キミとわたしのクッキー・アイテム
ペーンネームはまだ無い
第01話:キミとわたしのクッキー・アイテム
うぅ……、ごめんなさい、恋の神様。おやつ用に買っておいた
私は大きく深呼吸する。汗をかいた手のひらに人という字を3回書いて飲み込んだ。
すでに下校のチャイムは鳴り終わっていて、下駄箱に私以外の姿はない。心臓の音が聞こえてしまいそうなくらい静かだ。
下駄箱の隣に備えつけられた鏡の前に立って自分の姿をチェックする。おかしな所ないよね?
「ごめん。お待たせ」
そう言って小走りに
私は目を
「それじゃ、帰ろっか」
「……う、うん」
靴を
たぶん真っ赤になっている顔を、私は
校門を出たところで
「久しぶりだね。一緒に帰るの」
私は少しだけ顔を上げて「う、うん」と返事するのがやっとだった。
おかしいな。
スカートをギュッと
「
思いの外、大きな声になってしまってビックリした。話し始めた手前、止めることもできずトーンを落としながら続ける。
「……何で誘ってくれたの? その、一緒に帰ろうって」
あれ、私、
私がどんどんとネガティブな思考を
「久しぶりに
ふえ!? 驚きのあまり変な声がでそうになる。
「……ううん、いいと思うよ」
思っていたより自然に答えられた。ビックリしすぎて私の緊張は大部分が
「……何だか不思議な感じ」
「え? 何が?」
「こうやって一緒に帰ってると、小さな頃に戻ったみたいだなって」
「ああ、確かにそうだね」
あの頃は毎日が楽しかったな。自分の想いを素直に伝えることができて、誰かを好きになることが恥ずかしくなかったから。
でも、ある頃を境にして私たちは何度も
「どうしたの? 大丈夫?」
いつの間にか
私は慌てて「何でもないよ。大丈夫」と伝えると
「あ、でも、私なんかと一緒に帰ってたら、勘違いされちゃったりしないかな?」
「勘違いされるって誰に?」
「いろんな女の子。
「そんなことないよ」
「
かく言う私も
「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど、あの差し入れ、全部食べてるの?」
「さすがに全部は食べきれないよ」申し訳なさそうに続ける。「特に手作りのものはちょっと……」
良かった。私、渡せてなくて良かった。
「僕のために時間をかけて作ってくれたのは解ってるし、気持ちはすごく
「どうして苦手なの?」
「だって、血とか入ってたりするんだよね?」
え? 思わず耳を疑った。
「ほら、自分の血を混ぜた手作り料理を食べさせると、両想いになれるっておまじないがあるんでしょ? その話を聞いてから苦手になっちゃって……」
予想外の発言につい声を出して笑ってしまう。
「そんなこと、本当にする子いないよ」
「そうは言うけど女の子って変なおまじないが好きだったりするし」
「変なおまじないって例えば?」
「消しゴムに色付きペンで好きな人の名前を書くとか。好きな人の名前の文字数だけノックしたシャーペンで、紙に書いたハートを
「……確かにいる、かもね」
私だ。消しゴムには
「消しゴムに名前を書くとか、シャーペンで
「きっと恋の神様なんじゃない?」
「恋の神様?」
「そう、恋の神様。変なことが大好きなの」
そういえば、
――
今日、友人に教えてもらったばかりの
「そういえば、
ふえ!? 考えていることを見透かされたみたいで焦った。思わず「ううん、知らないよ」と
「そっか」
「……それ、どんな
私が訪ねると
「
「ふーん、そうなんだ」
私の知っている
「
「うん、覚えてるよ。最後の1つを取り合ってよくケンカしてたよね」
「あったあった。だいたい最後は
「え? 私、そんなこと言わないよ」
「言ってたよ。それで最後のクッキーを渡すと『
「い、言わないってば。そんなこと!」
ムキになった私は
思っていたよりもガッチリしていて、やっぱり男の子だなぁ――とか思っている場合じゃない。私は体をビクッと震わせると反射的に
「ご、ごめんなさい」
「僕こそゴメン」
その言葉を最後に私達は黙り込んでしまった。2人は無言で歩き続ける。
まだ胸がドキドキしている。
小さな頃のように、この想いを言葉にして伝えることが出来たら、どんなに良いだろう?
――ねぇ、知ってる? 私、今も
そんなふうに言えたら
しばらくして十字路にたどり着くと、私は
「それじゃ。またね」
またね、か。次に一緒に帰れるのはいつになるのだろう? 近いうちなら
私が
「実は
「え、何かな?」
「僕、ブラジルに引っ越すことになったんだ」
……え?
「……いつ?」
「明日の早朝。ゴメン、今まで言い出せなくて」
突然のことに理解が追い付かない。なのに鼻の奥がツンとなって、涙は
「
何とかそれだけ言葉を振り絞ると、私は逃げる様に家へと帰った。
帰宅した格好のままベッドに飛び込むと、私は泣き続けた。
……どのくらい泣き続けただろう。ひとしきり泣き続けたら少しだけ冷静になれた気がする。気がつくと窓の外はもう真っ暗だった。
明日の朝、
ベッドの上で寝返りをうつと指先に何かが触れた。
……恋のおまじないか。
――
あのおまじない、効果あるのかな? 今までも両想いになれるおまじないはたくさん試してきた。消しゴムに名前を書いて、シャーペンでハートを
それでも、このおまじないならもしかしたら――。そのもしかしたらがほんの少しの勇気をくれる。私の背中を押してくれる。やってみよう。クッキーのおまじないを。
あのおまじないに本当に効果があるかは分からない。両想いになれてももう二度と
今はただ単純に
私はムクリと起きあがると時計を見る。もうすぐ
急いで部屋を出るとキッチンに向かって「お母さん、私、出かけてくる」と言った。返事も聞かないまま私は玄関を飛び出した。
「やあ、
「ストロベリージャムクッキーをください」私は上がってしまった息を整えながら答える。
「いやー、申し訳ないのじゃがストロベリージャムクッキーは売り切れてしまっての」
……え? その言葉を聞いた瞬間、心がズシリと重くなって座り込んでしまう。
枯れたと思った涙が再び流れ始めた。私を支えていたほんの少しの勇気が、涙と一緒に流れ出てしまった気がする。
「どうしたんじゃ、
店長さんの心配そうな声。
私は小さく首を横に振った。口を開けば泣き声が出てしまいそうだったから。
立ち上がる気力が湧かない。
「何か事情があるようじゃな」店長さんが私へと手を差し伸べた。「実はな、今日は特別に追加で焼いているストロベリージャムクッキーがあるんじゃ。それを分けてあげられるかもしれん」
店長さんは私に店内へ入るように促すと、店の奥から丸椅子を持ってきた。
「これに座って待っておれ。クッキーが焼きあがるまで、あと5分ほどあるからの」
勧められるまま私は丸椅子に腰をかける。
店長さんは立て看板を店内にしまい、ドアプレートを『
店の奥で手を洗い終えた店長さんがカウンター越しに問う。
「
「おまじないの事、知ってるんですか?」
「うむ。とは言っても今日知ったばかりなんじゃがの」店長さんがガハハと笑う。「夕方に君と同じくらいの年の子が来ての。その子が教えてくれたんじゃよ」
学校で話題になっている恋のおまじないだから、他の子たちが買いに来ていたっておかしい話ではなかった。
「その子もストロベリージャムクッキーを買いに来ていての。売り切れだと伝えたんじゃが、どうしても告白するのに必要だからと言っての」
「もしかして、いま焼いているクッキーって」
「うむ、その子に頼まれて焼いているものじゃよ。もうすぐその子がクッキーを受け取りに来るはずじゃから、
その子、スゴいな。私なんかと全然違う。私は売り切れだって聞いてすぐに諦めてしまったのに、その子は店長さんに頼み込んで追加でクッキーを焼いてもらってる。しかもそのクッキーを持って告白までするつもりなんて。その行動力と勇気を分けてもらいたい。
よほど大好きな相手とクッキーを食べるつもりなんだろうな。
「その子、どんな人とクッキーを食べるつもりなんでしょうね?」
「ああ、確か大好きな
店長さんが言い終わらないうちに店のドアが開いた。
「頼んでたクッキー、焼きあがりましたか?」
そう言って店に入って来たのは――。
「……
……え? なんで
破裂しそうなくらい心臓がうるさい。
「
「た、たぶん……
一呼吸おいてから、
バッチリと重なった視線が、お互いを求める様に
「もうそろそろクッキーが焼きあがる時間じゃの」店長さんの声が聞こえる。「……じゃが、もう君たちに恋のおまじないなんて必要ないようじゃな」
クッキーの焼きあがりを告げるブザーが店内に響いた。
キミとわたしのクッキー・アイテム ペーンネームはまだ無い @rice-steamer
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