Rise of 1 クリフォト兵




12年前《創世歴1914年》、大きな戦争があった。

世界が燃え上がる程の大きな戦争だ。


厳密には《彼ら》と《人類《人間・亜人》》の闘争は太古の時代から繰り返されてきた。


《クドラクの民》と呼ばれた彼らは、人類の捕食者として滅びの大地より現れた。

食料たる血を求めて西方へと侵攻を繰り返す彼らを、人々は《吸血鬼ヴァンパイア》と呼んだ。


だが、《世界の敵》となった彼らに勝利は続かなかった。

悠久の時を生き、剣と魔法の時代から進化の止まった彼らの前に現れたのは、戦車、戦艦、戦闘機、爆撃機、重砲、塹壕、毒ガス。

従来とは全く異なる異次元の戦場だった。


敗北を繰り返し、滅びの大地へと押し返されつつあった彼らは、自らの血に宿った圧倒的な力を武器に変え、世界に向かって戦いを挑んだ。


その武器こそが《クリフォト兵》。

魔導式人工臓器クリフォト悪霊レヴナントから造り出される悪性魔導兵器だ。





【創世歴1926年 パラティネート非武装地帯】


非武装地帯とは読んで字のごとく、軍事活動が許可されない地域のことを指す。

軍隊の進駐は勿論のこと、軍人や軍用物資の搬入も禁じられた地域であり、平和条約や休戦協定に基づいて当事国同士で定めた領域である。


にもかかわらず、非武装地帯には銃声と砲声が轟いていた。

赤黒い空の下、異形の木々と植物が生い茂る不気味な森の中で戦闘は始まっていた。


「撃てッ!撃ち殺せッ!」


歪な形をした木が生い茂る森の中で、怒声と共に数十もの携帯式短機関銃が火を噴いた。

標的は森の中を高速移動する敵性生命体。その数、一。


―クスクスクス―


耳を突くような銃撃音の中でさえも、その生命体が放つ不気味な笑い声が兵士たちの耳を通じ、脳髄まで届いてくる。


「くそッ!どうして死なないッ!」

「法儀礼済みの水銀弾頭だぞッ!」


先の大戦を経験してきた兵士たちは奴らの、吸血鬼ヴァンパイアの弱点を知っている。

奴らの弱点は銀だ。太陽でも、ニンニクでも、十字架でもない。奴らの体に一発でも銀の弾丸を撃ち込めればその身体能力を極端に低下させ、殺すことが容易になる。


さらに、彼らの装備する水銀弾頭は大戦後に実用化された最新鋭の対吸血鬼用弾丸。読んで字のごとく、弾頭に吸血鬼の致死量に相当する水銀が仕込まれており、命中すれば並みの吸血鬼なら一発で仕留めることができる。


なのに、目の前の生命体は何だと言うのか。数十の短機関銃から発射された弾丸は、広大な領域を面で制圧するに足る投射量を誇っている。吸血鬼の身体能力が人間を遥かに上回るとはいえ、回避し続けられる数ではない。


ならば、銀の弾丸は敵に命中していると考えるのが順当。ではなぜ、あの不気味な声で笑う化け物は元気に動き回っている?


「どうして死なないんだッ!」


と叫んだ兵士の体が真っ二つに裁断される。頭頂から股まで二つに裂かれた死体が血飛沫と臓物をまき散らしながら倒れる。

一人の兵士の死を変わり切りに、次々と死が哀れな兵士たちに降り注いだ。


ある者は斧で首を刈り取られ、ある者は槍で心臓を貫かれ、ある者は剣で体を切断され、一人、一人、殺されていく。だが、恐怖はそれだけで終わらない。


赤黒い影がまるで地を這う木の根のように伸びてきて、惨殺された死体を覆いつくしていく。そして、躯はスカラベの大群に蝕まれたかのように血肉を貪られ、後には何も残らなかった。


