魔女の左手

スズヤ ケイ

魔女の左手

 おう、いらっしゃい。また来たね。

 俺に負け続けなのがよっぽど悔しいらしいな。


 いいからさっさと切れって? わかったわかった。


 今日もポーカーで良いんだな? 


 ……まぁ、あんたも常連さんだ。ただこうやってカードを配ってるってのも味気ないわな。

 一つ小話でもどうだい?

 乗ってくれるか。嬉しいねぇ。



 ──俺の昔の知り合いにな、えらく器用な奴がいたんだ。


 普段はぼ~っとした奴で、しょっちゅう何かにつまづいたり、そこらの看板にぶつかったりしてたんだがよ。

 そのよろけた弾みで誰かにぶつかるとするだろ? それでお互い転んじまって、起き上がりながら相手に詫び入れて、服の埃でも払ったりなんかすれば大抵は丸く収まるんだが。

 それで上手い事和解してまた歩き始めた頃にゃ、奴の懐は温かくなってるんだ。不思議だろ?


 普通なら、逆に慰謝料取られても文句言えねぇとこだ。

 まぁ何だ。ここまで言えばわかるだろ?


 そうさ。奴は、相手の服はたくついでに、財布の中もちっとばかし整理してやったのよ。


 普通の奴がやるスリってのは、大方財布を丸ごと貰ってから中身だけ抜いて、そこらにぽいってなもんだがな。

 奴は懐に入ってる所をそのまんま抜き取っちまうんだ。

 金だけ綺麗に貰っちまうから証拠が残らねぇ。万一バレても捕まえられんのさ。

 だってそうだろ。てめぇの財布に今の今までいくら入ってましたなんて正確に言える奴がそういるか? そいつがそう言い張ったとして、奴が知らん振りすりゃ、衛兵だってどっちが本当の事言ってるかなんざわからねぇさ。

 ま、奴がバレるとこなんざ一度も見た事はなかったがね。


 何しろ、取られた本人はもちろん、端から見ててもいつ取ったかわからねぇ。

 その辺のちんけなスリならいくらでも見りゃわかるが、奴のは無理だったね。あれこそ芸術ってもんさ。


 それだけの腕を持ってた奴だが、スリで荒稼ぎはしなかった。

 もったいない、何故かって?


 そりゃあ町の連中には面が割れてたし、仕事もせずにその辺の道を歩いてる奴らが、大した金額を持ってる訳が無いからな。


 それに、奴の本業はトランプだったのさ。ここみたいな小さな酒場の隅っこのテーブルでポーカーをやるんだが、スリであれだけの腕前を持ってる奴だ。イカサマも得意中の得意って訳よ。誰も奴には勝てやしねぇ。


 しかも奴は手だけじゃなくて、頭もよく働きやがってな。自分が十分儲けてから、頭に血が上ってる奴らを少しばかり勝たせてやるんだ。

 するとまぁ、大抵が酔っ払ってる連中だ、ちょっと戻って来ただけで上機嫌さ。

 良い気分になると、またやりたくなるのが人情ってもんだ。だから奴はカモには困らなかったよ。奴が勝った後には、よく奢って貰ってたっけな。


 さてさて、これで奴がどれくらいの玉なのかは想像がついたろ?


