12月5日(土) PM 22:21
約4年前、俺は神楽坂に住んでいた。
両親と修復不可能なほど関係が悪化し、家を飛びだして転がり込んだ先が神楽坂のゲストハウスだった。5階建てのビルを改装したもので、最大で70名以上が暮らしていた。
海外が好きな人はゲストハウスについて、旅行者同士が交流できる楽しい宿というイメージがあると思う。
しかし、俺が住んでいたところは、就活生やその日暮しの労働者、寂しがり屋の老人、すねに傷がある輩ばかり。
もちろん外国人もいる。しかし、そのほとんどが留学生、短期就職がほとんどで、観光目当ての奴は数えるほどだった。
なぜそんな奴らばかりかと言えば、オーナーの考えで、少なくとも1ヶ月はいる長期滞在者しか受け入れなかったからだ。
そうなってくると、長期滞在者ばかりが残り、ゲスト同士との会話も新鮮味が無くなる。関係が深くなればなるほど派閥ができる。中心グループに入れば、ゲストへの悪口が話題の中心になり、それ以外では少人数でひっそりとしている。それを中心メンバーたちが気に入らなければ、伝達事項を伝えないなどの嫌がらせにあう。
はっきり言えば、人生に行き詰まった者たちが集まり、生活が許される退廃的なところだった。
――そんな場所で3年を過ごした。
当時の俺は、まさに人生の敗北者だった。パチンコに行き生活費を捻出する。目標額が稼げたら、好きな時間に寝食を満たし、適当なゲストに絡んで馬鹿話をしたり、連れだって夜の店に繰り出したりしていた。
負けたら家賃を稼ぐために、単発の工場派遣で家賃を稼ぎ、飯は羽振りが良いゲストや、自炊をしているゲストにたかっていた。
当時を振り替えると、自らの将来性に不安と諦めを抱きながら、それに蓋をして気ままに生きていたのだ。
それを羨ましいと思う人もいるかもしれない。だが、これだけは言える。自分が社会のためになっていない、誰からも必要とされない現実は、想像以上に苦痛だ。
友人たちは家庭をもったり、仕事に励んで地位を得たりして、話題はなくなっていく。宿の中で知り合った同じような負け犬たちも、金が尽きたとか、就職をしたなどで出ていってしまう。友人たちが俺を置いて、次のステージに進んでいくのを見送る……それを続けるうちに、自分の情けなさが浮き彫りになっていくのだ。
(俺は何がしたいのか? 誰か必要としてくれないか? )
強くなっていく承認欲求から目を背け、ただパチンコを打つ日々。同じような敗北者たちとマウントを取り合いながら退屈を紛らわして、時間を費やしていく日々。そんな状況から逃げ出したい思いが日々強くなり、物書きになろうと決めたのだ。
本気で物書きになろうとしている人と比べれば、それは逃避のようなものだったと思う。確かにそうだったんだろう。両親からも退廃的な生活からも背を向け、書く世界に逃げ込んだのだ。そして今、その世界の厳しさと残酷さを知り、そこからも逃げたくなっている。
だから今日、俺は神楽坂に行ってきた。人生のリスタートポイントである神楽坂と飯田橋を巡り、なぜ書くことを選んだのかを探していた。赤城神社近くの公園で神楽坂50番の肉まんをほうばり、コレドでカレーを食べているときも考えていた。
そして思い出した。オアシスというパチンコ屋から出て、プレサスってパチンコ屋に移動する時に赤信号で立ち止まった横断歩道前でふと。
――俺は残したかったんだ。
自分が好きな人や事柄、出来事、面白いと思ったことを残したくて、物書きを志したのだと。好きだったもの全てを神楽坂に来て捨てたから、だったら新しく手にしたものは残したいと思ったからだ。
それを退廃的な生活の中で心通じた数少ない人たちとの交流で見つけた答えだったはずだ。
それが分かったら、なぜ書けないのかは至極シンプルだ。書きたいほど好きなことがないからだ。就職をしたものの、単調な生活をこなすだけの、4年前に戻ってしまっているからだ。今の仕事にたいして、クリエイティビティを使うのが好きではないのだ。
今日、仕事を辞めて物書きになると腹を括る正念場に来ていたことに気がついた。どうしたものか。
これを今、飯田橋の大歩道橋で書いている。顔を上げたら、神楽坂へ続いている道の入り口が見える。全体で見れば4年前とあまり変わっていないが、店ごとで見れば結構変わっている。当時営んでいた人達は、どんな人生を歩んでいるのだろうか。
思い出の街から思い出が無くなっていく。思い出がない思い出の街へと変わっていく。でも、それで良いのかもしれない。思い出は人に宿るのだから。それを心と呼んだらいけないのだろうか。
はぁ、病んでるなぁ。まぁ、いいや。読んでくれている人がどれくらいいるのか知らないけど、ここまで読んでくれてありがとう。
おやすみなさい。
アラフォー窓際族の日記 波図さとし @pazzotusuki
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