「何なんだッ!お前は一体、なん―」


短機関銃を乱射する兵士の肉体が斜めに切断され、宙を舞った上半身は臓物をまき散らしながら地面に落下した。


「あ……がぁ……あぁ……」


不幸なことに兵士は生きている。口から血を吐きながら、自分の生の呪いたくなるほどの苦痛に苛まれて。


「教えてあげようか?」


そんな兵士の耳に届いてきたのは甲高い幼児の声。しかも、声の主はよほど幼いのか、呂律が上手く回らず、僅かな単語を口にするだけで噛みそうになっている。


「お……まえ……は……」


死にゆく兵士の視界に映ったのは、声色から想像した通りの、背丈の小さな幼子だ。しかし、その全身は黒い外套に包まれ、顔には石膏像を思わせるような仮面を被っていた。


幼子が被っていた仮面を上にずらすと、その下から現れたのは漆黒の闇に浮かぶ赤い一つ目と白い歯の並ぶ口。

赤い眼が死にかけの兵士を見るや、ニヤニヤと微笑んでいた口元が大きく開かれ、兵士の肉体に喰らいついた。


「うぎゃぁぁぁッ!!」


死にかけだというのに、兵士は絶叫を挙げた。死にかけだということすら忘れるほどの恐怖を抱き、こと切れる瞬間まで血肉を貪られる苦痛に苛まれた。





【同時刻 パラティネート非武装地帯 ガリア帝国陸軍第6戦車中隊】



地響きを立てながら十二輌の戦車が地を行く。特徴的な長い車体の上に丸みを帯びた砲塔を有する重厚な戦車。ガリア帝国陸軍のC1重戦車だ。


(くそッ!くそッ!なんでこうなったッ!)


C1重戦車の砲塔砲手席に座する精悍な顔立ちの男、アベル・エティエンヌ中佐は愚かな参謀本部と政治家共を恨まずにはいられなかった。

その原因は先ほどから無線に飛び込んでくる友軍の救いを求める叫び声だ。


『助けてくれッ!救援をッ!奴らが直ぐそこまで……あぁ……あぁッ!』

『撤退だッ!司令部ッ!我々は撤退するッ!こっちの戦線は崩壊だッ!』

『奴らが来るッ!もう目の前まで迫ってるッ!助けてくれぇッ!』


パラティネート非武装地帯はロートリンゲン条約で定められたガリア帝国とヴラド帝国との間に設けられた非武装地帯であり、先の大戦以前からかの地を巡る両国の間で火種はくすぶり続けていた。


そして、つい最近のこと。パラティネート地方でエニグマ鉱の鉱脈が発見されたことで領土問題が再燃。エニグマ鉱は燃料や火薬、治療薬など、日用品から軍用品に至る様々な用途に使用される万能鉱物であり、この世界には欠かすことのできない貴重な鉱物資源だった。


エニグマ鉱の全量を外国からの輸入に頼っているガリア帝国にとっては如何なる手段を用いても手に入れたい権益だった。そう、例え条約を破棄し、武力に訴えてでも。


ガリア帝国は形だけの外交的対話の場を設け、かの地における権益を一方的に主張。当然、ヴラド帝国が受け入れる筈も無く、交渉が決裂するや否やガリア帝国軍は非武装地帯に向けて進駐を開始したのだ。あの忌々しい吸血鬼共が罠を張り、手ぐすねを引いて待っているとも知らずに。


「何が、敵は岩に弾かれる水の如くわが軍に敗れるだろうだッ!」


むしろ、岩に弾かれる水はこちらの方だ。先の大戦の勝利に浮かれ、吸血鬼を剣と魔法の時代から進化していない過去の遺物と侮った結果が今も無線に飛び込んでくる兵士たちの叫び声だ。


「先の大戦で、どれだけの犠牲を払って奴らに勝ったと思っているッ!」


人口の1割を失い、国内産業が崩壊し、革命が起きる直前まで戦い続けてようやく勝てた相手だというのに、なんと軽率で、なんて愚かな進駐計画だ。革命騒ぎを収めるための内向きのプロパガンダをいつしか自分達も信じ込んでしまったらしい。


『こちら第6戦車中隊エティエンヌ中佐だッ!撤退を支援するッ!残存部隊は応答せよッ!』


エティエンヌ中佐は無線を弄り、コンタクトの取れる部隊を探した。だが、通信状況は最悪。回線は混線し、誰が誰に呼び掛けているのかもわからない状況だ。頼みの司令部も戦術指揮所も満足に機能できていない今、組織的な撤退は不可能に近い。