 面白いのはここからさ。奴のポーカーの強さが有名になってからしばらくすると、隣町からギャングの親分が訪ねて来たんだ。


 その親分、相当なギャンブル狂でね。ああ、もちろんまともな勝負事をするはずがねぇ。ギャングってのは、イカサマなんざ正当なルールだと思ってるような連中だぜ。

 親分がご執心なのは、当のイカサマを見破る事だったのさ


 自分の町では、手下から客まで全員のイカサマを見抜いちまったらしくて、退屈してた所に奴の噂を聞きつけたって訳だ。


 親分の申し込んだ試合を、奴は二つ返事で受けた。奴にとっちゃ、これ以上ないカモさ。


 奴の頼みで、俺が立ち会う事になった試合は、いつものテーブルで始まった。


 勝負は一対一。奴と親分のサシだ。

 ゲームは当然ポーカー。勝敗は役に関係なく、あくまで親分が奴のイカサマを見破れるかどうかの一本勝負だ。


 親分から預かった高そうな時計を見ながら、俺が試合開始を告げると同時に、奴がカードを切り始めた。

 いつもは罵声と野次を飛ばすしか能のない連中が、この時ばかりはえらく静かにしてたっけな。


 結果はと言えば、親分の惨敗。親分曰く、手の動きも全く読めなかったそうだ。

 ちなみに役は、親分はブタで奴はロイヤルストレートフラッシュ。


 ま、予想通りだったな。俺はてっきり親分が怒鳴り出すんじゃないかと冷や冷やしたんだが、ギャングにしては分別があったようでな。潔く負けを認めたよ。

 その後で、どうやってそんな技を身に着けたのか奴に尋ねたのさ。


 それは俺……いやいや、その場の全員が思ってる事だったね。何しろ親分だけじゃなく、酒場にいた全員が奴に負けてるんだからな。その秘密を知りたくない訳がない。


 奴は別に隠す事じゃない、と前置きした。単に今まで誰にも聞かれなかったからだと。

 確かに誰も、俺も聞いた覚えがねぇや。


 だが実際に話しても、信じて貰えるかどうか疑問があったと。

 そうちょっとばかり勿体付けると、奴はゆっくりと話し始めた。


 奴がこの町にやってくる少し前に、占い師に視て貰った事があったんだそうだ。

 その占い師がまた妙ちくりんな感じで、よくある真っ黒なローブを羽織って、顔はフードですっぽり覆っててよく見えない。そのくせ目だけははっきり見えていて、まるで光ってるように見えたんだと。


 そいつがボロボロの身なりで道の真ん中に倒れてたんで、奴はちょっとした気まぐれで介抱してやった。

 その見返りにと、そいつは勝手に占いを始めたそうだ。


 占いの結果は、一週間、誰にも利き手を見られなければ、素晴らしい未来が手に入るだろう、というものだった。


 その時の奴は、何一つろくな仕事の出来ないダメな男で、大抵が家でふてくされて寝てるか、ポケットに手ぇ突っ込んで外をうろつくかのどちらかだったらしい。

 そんな様だったから、占いの通りにするのは簡単だ。


 そして一週間後、黄金の左手が出来上がったって寸法だ。


 奴は話の終わりに、もしかしたらあの占い師は魔女だったんだろう、と付け足した。

 全く同感だったね。そんな事が出来るのは確かに魔女くらいなもんだ。


 俺や周りの連中は話半分に聞いてたが、親分はその話にえらく感動してね。

 奴の勝利を称えながら、黄金の左手に乾杯! ってな具合で奴を自分の屋敷まで連れて帰っちまったよ。その日は大層なご馳走を振る舞われたんだろうな。


 奴はそれからしばらくしても戻って来なかった。

 酒場の常連はこう思ってたもんさ。親分の相手をさせられてるか、あっちの町が気に入っちまったんだろう、ってな。


 所がどっこい、少しした頃に奴は町に帰って来た。

 いや……正確には町の壁の向こうだったがな。


 見つけた時には奴は死んでた。左の肘から先を失くしてな。ありゃ出血多量ってやつだよ。


 俺達はすぐにピンと来たね。親分があの腕を自分の物にしたくて切り取っちまったんだと。

 奴は命からがら逃げてきたが、ここまで来て力尽きちまったんだってな。


 それからしばらくは、親分のバカ勝ちの噂で持ち切りだったが、正直俺は胸と耳が痛かったね。

 奴にゃ皆が負けてたが、それでもいくらかは好きだったのさ。普段は愛想のいい憎めない奴だったんだ。あんな事になりゃ悲しいわな。


 だが同時に、奴の左手を持ってるだろう親分が勝ってるってのが引っかかってもいたんだ。

 あの親分、見破るのは得意でも、手先の方はからっきしだったんだから。

 だとすると、奴の話は本当だったって事になる。

 だってそうだろ? 持ってりゃ勝てる手なんて、魔女の魔法がかかってるとしか思えねぇ!


 ……それからいくらかしてから、その事件は起きた。やっぱり魔女の仕業だったのさ。


 その日、俺は隣町に用があって、出かける所だったんだ。門を出て、街道を進もうと思ったら、正面……隣町の方から、何かが向かって来てた。

 俺は随分朝早くに町を出たから、俺以外にどんな奴がこんな時間に街道を来るのかを見てやろうと思って、注目しながら進んでたんだ。


 段々とゆっくり進んでくるそいつを見て、俺はたまげて叫んじまった。


 そいつは歩いてきてたんじゃなかった。

 じゃあ馬車かって? いいや違うね。


 


 俺はその場に立ち竦んだよ。

 久しぶりに見たギャングの親分の顔、そのすぐ下に、見覚えのある物があった。

 勝負の度に穴が開くほど睨み付けてたんだ。忘れやしねぇ、一目で分かった。


 そう、奴だよ。

 奴の左手が、親分の喉元を鷲掴みにして引きずってきてたのさ。

 やがてそいつらは、かつて奴が倒れてた場所まで来ると動かなくなった。


 俺は……見なかった事にして隣町に行ったよ。外せない用事があったからな。



 これで話は終いさ。どうだ、面白かったかい? そりゃ良かった。


 おっと、話してる間にあんた、随分負けが込んでるじゃないか。

 どうする? もうやめるか?

 よーしよし、それでこそ男だぜ。次はそろそろ良い役が来るんじゃないかい?


 ……ん? どうした。この包みは何だって? 

 まあ気にすんなって。さあ、次のカードを配るぜ……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の左手 スズヤ ケイ @suzuya_kei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説