上井沙也加と名前が載ってなかったので呼ぶのを忘れてしまった。

「あ……。私、呼ばれてないよ」

「そうだった、すまん。上井さん。明日までには出席簿に追加しておくから」

 と、先生は言った。

「はーい」

 少し不貞腐れたのか、彼女から笑顔が消えた。結構、表情がコロコロ変わる。感情豊かな子だと思った。


 上井さんは適応力があるというのか、馴染むのが早いと思う。僕に対しては。その内、皆にも慣れるだろう。きっと早い段階で。


 一目惚れの僕。上井さんは僕のことをどういう目で見ているのかな。気になる。でも、訊く勇気がない。まだ、訊くのも早いだろうし。


 隆は十五分休憩の時、上井さんに話し掛けた。

「沙也加ちゃん、俺と友達になってよ」と。

 ずいぶんストレートな言い方だなと思った。隆はどういうつもりだろう。単なる友達でいたいのか、それとも僕のように惚れているのか。仲のいい友人だから、あまり強い言い方はしたくない。不仲になりたくないし。でも、上井さんに対して恋愛感情があるのであれば、ライバルだ。

「私でよければ」

 上井さんはそう答えた。何だか僕は腹が立ってきた。でも、ここでそういう気持ちでいると言うわけにはいかない。


 彼女の顔を見ると、楽しそうだ。僕にチャンスはあるのか? その時だ。彼女が大きな声を上げた。

「コンタクト落ちちゃった! 両目」

 僕は隣にいるので、

「床に落としたの?」

 と訊いた。

「多分。私、視力が悪すぎてほとんど見えないの」

 それを聞いて僕は床をよく見て探した。

「あっ! これかな?」

 僕は小さな丸いレンズのようなものを二つ拾った。

「これ?」

 上井さんは、僕の指を間近で見た。手に触れるのではないかと思うくらい近くで。

「あっ! これこれ! ありがとう、安田君」

 僕が見付けられてよかった。

「お安い御用だよ」

 上井さんは席を立ち、水道のあるところに向かった。その光景を見ていると、レンズを水洗いしているようだ。そしてそのまま目の中に簡単に入れた。痛くないのかな。きっと、慣れているのだろう。


 数日後。僕は彼女のことが徐々にわかってきた。やっぱり、魅力的だ。運動神経はいいし、勉強もできるようだ。


 そんな上井さんを見て僕は以前よりもっと熱い情熱を抱くようになった。


 僕は手紙を書いて放課後のだれもいない教室で手渡した。彼女は不思議そうに手紙を開けた。

「声に出して読んでよ」

 と、僕は催促した。うなずいた彼女は読み始めた。

「僕たちは、出逢ってまだ日があさいけど、はじめて見た時からだに電流が流れた。これはきっと一目惚れってやつだとおもう。おもいきっていうね。僕は上井沙也加さんのこと……ふつう、こういうの男のくちから言うものじゃない?」

「てれくさくて」

「意気地なし」

 僕はわらってしまった。

「でも、さいごの言葉は僕が言うよ。上井さん。ぼ、僕は君のことが好きだ。だから……だから付き合ってほしい」


 すこしの間が空いて、

「安田君。あなたの気持ちはすごくうれしい」

 そこで、はなしが途切れた。もしかしてだめなのか。

「わ、私でよければ……」

「もちろん! よろしくお願いします。なんだかおたがい緊張したね」

 上井さんは笑顔でうなずいた。

 

 僕は思った。来年も再来年も仲良くしていけたらいいのになぁ、と。



 

 




 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

5分で読書 遠藤良二 @endoryoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