大会当日



『さぁー始まりました! フルーツ頂上決戦・イン・八首竜コロシアム! 司会進行役はボクリネットと……』

『百枚舌のグジオンでお送りするぜ!』


 夏晴れのどこまでも青い空の下、すり鉢状のコロシアム観客席は久方ひさかたぶりに満員御礼だった。それもそのはず、今日リングに立つのは地元青果店のオヤジに、プラントハンター、貿易商人に、この世の果てから戻ってきた冒険者など。おおよそ死闘とは縁の遠そうな輩ばかり。いったいぜんたいどんな勝負になるのやら、目の肥えた常連客にも勝敗の予想がまるでつかなかったからだ。

 未知の対決を解説するのは闘技場の名物司会者、リネット&グジオン。

 こう書けば二名いるように思えるかもしれないが、実際はお猿のパペット人形を左手にはめた女道化の腹話術師がいるだけだ。リネット一人で、人形との掛け合い漫才もこなしながら解説もやれる。

 常に観客の目線に立ったトークは、ボディラインの浮き出た薄手の軽業師衣装と相まって大人気だった。ウィンの父も勿論ファンだ。


「いいぞ~リネットちゃーん」

「オヤジ、また母ちゃんに怒鳴られるよ! それに今日は俺たち客じゃないんだぜ」

「わかってる。よくもこんな上手い話をもってきてくれたな、我が息子よ。お前は出来た子だと昔から思っていたぞ」

「チェ、調子いいんだから。公衆の面前で恥をかいたら逆効果だぜ?」

「馬鹿野郎、果物に人生をかけた父ちゃんだ。勝算はあるに決まっているだろ」

「ホントかなぁ」


 ウィンは舞台に立つ、一癖も二癖もありそうなライバルたちを見ながらつぶやいた。

 少年の心配をよそに大会は進行していく。そもそも王国一の果物とは何をもって決まるのか? 味か? 見た目か? 値段か? 希少価値レアリティか?

 どうも少年には、この場にそれを正しく理解している者など居ないように感じられるのだった。


 マイク片手に身振りオーバーアクション混じりで弁舌をふるうリネットとグジオン。彼女もそれを百も承知でとぼけているように見えた。比較的丁寧ていねいな口調がリネット、口が悪いのはグジオンだ。両者の掛け合いは、まるで猿のパペット人形が本当に生きているかの如く自然な会話だった。


『さぁ、いよいよアピールタイムです。審査員は観客の皆様。この選手が王国一だと感じたらお手元のスイッチを押して下さいね』

『他の選手に浮気も自由だぜ? 出し惜しみするこたぁねえ! 遠慮なく投票しな。集計結果はいつも通り、バックスクリーンの魔導モニターを参照してくれよな』


 魔法の機械からくり、それが魔導具。

 司会が手にするマイクも魔導具だ。

 ウイッチ手工業の限定販売で貴族しか買えない高級品らしい。食料が腐らないよう保管する魔導具さえあれば、王国の青果店も苦労せずに済むのだが。そんなものウィンは見た事すらなかった。庶民と富裕層の格差はそのまま文明レベルの違いとなって表れていた。


 少年の失意を他所に果物コンテストは始まろうとしていた。闘技場内リネットの美声とグジオンの濁声が響き渡った。


『まずは一番手、貴重なスターフルーツを携えるは、貿易商人のマキエルさん』

『お供に連れた星の着ぐるみはマスコットかぁ? 気が合いそうだぜ』


「星の形をした果実なんて珍しいでしょう。我が一族を大富豪たらしめた果物ですよ」

「スター、スタッター、君も星を食べるッター! 美味しい星で、ハッピッピ!!」


『あっ、どうも、着ぐるみさん。では試食します。もぐもぐ、うん。味は……洋ナシですね』

『清々しいまでの出オチと宣伝ありがとよ、大富豪からdie富豪にならぬよう祈ってるぜ。次だぁ』


『お次は、プラントハンターのジョナサンさん』

『密林から持ち帰った名状しがたき果実? オイオイ』


「ふふふ、この果実は人を喰らうのだぞ? つまらぬ人の生よりも遥かに素晴らしい、生きる果物なのだ」

「グォオオオ! キシャア!」


『あっ、これはいけません。ドリアンが巨大化して触手まみれの化け物に』

『俺達を味見しようってか? 千年早いぞ。駆除班、掃除しちまいな』


 リネットが指を鳴らすと、ターバンとフェイスネックガードで素顔を隠した黒ずくめの男たちが次々と会場に乱入した。観客が乱闘に狂喜乱舞する中、触手を客席に伸ばそうとした怪物果物はボコボコにされて猛獣用のケージに入れられてしまった。ついでにそれを持ち込んだ出場者さんも、ポイ。

 そんな有様でも人気を表すモニターの棒グラフはきっちり伸びていた。


『しかし、やはりイロモノは大人気。終わるまで収監しといて、宜しくぅ』

『あんなクリーチャーに王国一を名乗らせて良いのかァ? 不服な奴はアピールだ』


「我こそは世の最果てを知る冒険家、マリス。女神の園より持ち帰った銀のリンゴこそ、栄誉に相応しい!」


『わぁー、すごく綺麗』

『持ち主が凄腕だったら説得力あったんだがねぇ……なぁ、リネット喉かわいてないか?』

『暑いですもんね、すいませんコップにお水を一杯……おおっと、手が滑ったあ!』


 職員がそそくさと準備したコップの水。それをリネットはコケるフリをして銀のリンゴにぶっかけた。哀れ、銀のリンゴは塗料が落ち、ただのリンゴとなった。


『芸術点は高かったぜ!』

『貴方は役者? 絵描き? いずれにしろお呼びではありません。おととい来てね』


「ちっ、どいつもこいつもロクでもねぇ。ここは俺がビシッと決めてやらぁ」


 ついに出番がきたウィンの父親。

 震える息子が見守る中、親父が桐の箱から取り出したのは単なるミカンだった。


『はりゃ、蜜柑? この季節に珍しい』


「お嬢ちゃん甘いぜ。夏場にだって、皮の薄くて甘い蜜柑を欲するひねくれものは居る。そんな時、在庫がありませんじゃ、店の看板が泣いちまう。だからこれは、冬の間に国中の蜜柑を買い占めて倉にしまっておいたものだ」


『ひとつだけ?』


「他はぜーんぶ暑さで腐っちまった。貴族様はミカンなんて庶民の食べ物、知りもしねぇ。冷蔵魔導具で保管されるのはもっと、お高い果物だろうさ」


「まぁ、そうでしょうね。ウチが扱うような高級外国産ですよ」


 貿易商のマキエルが腕を組みながら茶々を入れた。

 オヤジはそちらに一瞥もくれず、息子と一緒に熱弁をふるい続けた。


「よってこれは正真正銘『王国一の蜜柑』だ。なんせ他に残っちゃいないんだからな。お値段は仕入れ値そのまま、金貨1000枚だ。もうけは抜きでな」

「親父のほぼ全財産ですぅ」


 蜜柑一つでそこまでするか。正に庶民の意地。


 しばしの沈黙。そして直後に巻き起こったのは盛大な拍手だった。

 人気を表すモニターの棒グラフはうなぎ上り。


 リネットが勝者に駆け寄り、右手を上げかけたその時だ。


 親子の勝ち名乗りに「待った」をかける者がいた。

 貿易商のマキエルとその取り巻きである。


「成程、粋な話ですね。では金貨千枚で私がその蜜柑を買おうではありませんか?」


「な、なんでぇやぶから棒に」


「購入しようと言うのですよ、私は客です。買ったものは捨てようと踏み潰そうと、私の自由ですよね?」


「なんてぇ言い草だ。商売をしようというのなら大会が終わった後にしてくれねぇかな」

「そうだよ、負けたからって卑怯だぞ」


「ほっほっほ、貧民は黙っていなさい。我が社はこの大会のスポンサーなのですよ? 初めから庶民ごときに勝ちなどないのですよ。必ず最後は私が勝つ、世の中はそのように出来ているのです。スポンサーが降りたら大会は成り立ちませんからね」


