とある宇宙人の悩み

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とある宇宙人の悩み

 ここは月の裏側にある、とある宇宙人達の秘密基地。


 デスクに置かれた投影式立体モニターに映し出されるデータを眺めながら、宇宙人Sは頭を抱えて深くため息を吐いた。


「はぁ……なぜだ。なぜこんな事になっているのだ」


 するとそこに、Sの部下であるTが、新しい報告データの入った電子記憶装置を持ってやってきた。


「S課長、今月の報告データをお持ちしました」

「ご苦労」

 SはTから受け取った記憶装置を端末に繋ぎ、新しいデータを閲覧する。そのデータはSの望んでいるデータとは程遠いものであった。


「またか……」

 浮かぬ表情のSを案じて、Tが声を掛ける。

「どうしましたか?」

「どうしたもこうしたもない。地球に送り込んだ偵察機が、また大量に消失しているのだ。これでは一向に偵察が捗らないではないか」

 SがTにデータが見えるように端末をいじると、拡大されたモニターには、『偵察機の減少により地球の調査が遅れている』というメッセージと、右下がりのグラフが映し出されていた。


「またですか」

「あぁ、データが足りねば上層部は侵略に動き出さないだろうし、そうなれば我々はいつまでも単身赴任から母星に帰る事ができない」

 Sは他星の侵略を事業とする会社の社員であり、地球侵略部の偵察責任者を務めているのだ。


「出世に釣られて太陽系くんだりまで来たはいいが、嫁と娘の顔も見られないくらいならヒラのままでいれば良かったなぁ……」

「そういえば娘さんがいらっしゃったんですよね。おいくつですか?」

「来年でちょうど四百歳になる」

「一番かわいい年頃ですね」

 独り身であるTは他人事のように言った。


「このままではいかん。早く地球の偵察を終わらせて、家族の元に帰らねば」

 Sは自らの顔を手でパシパシと叩き、気合いを入れる。

 そして再びモニターと向き合った。


「ふーむ、やはり偵察機の消失と破損は、私がここに来てからの数百年が著しいな。特にここ百年は酷い」

「比較的安価な偵察機とはいえ、あまり大量に消費していては経理部に怒られますしね。地球にはチリも積もればなんとやらということわざがあるそうです」

「うむ、わかっている」


 Sが勤めている侵略会社では、他星侵略の武器や偵察機の開発も行っており、Sが地球に送り込んだのは自社製の偵察機の中でも最新型の量産型生体偵察機である。


 その偵察機は安価で小型かつ高性能で、偵察機の移動やデータ収集のための繊細な動作が可能でありながら、破損した時には自己修復機能もあるマニピュレーターを多数搭載しており、自ら思考をして的確な行動を取るバイオ頭脳と、環境によって遺伝子を組み替える事ができる特殊能力を持っている。更に、必要に応じて個体同士で生殖し、自己増殖する事も可能だ。


「ある程度の消耗は覚悟していたとはいえ、ここまで大量に消失するとはな。やはり武器を装備させなかった事が原因だろうか。小型のビーム兵器くらいは搭載しておけば良かった」

「ダメですよS課長、そんなもの装備させて、原生生物達が万が一我々の存在に気付いて警戒したら侵略する時に面倒じゃありませんか」

「それはそうだが……ろくに偵察もできないのであればいっその事強行侵略を実行しても良いと思うのだが」

「まぁ、他所の侵略会社ならそうするでしょうけど……」


 Sの勤める侵略会社の売りは、破壊兵器や武装兵士を極力使わないで星や原生生物を傷付けぬように侵略を遂行し、より美しい状態で買い手に売り渡す事である。

 秘密基地の壁に貼られた電子ポスターにも、『安心安全、我が社ならではの速やかな侵略で、皆様に美しい星をお届けします』と書かれていた。


 だからS達は地球に大量の偵察機を送り込んで情報収集をし、速やかな侵略に備えているのだ。

 会社としても地球の侵略プロジェクトには注目しており、万が一地球と戦争になるような事があれば、Sは母星に帰るどころか宇宙の果てに飛ばされてしまうであろう。

 かといって、このままいたずらに偵察機を消耗し続けても、無能の烙印を押されて同じ結果が待っているだろう。前任者と同じように。


「まぁ、我々は所詮雇われの身だしな。給料を貰っているからには会社の方針に従うしかあるまい。なぜ偵察機が大量に消失しているのか、その原因を突き止めよう」

「わかりました」


 SとTは互いにモニターと睨めっこをしながら、データの分析を始める。


「なるほど、偵察機の大量消失の原因が分かったぞ」

「流石はS課長。で、原因は何ですか?」

「気候変動が原因による破損も酷いが、それ以上に消失の原因となっているのは、原生生物による偵察機の捕食だ」

「偵察機の捕食!?」

 TがSのモニターを覗き込むと、そこには確かにそのような分析結果が表示されていた。


「しかし、あんなものを捕食するだなんて、地球の原生生物達は何を考えているんでしょうね」

「うむ、知能が低い生物は欲望に忠実だから、食欲を満たすために何でも口に入れるからな。我々の赤ん坊だってそうだろう?」

「確かに。私も幼い頃に無重力発生装置を飲み込んでしまい、病院に運ばれた事があります。しかもお腹の中でスイッチが入ってしまって、診察中にプカプカ浮いていました」


 因みに、これは彼等の星でもかなり珍しい事例である。

 二人は更にデータの分析を続けた。


「なるほどなるほど、これは偵察機が捕食されるわけだ」

「また何かわかりましたか?」

「あぁ、我々は地球は水の星だと聞いていた。現に地球は約七割が海に覆われている。だから我々は水中探査に特化した偵察機を送り込んだ」

「はい、やたら青いですしね」

「しかし、地球の海には偵察機よりも大型で、知能が低い生物が大量に生息している。だから偵察機が捕食されていたのだ」

「なるほど!」


 トラブルは原因が分かれば対策が立てられるものである。

 あとは対策に向けてアイディアを出し、実行するのみだ。


「では、捕食されぬように、偵察機に危機が迫れば微弱な電撃を放つ機能を付けてはどうでしょうか?」

「うーむ……それは攻撃兵器として判断されて、許可が降りないだろうなぁ」

「では、毒を持たせてはいかがですか?」

「それは生態系を崩す恐れがあるからダメだ」

「高速移動機能をつけるというのは?」

「開発費がかかりそうだなぁ。予算が下りればよいが……」

「難しいですねぇ」


 せっかく偵察機消失の原因が分かったにも関わらず、会社のポリシーと大人の事情のせいで、中々良いアイディアは出てこない。

 二人は良いアイディアを出すために、更にデータを分析する。

 すると、不思議な分析結果がTのモニターに現れた。


「あれ? おかしいぞ……」

「どうしたT?」

「S課長、先程課長は水中に生息する原生生物による捕食が偵察機消失の原因だと言いましたよね?」

「あぁ、言ったな」

「確かに水中の生物による捕食量もかなりのものになりますが、それと同じくらいに陸上に棲む生物が偵察機を捕食しているんですよ」

「……なんだと?」

 Sが半信半疑でTのモニターを覗くと、確かにそのようなデータが出ていた。


「どういう事でしょうか……?」

「ふむ、慌てる事はない。陸上の生物にも水中の生物を捕食する種類は存在する」

「でも、この量は尋常ではありませんよ」

「恐らくそれは『ニンゲン』の仕業だろう」


 Sがモニターを操作すると、そこには二足歩行をする、ヒョロリとした弱そうな生物が映し出される。


「確かこのニンゲンというやつは、昆虫と二分して陸上を支配している原生生物ですよね?」

「あぁ、奴等は知能が高いにも関わらず、食に貪欲で、空の生物も海の生物も大量に食料として消費する連中だ。しかも頭のネジが外れており、猛毒を持つフグという海洋生物を、ご馳走として食べていると聞いた事がある」

「様々な食材がある中で、なぜわざわざ毒のある生物を好んで……」

「うむ。まぁ、それは毒を完璧に除去する高い技術があるからだろう。我々がいずれ地球侵略を実行するにあたり、奴等は最も大きな壁になる。我々は彼等を対象にして研究をするべきなのかもしれないな」


 二人は偵察機がニンゲンに捕食されぬように研究をするため、再度モニターと向き合う。そして今度は宇宙ゴミに擬装した衛星カメラを使い、地球の様子を観察してみたりもした。


「なるほどなるほど、主にヨーロッパ南部に住むニンゲン達が偵察機を大量に捕食しているのか。しかし、こうして調理した後を見ると、不思議な事に偵察機もなかなかうまそうだ」


 Sがそんな事を考えていると、Tが突然大きな悲鳴をあげた。


「ひいっ!」

「どうしたT!?」

「あ……あぁ……」

 Tはモニターを指差したまま、血の気の引いた顔でブルブルと震えている。

 SがTのモニターを見ると、そこには恐ろしい光景が映し出されていた。


「な、なんと……」

 小さな島国の様子をモニタリングしているモニターの中央には、どちらかといえばのっぺりした顔のニンゲンが映し出されており、その人間はなんと、まだ生命機能の停止していない偵察機を食べていたのだ。


「これはどういう事だ!? ニンゲンが他生物を食べる時は、必ずと言っていいほど他生物の生命機能の停止を確認し、なんらかの加工や火を通すなどの調理過程を踏んでから食するはずだ! それがなぜ偵察機を生きたまま……。しかも嬉しそうに……」

 生物が生きたままの他生物を捕食するのは珍しい事ではない。

 しかし、明確な知能がある生物がそれを行う時、どこか禁忌的とも思われる不気味さが発生するのだ。


 その時、Sの頭に一つの可能性がよぎった。


「もしや、奴等は我々の存在に気付いている!?」

「そ、そんなバカな!?」

「いや、そうとしか考えられない。地球の生物に紛れ込ませているとはいえ、知性のある生物があれほど特殊な形をした偵察機を生きたまま、しかも嬉々として捕食するだなんてありえない! きっとあれは我々に対する、『侵略などさせるものか、返り討ちにしてやる』というメッセージなのだ!」

「なんですって!?」

「こうしてはいられない! すぐに本社に連絡だ!」

 そう言ってSはオフィスを出て、通信室へと駆けてゆく。


「ま、待って下さいよ! あっ!?」

 Sの後を追おうとしたTは、慌てていたためにうっかり端末のボタンを押してしまった。


 するとモニターには、地球では『イカ』と呼ばれる生物の映像が映し出された。

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