人間の身体能力を圧倒的に上回る吸血鬼に対して無作為に背中を見せるということは、殺してくれと言っているのと同じだ。一歩間違えなくても、このままでは全滅だ。


その時、ようやくエティエンヌ中佐の無線に応答があった。


『こちら第12歩兵小隊ッ!現在、正体不明の敵性生命体と交戦中ッ!至急応援をッ!』

『正体不明?それはどう意味だッ!状況を詳細に報告しろッ!』


だが、無線の向こうから聞こえてくるのは狼狽し、冷静さを欠いた兵士の助けを求める声だけだ。さらに、その声の背後からは絶え間ない銃撃音と共に断末魔の叫びが聞こえてくる。

しかし、そんな状況下においても一つだけ無線の先にいる兵士が重要な事実を報告してくれた。


『中佐ッ!敵には銀の弾丸がッ!銀の弾丸が効きませんッ!このままではッ!も、もうッ!』

『今助けに行ってやるッ!それまで踏ん張れッ!』


幸い、第12歩兵小隊が戦っている地点までは直ぐ近くだ。


『こちら中隊長より後続車輛へ。我々はこれより第12歩兵小隊の救援に向かう。彼らからの報告では、敵は銀の弾丸が効かない。だが、安心しろ。戦車砲の火力をもってすれば例え相手に銀への耐性があっても葬り去ることは十分可能だ。通常通り、弾種は対吸血鬼用榴弾を使用。敵に銀粉末と炸薬の味を教えてやれ』


エティエンヌ中佐の無線に後続車輛から『了解ッ!』と返答が入る。


「やってやるさ、化け物どもめ。こっちには戦車があるんだ」


そう息まきながら装填手が対吸血鬼用榴弾を砲身に押し込み、閉鎖機を閉める。


戦車。それは人間と亜人が作り上げた究極の対吸血鬼用兵器。鋼鉄製の装甲の前には吸血鬼の牙も、剣も、意味をなさず、大砲から発射される吸血鬼用榴弾は、炸裂すると同時に銀の破片を飛び散ちらせ、奴らを纏めて葬ることができる。吸血鬼が剣だの魔法だのと言って胡坐を掻いている間に、人間と亜人は自らの脆弱性を補って余りある兵器を、科学技術テクノロジーによって獲得したのだ。


さらに、幸運なことに第6戦車中隊を率いるエティエンヌ中佐は先の大戦の経験者。故に、吸血鬼にどう戦車をぶつけてやればいいかを心得ていた。


「中佐ッ!前方に敵影を確認ッ!」


その時、操縦手が前方に敵影を見た。遠目ではあるが、何かが前方で動いている。だが、その数は一。それに対して第12歩兵小隊の曳光弾の光は見えない。それは即ち、彼らの全滅を意味していた。


「くそ、間に合わなかったかッ!ならせめて、敵討ちだッ!」


敵影発見の報告を受けて、後続の戦車11輌がエティエンヌ中佐の戦車の中心に鶴翼に展開し、隊列を組む。


「敵はどんな奴だ」


エティエンヌ中佐もキューポラの視察孔から目を凝らし、前方で蠢く《ソレ》を見た。

兵士の死体に喰らいつき、肉を、臓物を貪り喰う小さな怪物を。


その姿を一言で表すなら、両足の無い騎士だ。宙に浮いている不気味な甲殻胴体はプレートアーマーを連想させ、それは血の滲んだような赤黒色をしていた。両腕に当たる物は三つのガントレットのみであり、それと胴体は黒い霧で繋がっている。さらに、甲殻の頂点には古の軍団兵レギオーナーリウスを想起させる飾りの着いた兜状の頭部が付いていた。歴史上では馬の毛や鳥の羽で造られた房飾りであったが、頭頂部についているそれは装飾の施された斧である。


ソレは兜のバイザーをパカリと開き、赤々と煌く一つ目と白い歯の並んだ口を露わにすると手近な死体を白い歯で噛み千切り、くちゃくちゃと貪り喰っている。


―クスクス―


笑い声がした。まるで餌にあり付いた獣が唸り声をあげながら肉を頬張る姿と重なる。

そして食事を終えたそれが戦車隊を認識し、振り返ってきた。

バイザーを大きく開き、中にいるアイツ悪霊が顔を覗かせると、口元を愉快そうに微笑ませる。


「まさか……」


それを見たエティエンヌ中佐は全身に悪寒が走るのを感じた。

人ならざる者の姿をしたソレを彼は先の大戦で見た事がある。


「あれ?」


だが、エティエンヌ中佐の思考を装填手の間抜けな声が遮った。

つい先ほどまで死体に喰らいついていたアレが姿を消したのだ。


「消えた……」

「探せッ!奴を探すんだッ!」

「了解ッ!」


第12歩兵小隊を全滅させた謎の敵性生物。それを見失ったという事態に装填手は血相を掻いて索敵に入る。

両脇を固める味方戦車も砲塔を左右に動かしてアレの姿を見つけ出そうとする。

だが、何処にも姿が見えない。


「くそッ!どこ行きやがったッ!」


装填手が焦ったように吐き捨てながら目を皿にして探す。あの敵が戦車に怯えて逃げ出したとは思えない。奴がそんなタマには見えない。なぜなら奴は笑っていた。十二輌の戦車を前にして、まるで玩具を見る子供のような笑みを浮かべていたのだ。


「見づれぇな、この除き窓はよッ!」


操縦手と装填手の前に設けられている除き窓は開閉式になっており、外に押し出すようにして開くことができた。そうすれば狭い窓よりかは幾分か視界が広がる。

装填手はアレを見つけられない焦りから、除き窓を押し開き、少しでも視界を確保しようとした。


―クスクス―


と笑い声が聞こえたのはその時だ。開かれた除き窓の眼前に突如として現れたのは赤く煌く一つの目。その真下にある白い歯の並んだ口がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「あッ………!」


その正体を理解した装填手の顔面をランスが刺し貫いた。


「ひぃぃぃぃッ!」


自分の真横に乗っていた装填手の脳みそが車内に飛び散り、操縦手が悲鳴を上げる。

だが、真の恐怖はそれからだ。装填手の顔から後頭部に掛けて貫いているランスから、赤黒くおどろどろしい木の根のような物が広がってきて、瞬く間に躯を覆いつくしてしまう。

そして次の瞬間には、躯がまるで蒸発したかのように消滅し、赤黒い木の根のような物体がランスへと吸収されていく。


「こ、こいつ……死体をとり込みやがったッ!」

「何をぼさっとしているッ!隊列を組んだまま後退しろッ!奴と距離を取るんだッ!」

「は、はいッ!」


エティエンヌ中佐の戦車が全速で後退を始め、それに追随するように他の戦車も後退を開始する。


「隊長、あれは何なんですかッ!」


操縦手は除き窓の向こうで徐々に小さくなっていく赤い一つ目を見ながら叫んだ。


「あれは……《クリフォト兵》だッ!」


クリフォト兵、その言葉を聞いた操縦手の顔からみるみる血の気が引いていく。


「じゃ、じゃあアレが……」


「そうだ。アレこそが吸血鬼共ヴァンパイアが造り出した悪性魔導兵器。聖典教の聖職者共が言う《生きるに値しない命》だッ!」


人間と亜人が吸血鬼に対抗するため戦車を開発したように、吸血鬼もまた戦車に対抗しうる兵器を産み出した。それがクリフォト兵。オリハルコン製の魔導式人工臓器クリフォト悪霊レヴナントの魂を憑依させ、さらにそれを吸血鬼の体内に移植することで異形の怪物に変異させる魔導術式だ。変異した吸血鬼は生ける魔導兵器と化して敵を駆逐する。


その力は一騎当千。能力に個体差はあるものの、クリフォト兵一人を殺すのに有する戦力は一個師団。単体にして師団級の戦力が対等であるという化け物だ。吸血鬼を滅びの大地に追い込み、勝利を目前としていた連合軍の前に現れた死神にして、先の大戦の戦死者数を爆発的に上昇させた原因だ。


