黄昏と暁は離別せり
佑佳
黄昏と暁は離別せり
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聞いて、アメリア。
今日、ケンが告白されているところを立ち聞きしてしまったの。でも、本当は居合わせただけなの。アメリアなら、わかってくれる?
ケンに告白してた相手は、隣のクラスのナタリーでね。あ、ナタリーはこの前、三年の先輩に浮気がバレて別れたばかりなのね。だからすんごくハラハラしちゃった。ケンが、浮気性のナタリーに誘惑されないかどうか。
結局、ケンが振ってたよ。
ちょっと安心した?
ワタシは安心した。すごく。
今夜もいい夢が視られそう。
おやすみ。 アヤ
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B5ノートの日記へ目通しし、私はほう、と浅い溜め息を
時刻は一八時三三分。今日の夕食は……あぁ、バケットとビーフシチューか。これはアヤの手製。小さなサラダも付いている。
アヤは料理が上手い。このビーフシチューの牛肉がホロホロトロトロなのは、食べなくたってわかる。「隠し味にインスタントコーヒーをパラつかせるの」なぁんて言ってたっけ。それで深みが得られるんだって。よく知ってるなぁ。
「んー、『やっほー、アヤ』、と」
まずそこまでを次のページへ書いて、ペンを一旦その場へ置いた。
ビーフシチューをコンロで暖め直している間に、バケットを適量切り出して、軽く表面を
「いただきます」
一人の食卓。天井から下がるペンダントライトのオレンジが物悲しく
スプーンを口へ運びながら、アヤへの返事を考える私。
そう。さっきの日記は、私とアヤの交換日記。
アヤが過ごした時間を、ここへアヤが書き込んだことが始まり。はじめは私だけの日記帳だったんだけど、ある時急に書き込まれるようになった。
アヤの日々をこうして文字で眺めると、楽しくて、ハラハラしたり応援したくなることばかりになる。だけど、同時にそれはとても苦しいことだった。
だって私、アヤのことが好きなの。
友情だとかそんなチンケなものじゃあなくて、どうしようもないくらい、大好きなの。
私自身が同性愛者なわけではないの。
たまたま、好きになった人がアヤという女の子だったってだけなの。
控えめで、運動と魔術は苦手で、目立たないタイプのアヤ。
歌が上手くて、クラシック音楽に詳しい。
読書が好きで、この前は小さな恋愛小説を読んだって、交換日記に書いてあった。
優しくて、人を想う気持ちは抜きん出て温かい。
そんなアヤを、私はずっと愛している。
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やっほー、アヤ
またケンの奴、告られてたんだねぇ!
いい加減にハッキリしろよ、って背中でも蹴り飛ばしてやりたくなっちゃうケド
まぁ、アヤに免じて大目にみてやるか
何にせよ、アヤの心配事がひとつ増えて、ひとつ減ったんだね
大丈夫だよ
アヤはそのままのアヤでいてね
アