果物屋のオヤジがシンデレラロードを歩むまで【六千字版】

一矢射的

契機

 人々の熱狂渦巻く、八首竜コロシアム。

 ここでは様々なもよおしが行われ、娯楽に飢えた民衆たちを満足させてきた。ある時は闘士たちのバトルトーナメント。またある時はモンスター対人間の決闘。学者が知識で闘うクイズ大会、ゴーレムの性能を競い合う「泥から生まれし者」コンテスト。

 観客を飽きさせないうちに新たな企画を。それが闘技場オーナーの方針であった。

 二週に一度のハイペースで繰り返されるハイテンションなお祭り騒ぎ。合法的なものもあれば、人目をはばかるモノもあった。しかし、どんなに頭をひねった所でアイディアというものには限りがある。すぐにコロシアムの職員たちは恒久こうきゅう的な悩みで、頭を抱える羽目におちいった。そう、アイディアのネタ切れである。






「今回のトーナメントは盛り上がらなかったな」

栄枯盛衰えいこせいすいは世の定めってね。ここもそろそろ終わりかな」


 席を立つ観客たちの反応も渋い。テンションがダダ下がりならば当然のように財布のひももガードが堅かった。コロシアム前の広場で果物ジュースの売り子をやっているウィン少年も浮かない顔になろうというもの。

 果実の在庫がはけないまま、もう夕方。同業者たちも諦め顔で帰り支度を始めていた。少年の場合そうはいかない。家業の青果店が売り上げ不振な今、このドリンク販売こそが一家の生命線だというのに。


 ウィンは声を張り上げた。


「美味しいミックスジュース、いかがッスか」

「あん? いらんな。これから酒場で一杯やるからよ」

「こんな夏場に果物の絞り汁なんて、もう腐っているんじゃねーの?」


「そんな事ないです。作り立てですから」

「とにかくいらん。コロシアムに金を落とすなんてムダ使いもいい所だ」


「そんなぁ」


 誰に声をかけてもこんな感じだった。これでは親父にゲンコツをもらう未来が目に見えている。いや、それよりも空腹を抱えた妹と母親の顔を見るのが辛い。

 そんな風にウジウジ悩んでいる時だった。

 コロシアムの通用口から小柄な人影が姿を現した。あれは職員専用のものだ。闘技場の職員ならば、ストレスの多い労働から解放されたばかり。疲れを癒す甘い飲物を欲しているかもしれない。そんな考えからウィンは彼女に接触を試みた。


「ん? ジュースなの? それもいいかもね。考えがまとまらなくて、イラついていた所。おひとつ、ちょーだい」

「ま、まいど」


 短く切り揃えた金髪。透き通るような碧眼へきがん。人形のように均整きんせいのとれた顔。

 それは皮のドレスと羽根つき帽子を身につけた快活かいかつな女性だった。ウィンの知り合いなどいない筈だが、不思議と見覚えがあるような……そんな気がした。

 木造りのコップにポットからジュースを注ぎ、手渡す。その女性は威勢よくそれを飲み干すと、深い息を吐きだしチャーミングに口の周りを拭いとった。


「プハーッ、効くぅ。パイナップルと梨とメロン、それにイチジクも入ってる?」

「うわ、正解。凄いッスね、いきなり当てたのはお姉さんが初めてです」

「まーねー、センスが鋭敏でないとこんな仕事やってられないから」


「おねーさんは、コロシアムの……事務か何かで?」

「うん、大まかに言うとそんな所。最近、オーナーから新企画を出せ出せってせっつかれてさぁ。ちょーっと困っているのよねぇ」


 オーナーの秘書だろうか? 思っていたよりも偉い人と話しているのかもしれない。

 いずれにしろ、ウィンにそんな相談をされても答えようがなかった。

 女性は空のコップと代金の銀貨を寄越してから、にこやかに話しかけてきた。


「まっ、君に愚痴ってもしゃーない。それにしても、こんな時間まで君みたいなオチビさんが大変だね。売れないの?」

「お客さんの……ノリが悪くて」

「あっちゃー、そりゃボクらのせいだね」

「オヤジは職人気質の果物屋で、目利きと仕入れにかけちゃ王国一なんです。なのに、誰もそれを認めてくれなくて……露店もこれじゃあ、ウチはもう潰れちゃいますよ」


 女性は腕を組み考えていたが、やがて何か閃いたように指をパチリと打ち鳴らした。


「ふふ、やっぱりボクって天才だな。二人の悩みを同時に解決する方法、さっそく思いついちゃったもんね~!」

「へぇ?」


「次にコロシアムでナムナム王国一の果物決定戦をやるからさ。君は、お父さんと一緒に出場しなさい。そして優勝すれば、みんなハッピーハッピー!」

「僕がコロシアムにぃ!? 王国一ィ!?」

「そうすれば、名声お金がっぽがっぽ。簡単でしょ?」

「いやあの、さっきまだ次の企画も決まっていない……」

「いいから、いいから、さぁ!さぁ!」





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