たった十二輌の戦車で殺せる相手ではない。


『中隊長より全車輛へ通達ッ!全弾打ち尽くして構わんッ!戦車砲を全力掃射ッ!奴を寄せ付けるなッ!』


先ほどまで前進のためにけたたましく唸っていたエンジン音が、逃げるために大きな唸り声をあげる。同時に戦車砲が一斉に火を噴いた。吸血鬼用に開発された弾頭がクリフォト兵の眼前で炸裂し、高温の熱波と共に銀の破片を飛び散らす。


『砲撃を止めるなッ!撃って、撃って、撃ちまくれッ!』


戦車砲が狂ったように乱発され、クリフォト兵はおろか、その周囲に転がっていた友軍の亡骸も、歪に曲がった木々も残らず吹き飛ばした。ただの吸血鬼が相手ならば髪の毛一本も残らない程の火薬量だ。


だが、クリフォト兵は燃え盛る炎を突き破って駆けてきた。


―クスクス―


怯え、逃げ惑う鋼鉄の車たちをあざ笑うかのようにクリフォト兵は開かれたバイザーから白い歯を覗かせる。


『お、追いつかれるッ!』

『来るなあぁぁぁッ!』


パニック状態の戦車兵たちは恐怖を紛らわせるように叫びながら砲弾の雨を浴びせかけるが、その全てがまるで効いていない。そして、戦車の全力後退の速度よりもクリフォト兵が追撃する速度の方が遥かに速かった。


小さな体躯のクリフォト兵が大きく宙に飛び上がると、小隊長から見て右隣の戦車のキューポラに着地した。そして悍ましい光景を目の当たりにする。


クリフォト兵の胴体と黒い霧によって繋がっている三つのガントレット。その手首から先はあるものが剣に、ある腕は槍に、ある腕は斧になっていた。第12歩兵小隊はあれで殺されたのだと直感的に理解する。


―キャハハハ―


そしてクリフォト兵の笑い方が変わった。

そう思った直後、三本全ての腕が剣に変わり、鋭利なそれがキューポラのハッチと砲塔の隙間に突き刺さった。手首を器用に切り返しながら隙間をなぞるように刃を這わすと、パカリとハッチが開いてしまう。


『う、うわぁぁぁぁぁッ!』


クリフォト兵が戦車の中に姿を消すと、恐怖に支配された絶叫が無線から聞こえてきた。


『やだッ!死にたくないッ!』『痛い痛い痛いッ!』『助けてッ!助けてッ!』


戦車の操縦がとたんにおかしくなり、後退する隊列から外れると、ぐるぐると円を描くように回り出す。


そこでエティエンヌ中佐は意を決したように固唾を飲むと、弾種を榴弾から徹甲弾に入れ替え、砲口を友軍・・戦車に向けた。


「中佐ッ!何をするつもりですかッ!」

「もう助からんッ!それならせめて、楽にしてやるしかないだろッ!」


操縦手の制止の言葉にも耳を貸さず、エティエンヌ中佐はトリガーを引いた。その直後、47mm徹甲弾が友軍戦車の車体側面に命中した。火薬が燃料に引火し、その炎が弾薬庫に広がるまで一秒と掛からなかっただろう。戦車は掌の中で爆竹を炸裂させたときのように、木っ端みじんに爆散した。


―キャハハハハ―


だが、悪魔を殺すことは出来なかった。


『こっちに来たあああああぁッ!!』


今度は反対側の友軍戦車にクリフォト兵が取りついている。先ほどと同じように、器用にハッチを破壊し、戦車の中に潜り込んだ。


「畜生ッ!化け物めッ!」


無線機を通じて聞こえてくる、助けを求める声に小隊長は無線機を叩き壊したい衝動に駆られた。

化け物の侵入を許した友軍戦車は隊列から外れて、でたらめな軌道を描いて暴走を始める。

そこへ、別の友軍戦車が発砲。エティエンヌ中佐がしたのと同じように、味方戦車をあの怪物ごと破壊しようとした。


だが、その試みはまたも失敗。

爆発した戦車から小柄な足のない騎士が、その手にとんでもない物47mm戦車砲を携えて空高く舞い上がった。


「なんだとッ!」


クリフォト兵の有する三つのガントレットの内の一つが、剣から赤黒い木の根のような物に変化しており、47mm戦車砲に巻き付いていた。木の根のような物は瞬く間に戦車砲の隅々まで生え渡ると、閉じられていた閉鎖機がひとりでに動き出した。そして、木の根の一部が47mm徹甲弾に変化し、装填される。


