第3話「ヒント」

翌日僕は朝から仕事をこなしていたが、昼過ぎに

ディレクターから呼び出され、先日制作したポスターの修正を

やることになった。


すでにガチガチに固めたデザインに大幅な追加情報を掲載しなければ

ならなくなって、全面的なデザイン変更を求められることになったのだ。


「これじゃデザイン全修正じゃないですか」

「まあそれがいいだろうね。このまま無理やり挿入しても

いいデザインにはならないからね」さも当然と言わんばかりに

ディレクターが言う。


このデザインには自分なりに絶対的な自信があったので

全面変更というのは正直屈辱的だった。

「せっかく時間かけて頑張ったのに・・・」思わず口にした言葉に

ディレクターは片眉を吊り上げた。


「君さ、一度はっきり言おうと思ってたんだけどね。

君はこのデザインを自分の『作品』だと思っていないかな。

いつも言うように、僕らは商業デザイナーであって

アーティストではないんだよ。これは『商品』なんだ。

君のセンスの赴くままに好き勝手にデザインして

君は満足してもクライアントの売り上げに貢献できないのならば

君のデザインには何の価値もないんだよ」


「でもそれじゃオペレーターと変わらないじゃないですか」


「君がオペレーターをどう思っているのかわからないけど、

オペレーターはディレクターの指示を忠実に完璧に実行することを

目的とした仕事なんだよ。君の場合オペレーターとしては失格だし

デザイナーとしてもクライアントのためではなく

自分のためだけにデザインしているのだからやはり失格ということになるね」


威圧的というわけではないが、完全に論破されてしまい

何も言い返せなくなってしまった。


悔しくて腹立たしくて、休憩所でジュースを飲みながら

みんなで休憩をしている際に、1年先輩の立花さんに愚痴をこぼした。

立花さんは女性だけど、お姉さん気質で後輩の面倒見が良くて

いつも相談に乗ってもらっている。


「まあそうだねえ。優ちゃんは自分のデザインに自信があるから、

そんなジレンマは常について回るのかもしれないけど、クライアントの意見は

無視できないんだよね。だって広告やCMは本来クライアントのものだから」


「でもそれじゃあ僕らデザイナーはオペレーターとどう違うっていうんですか」


「ん〜そうだねえ。オペレーターの場合はクライアントの指示って

答えなんだけど、商業デザイナーの場合は答えではなくてヒントなんだよ」


「ヒントですか・・・すみませんよくわからないです」


「ええっと・・・。例えばクイズだとするね。

クイズで答えを導き出すために出題者はヒントを出していくよね。

そこで問題が『目の前にある花はなんでしょうか』だったとするでしょ。

そしてヒントが『赤い花』だったとする。

そこで回答者(ここではディレクターね)が『答えはカーネーション』だと言えば

解答欄に『カーネーション』って書くのがオペレーターの仕事。

『赤い花』ってヒントを元に『ばら』だとか『チューリップ』っていう

答えを出すのが商業デザイナーだね。

オペレーターは解答欄に記入する係、デザイナーは回答者って事」


「ああ。なんとなくわかるようなわからないような。

じゃあオペレーターとデザイナーはそもそも役目が違うって事ですね」


「それでね。優ちゃんはそこで解答欄に『パンジー』とか『タンポポ』とか

書いちゃってると思ってみて。ヒントはなんだったのって話にならないかな」


妙にその説明がしっくりきて、少し得心がいったのだけど、

自分なりに「これが最高」と思う答えを書いていただけなのだ。

その意味では悔しさは消えたわけではなかった。


ふと、先日叱責を受けた際の自分のポスターデザインを見てみた。

クライアントからの指示は、企業のキャラクターデータを使って

いつもと違ったイメージで楽しげに作って欲しいという依頼だった。

そこで僕はキャラクターを中央に配置して明るい色調で

いろんなキャラクターの素材をレイアウトして作ったのだ。

自分なりにはクライアントの要望を取り入れたつもりだったのだが

一体これのどこが悪かったのだろうか。


そういえばあの後風間さんのデザインはどうなったのだろうか。

今日も何度か喫煙所で見かけたけど、風間さんの答えはどんなものだったのか

妙に気になってきた。

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