第3話 五分前
朝陽に照らされた通学路を白いブレザー姿の女子が行き交う。個々の表情は明るく、同様に歩みは遅い。ある地点にくると決まり事のように口を閉ざし、横手にちらりと目を向ける。
二車線の道路を隔てた先には路地があった。黒い学生服を着た偉丈夫が先程から腕を組んだ姿で立っている。道幅の半分以上を占めていた。
「あの方が……」
「……光様は?」
不安を滲ませた囁きは周囲に広がっていく。もう一人の主役の姿はどこにも見えなかった。
三往復目となる木下の表情は冴えない。二分間隔で道端に立ち止まり、スマートフォンを駆使した。
『こちら現地の木下。光様は家を出られた?』
『羞恥心と戦っているようです!』
無駄に力強い上野の返信に暗い目で微笑む。長い髪を左右の手で軽く後ろに払って歩き出す。
「……それにしても」
木下は歩きながら目を動かす。行く先々で黒い学生服の生徒が目に付いた。ガードレールに座った姿で項垂れている。コンビニエンスストアの駐車場では車座になって、ダメだ、と口々に呟いた。
電信柱に背を預けていたリーゼントの男子は苦々しい顔で路地を見ていた。隣にいた小太りの男子が心配そうな顔で言った。
「無理だった時、どうなるんでしょう」
「考えたくもない。パンを咥えて走る女神を待つしかないだろ」
「……あのー、パンの話で腹が減ったんですけど」
遠慮がちにポケットからサンドイッチを取り出した。
「顎が無事の間に食えばいい」
「怖いですよ」
「俺も同じ気分だ」
耳にした木下は足を止めた。素早く道端に寄ってスマートフォンの画面を食い入るように見つめる。
『光様が羞恥心に勝利しました!』
添付された画像には食パンを咥えた光が腕を振り上げて走っていた。頭頂には小さな椰子の木が生えている。根元にはサクランボのヘアゴムが見えた。その色に負けないくらいに頬が赤い。
木下は両手を高々と上げた。無言の笑顔で震える。
奇異な目で見られても動じない。喜びを抑え切れず、リーゼントの男子の元に駆け寄った。
「な、なんだ!?」
「女神の登場です!」
どこか上野に似た口調で言い切った。
――五分後、主役の二人は漫画のような出会いを果たす。
食パンを咥えた女神様 黒羽カラス @fullswing
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