「とり込んだというのか、戦車砲を、砲弾をッ!」


―キャハハッ!―


小さな体躯には余りにも巨大な戦車砲を構え、怪物は狙いを定める。そしてトリガーを引いた。


クリフォト兵の抱える47mm戦車砲が火を噴き、発射された徹甲弾が再右翼を後退する戦車の天板を貫き、爆散した。さらにクリフォト兵は自らの体が宙にある内に装甲の薄い戦車の天井めがけて続けざまに徹甲弾を発射する。

瞬く間に四輌の戦車が火を噴いて沈黙した。


「殺されるッ!あいつに殺されるッ!俺はまだ死にたくないッ!」

「バカ者ッ!落ち着けッ!」


狂乱状態に陥った操縦手に向けてエティエンヌ中佐は怒声を浴びせた。


「この戦車の正面装甲なら耐えられるッ!生き残りたいなら隊列を崩さず、後退し続けろッ!」


エティエンヌ中佐の言う通り、戦車は正面を向いての戦闘を想定しているため正面装甲が最も厚く、逆に天井などの敵戦車に砲撃される可能性が少ない部分については薄く設計されている。先ほどは敵が爆発によって宙に投げ出されている状態であったため、天板を打ち抜かれたが、奴が地に這いつくばっている今、狙えるのは最も装甲の厚い前部だけだ。


中佐の言を裏付けるように、クリフォト兵の戦車砲は正面装甲を貫けず、音ばかりの虚しい爆発を上げ続けた。だが、だからといって敵も手をこまねいているわけではない。


―クスクス―


クリフォト兵は後退する戦車の履帯に向かって砲弾を放ち、その足を奪ってきた。エティエンヌ中佐の戦車も右履帯を砲撃され、他、五輌の戦車も次々と履帯を破壊されて身動きが取れなくなる。


そこへクリフォト兵が肉薄し、車体正面で最も装甲の薄い部分に砲口を押し当てた。それは、操縦手の除き窓だ。


ゼロ距離で発射された徹甲弾が覗き窓を難なく貫通し、戦車を爆散させる。だが、クリフォト兵はさらに趣向を凝らしたやり方を思い付き、白い歯をより一層、いやらしく微笑ませた。


クリフォト兵は砲塔のハッチを二本の腕でこじ開けると、そこへ戦車砲を押し込んだのだ。


「うわぁぁぁぁぁッ!!」


無線を介さずとも聞こえてくる絶叫の後、戦車が炎を上げる。


「ちくしょうッ!」


エティエンヌ中佐は成す術も無く殺されていく部下を見て、砲塔の壁を拳で殴りつける。

どうしてこんなことになってしまったのか、と。

そして、そんな彼の頭上にも、ついに悪魔の囁き声がやってきた。


―ねぇ―


パカリ、と頭上のハッチが開き、真紅の一つ目が顔を覗かせる。


「ひ、ひぃぃぃぃッ!」


操縦手が絶叫を挙げながらクリフォト兵を振り下ろそうと戦車を暴れさせるが、既に片側の履帯が切れている状態。片方だけの履帯で動いても無様に円を描くだけのこと。案の定、戦車が勢いよく大木と激突してしまい、エンジンが白煙を上げる。無理な全速後退に続き、強い衝撃によって壊れてしまったのだ。


