第2話 白園女子高等学校

 白園しらぞの女子高等学校の正門を白いブレザー姿の生徒達が淑やかに通り抜ける。あちらこちらで朝の挨拶を交わし、ごきげんよう、と返す者もいた。

 一際、挨拶の声が大きくなる。周囲の熱い視線が一人に注がれた。

 髪はショートで周囲と比べて背が高い。ダブルの四つボタンをしっかり留めて紺地に赤いチェック柄のスカートを軽やかに弾ませる。

 端の方で待ち構えていた女子が横手から駆け寄った。周囲の厳しい視線に晒されながらも笑顔を見せた。

「光様、おはようございます!」

「おはよう」

 立花光は足を止めず、流し目で微笑んだ。直視した女子は感極まって震える。同じ方向にいた者達にも影響を及ぼし、一様に頬を上気させた。

 光は少し足を速めた。囲まれる前に校舎へ飛び込んだ。

 金属製の下駄箱の中程で足を止める。蓋に手を伸ばし、そっと開けて中を覗き込む。上履きは封筒に囲まれていた。一束にして鞄の中に収めると手早く履き替えた。

 光は階段を軽やかに駆け上がり、廊下を足早に突き進む。数回の挨拶を経て二年A組の教室に到着した。

 扉を開けると全員の目が集まる。日頃から接していて耐性があるのか。興奮した様子はなく、にこやかな顔で朝の挨拶を口にした。

「おはよう」

 光は一言で済ませると窓際の自分の席に着いた。

 隣に座っていた長い髪の女子が穏やかな口調で言った。

「今日の下駄箱の状態はどうでしたか?」

「木下さんの想像通り、盛況だよ。まだ中身は読んでいないけど」

「ここで読みます?」

 耳にした者達が自然に二人の周りに集まってきた。

 光は苦笑いで手を左右に振った。

「家で読むよ。大体、内容は想像できる。封がハートのシールだし」

「愛の告白ですね! 絶対です! 学生らしく清いお付き合いですね!」

 ツインテールの女子が話に加わった。瞬きを忘れた目で光を見つめる。

「上野さんの期待を裏切るようで悪いけど同性だからね。丁重に断るつもりだよ」

 近くにいた別の三人組が衝撃を受けたようによろけた。

「美しい百合展開が……」

「光様との一夜のアバンチュールが……」

「……倒錯の愛……素敵です……」

 少なからず頷く者がいた。光は困ったような表情で笑う。

「髪がショートで背は高い方だけど、同性を恋愛の対象に見たことはないよ。私も年頃の普通の女性だからね」

「ということはですね! 異性が恋愛対象になるのです!」

 上野はツインテールを弾ませて前のめりとなった。

「光様の好きな異性……」

「見た目が王子様のような相手かしら」

「旧華族の家柄とか」

 周囲の女子達の呟きに熱が籠る。

 木下は微笑むと長い髪を掻き上げた。露になった耳を光に近づける。

「好みの異性を教えてくれませんか。私達も年頃の女性なので、とても興味があります」

 全員が一斉に口を閉じた。問い掛ける視線を浴びて、困ったなぁ、と光は照れ笑いを浮かべた。

「どうぞ!」

 上野は力強い一言を発した。光は覚悟を決めたのか。真剣な目を周囲に向ける。

「相手の生まれや育ちは気にしないと思う」

「個人の付き合いに必要なのは容姿ということですね! 製薬会社の令嬢はさすがに太っ腹!」

 上野は腹を突き出した格好でポンと叩く。周囲の笑いを誘って場が和んだ。

「それでどのような見た目が好みなのですか」

 すかさず木下が本題に戻す。

「大きい男性かな」

 口にすると上野が再び腹を突き出した。顎を強く引いて二重顎を作る。

 四股を踏む前に光は言葉を付け足した。

「横幅ではなくて縦の方だから。180を超えていれば172の私と釣り合いが取れるし」

「男らしい人が好きなのですね」

「それと優しさがあれば、なんてことを女子校で語っても……」

 光は自嘲気味に笑うと溜息を吐いた。

 心配は無用と上野が胸を張る。

「出会いは外に求めればいいのです! 近くには男子校があります! 問題は切っ掛です! えっと、どうします?」

「……かなり前に古い漫画で見たことがあるのですが」

 眼鏡の女子がおずおずと進み出る。全員の目に促されて小声で言った。

「遅刻しそうな女子が、パンを咥えて走ります。曲がり角のところで男子とぶつかって、恋仲に発展する話でした。それを実践できたら……」

「初めて聞きました」

 小柄な女子が目を輝かせる。別のところから、いいかも、と囁き合う声が聞こえた。

 当人の光は苦笑いとなった。

「遅刻しそうになったことはないよ。それに朝食はパンではないし、その展開には無理があると思う」

「そうでしょうか」

 木下がやんわりと疑問を投げ掛ける。

「ファッションの流行は繰り返すと言います。古臭い言動も今であれば斬新と受け取られることもあるでしょう。何より、インパクトのある出会いが素晴らしいです」

「もしかして、楽しんでない?」

「光様、滅相もないことでございます」

「丁寧が過ぎて逆に怖いよ」

 光は笑いながら両腕を擦った。

 眼鏡の女子は自信を深める。明るい顔で更なる提案を口にした。

「白園の生徒達が近道に使っている路地を知っています。善は急げということで明日から試してみましょう」

「その為には少し間の抜けた感じの演出が必要になりますね! これをどうぞ!」

 上野はサクランボを模したヘアゴムを差し出す。光はぎこちない笑みで受け取った。

「ショートの髪に、これが必要?」

「自然を装うことができます!」

「明日が楽しみになりました」

 木下は手を合わせてにんまりする。

「わかったよ」

 諦めたような一言に重なるようにしてチャイムが鳴った。

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