第4話「湯水のように」

次の日、朝から喫煙所に行ってみた。

始業前だというのに風間さんは相変わらずタバコをふかしながら

他の社員とバカ話をしてゲラゲラ笑っていた。


「おう、優ちゃんおはよ。仕事頑張ってるかい」

「おはようございます。朝早いんですね」

「ああほら、俺年寄りだからねえ。朝早くきて早く帰りたいヤツだから」

こんな事を言っているから誤解してしまうのだ。

実は朝早くきて大半の仕事を1時間で済ませてしまっているなど

普通気付かないに決まっている。


「こないだのポスターってどうなりました」僕が本題を切り出すと


「ああアレ。もう終わったよ。あとは入稿作業するだけだから

心配しないで大丈夫だよ」何事もなかったかのように答える風間さん。


「ええ・・・どんなの出したんですか」


「ああ、適当適当。あんまり時間かけたくなかったから昨日のうちに

パパッと済ませちゃったわ」ケラケラと笑う風間さんの表情には

僕を見下すような様子は見受けられない。

一体どんなデザインを提出したのか気になって、

見せてもらえないかどうかお願いしてみた。


「見たいのかよ。多分朝から入稿して夕方には色見本届くから

それ見にきたらいいよ。俺今日はこの後雑誌の撮影に立ち会うから

一真か誰かに言えばいい」そう言って風間さんはタバコをまた深く吸い込んだ。


「あ!」喫煙所を出ようとする僕に風間さんが

思い出したかのように声をかけてきた。


「優ちゃんさ。まあディレクターに叱られたみたいやけど気にすんなよ。

才能の蛇口ってやつはいつもひねりっぱなしにしとかねえと枯れるんだ。

優ちゃんのそういうところ嫌いじゃないわ。それじゃいってきまーす」


珍しく人に褒められて、少し調子が狂ってしまい、

「えええ。ああありがとうございます」と僕はそれだけ絞り出した。


夕方になって色校が届いたと聞き、一真のところに向かい、

ポスターを見せてもらうことにした。


バイク便で届いたケースからロール状になったポスターを

広げて、僕は驚いた。


「こ・・これは・・・」

「これキャラクターのイラストデータを元に、風間さんが紙粘土買ってきて

昨日作った人形だよ。ドライヤーで乾かしてから水彩絵の具で色塗って

写真に撮ったんだ。背景の絵は俺が描いたんだよ」


してやられた・・・・・僕は完敗だった。

いつものように、パソコン上で与えられたデータを並び替えることが

デザインだと、いつの間にか僕はそういう固定観念に捕らわれていたのだろうか。

そうか・・・僕に求められていた答えはこういう掟破りな手法だったのか・・・。

そう言えば・・・一真とは一緒に入社してはいるけど、

いつも仕事が楽しそうだったな。


「そう言えば一真って写真収集も楽しいって言ってたよな。

僕はアレやらされるのってすごく屈辱だったんだけどさ」


「そうなのか。あの作業については風間さんから『いいか。この作業は

デザインというものを突き詰めるには絶好のヒントになる作業だから

楽しみな』って言われてたんだよな。そう言われて考えながら作業していたら

デザインの方向性の絞り込みとかすごくわかりやすくなったんだよ」


そんな意味があったとは知らなかった。

みんな嫌々やらされていたし、僕の直接の先輩たちもそんな風には

教えてくれなかった。


「まあ多分風間さんもそんな風には教わっていないんじゃないかな。

ただ、風間さんは少なくともそう解釈して、俺たちに教えてくれたんだと思う」

一真の説明を受けて、何かわからないけれど、

ジグソーパズルのピースの一つがカチッと音を立ててハマった・・・

そんな気持ちになれた。


おそらく膨大なパズルのピースの一つ目が嵌ったところで、

大して何が変わるかわからないけれど、

何かのヒントが見つかったような、そんな気分になれたのだった。


その事を立花さんに話してみたところ、

立花さんは笑って答えた。


「ね、デザインの仕事って楽しいでしょ。一生をかける価値はあるよ」

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蛇口の水 あん @josuian

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