「動けッ!動けッ!動いてくれッ!」


どれだけ操縦手が願ってもそれは叶わない。もう死の運命からは逃れられないのだ。

それを理解しているエティエンヌ中佐は騒ぎこそせず、しかし、恐怖を堪えるように奥歯をかみしめていた。


―教えてよ、おじさん―


エティエンヌ中佐にクリフォト兵が問いかける。


―どうやって死にたい?どうやって殺されたい?―


「生憎だったな、化け物」


カチッと何かを引き抜く音がした。エティエンヌ中佐が手りゅう弾を握りしめ、ピンを抜いたのだ。


「お前も道連れだッ!」


手りゅう弾が炸裂し、戦車の火薬庫と燃料庫に引火したことで大爆発を引き起こした。




【パラティネート非武装地帯 ガリア帝国軍司令部】


非武装地帯の西端にガリア帝国軍の司令部のテントが置かれていた。その司令部は今、混乱状態にある。


「各部隊との通信が途絶えたぞッ!」

「第6戦車中隊のエティエンヌ中佐とも連絡が取れませんッ!」

「予備部隊はどうしたッ!?なぜ誰も応答しないッ!」


戦端が開いてまだ僅かだというのに各部隊との通信が途絶。つい先ほどまでは逆にあらゆる部隊からの救援要請で混線状態だったというのに。


「答えは簡単だ」


凛とした声が司令部の入口から聞こえてきて、将兵たちが一斉に振り返った。

入口に立っていたのは金髪碧眼の青年で、肌の色が異様に白く、青い瞳の瞳孔は獣のように縦長であった。それだけでも十分に異質だが、彼は貴族の礼装から全ての飾り気を取り払ったような衣服に身を包み、腰には時代錯誤も甚だしく剣を差していた。その姿はさながら現代版の騎士。そして腕には《アドラー》の描かれた腕章を嵌めている。


「お前たちは敗北した。ただそれだけのことだ」


冷たい口調で言い放った青年の口元から僅かに除いた犬歯は獣の牙のように鋭かった。


吸血鬼ヴァンパイアッ!」


と将官の一人が腰のホルスターから拳銃を引き抜こうとしたが、引き抜く前に将官の額を投擲ナイフの刃が貫いていた。


「吸血鬼ではない、クドラクだ。間違えるな、家畜」


そして、騎士風の青年は自分の剣を引き抜いた。


司令部のテントから次々と銃声が鳴り響き、眩い閃光が迸る。だが、統制の取れていない、且つ連射力も乏しい拳銃の投射量では吸血鬼を捉えることなどできない。


吸血鬼の身体能力は、人間のおよそ10倍。彼らの優れた動体視力の前には、弾丸などゆっくりとこちらへ向かってくる小さめのボールに過ぎなかった。

金髪の吸血鬼は飛来する弾丸と弾丸の合間を縫って難なく銃撃を回避すると、将兵達を切り伏せていく。その動きはまるでダンスを踊っているかのようであり、一切の無駄のない洗練された動きだった。青年が司令部の将兵を皆殺しにするのに5秒も掛からなかっただろう。


青年が司令部のテントを出ると、そこに広がっていたのは無数の死体と、それに群がるように牙を立て、血を啜る吸血鬼たちだ。彼らも青年と同じような衣服に身を包み、腕には鷲の描かれた腕章をはめている。


―クスクス―


という笑い声がして騎士が振り返ると、そこにはあのクリフォト兵がいた。戦利品の戦車砲を携えて。


「レイヴァン、戻ったか」


青年がそう声をかけると、クリフォト兵の姿が、携えていた戦車砲も含めて、みるみるうちに小さな体躯へと集約していく。そして現れたのは、黒い外套を身にまとい、石膏像のような仮面を被っている幼児だった。


「父上、ただいま戻りましてございます」


幼児は外套のフードを取り、仮面を外すと金髪の青年に跪いた。

真紅の髪に同色の瞳。年齢はまだ2桁に届かないばかりか、その半分にも到達していないかもしれない程、幼かった。


金髪の青年は、赤毛の幼児に合わせるように片膝を着くと、ふんわりとした赤い髪を撫でながら彼の活躍をほめたたえる。


「レイヴァン、今回も見事な活躍だった」


特に戦車部隊を壊滅させたのは大きい。あの鉄の塊の前には吸血鬼の牙も剣も文字通り歯が立たない。彼が戦車の相手をしてくれたおかげで吸血鬼は残りの歩兵部隊を圧倒し、司令部に急襲を仕掛けることができたのだ。


「へへへ」


レイヴァンと呼ばれた少年は嬉しそうに頬を赤らめながら、頭を撫でられる心地いい感覚に咽喉を鳴らした。



=====================================================


レイヴァン・アドラー。この時、4歳。

喰らった命の総数:3421

魔導式臓器クリフォト位階:レベルⅠ


=====================================================

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デス・ヘッド ~Rise of Darkness~ @SuperSoldier

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