「ひっでぇ、どんでん返しだ。全く粋じゃねぇよ」

「ズルすぎる! 一生報われないなら、何の為に僕らは生まれてきたんだ」


「さて? 富裕層の引き立て役では。さぁ、スタッター奴の目障りな蜜柑を握りつぶしてやるのです」

「マジっすか。いや、スタッター、ゴオー!」


『ああ、着ぐるみ君、ちょっと待ってね。いま確認中だから』


 こんな騒ぎでも声色ひとつ変わらない。

 憎らしいまでに冷静なリネットは職員用の入り口を見つめていた。そこから出てきた黒服が両手で大きく「×」を形作った。それを確かめるとリネットは静かにうなずいた。


『うん、上の了承りょうしょうがとれました。「やっちゃっていいよ」って』


「ははは、それみたことか。運営は私の味方です。そのスタッターは、見た目こそ着ぐるみですが中身は格闘家にして私の警護。無駄な抵抗はしないことです」


 勝ち誇って笑うマキエルと、ウィン親子に掴みかかろうとする着ぐるみ男。

 しかし、リネットが庇って立ち塞がったのは「スタッターの前に」であった。


『やっちゃっていいよ……って。ボクらの好きなように』

『ここじゃ、人気の尽きが運の尽き。あとは派手に散って花火になりな』


 マキエルの人気を示す棒グラフは既に虚数マイナスの領域に達していた。

 ベルトのホルダーにマイクをサッと納め、リネットは左手の人形をスタッターに突き出した。

 その瞬間、お猿のパペット人形がエアバッグのように膨らみ、耳まで裂けたギザギザ歯の口がデッカく開いて暗い深淵をのぞかせた。

 相手が反応する暇もなく、グジオンは着ぐるみの頭に牙を突き立て噛み千切った。尻もちをついたスタッターの傷口からは怯え切った中身の顔が見えていた。


『はっ、マズイな。着ぐるみの肉は』


「な、なにをする。たかが雇われ司会者の分際で。私はスポンサーなんだぞ、くそ!」


 悪態をついて逃げ出すマキエル。

 その後ろから追いすがるリネットは、逃亡者にとびついて羽交い絞めにした。

 肩関節を外す前に彼女は耳元でマキエルに囁いた。


「キミはスポンサー? そう、でもボクはオーナーの娘なんだ」

「義理のだけどな。貧民層から認められて成り上がった手腕は伊達じゃないんだよ」


 場内に響いたマキエルの悲鳴は、あまり上品なシロモノではなかった。

 きっと品性は店で買えなかったのだろう。闘技場の優勝と同じで。

 スポンサーは減ったが、客席は大盛り上がりだったので闘技場の収支はトントンといった所だ。


 丁重に異議を却下し、お帰り頂いたのち。改めて表彰式が始まった。

 優勝を決めたのは職人の意地だ。あとは誰かさんの依怙贔屓えこひいきも、少々。


 祝福の紙吹雪がひらひら散る中、ウィンはリネットにこっそりと歩み寄って服の裾を引いた。


「お姉ちゃん、ありがとう」

「おっと、メイクが濃いから気付かれない事も多いのに、秘密ね。シィー!」

「うん! まさか本当に勝てるなんて信じられないや」

「そうねぇ、きっと君の名前が良かったんじゃないの」


 ウィン少年はニッコリと微笑んだ。

 王国歴202年の夏、コロシアムに新たな名物大会が生まれた瞬間だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

果物屋のオヤジがシンデレラロードを歩むまで【六千字版】 一矢射的 @taitan2345

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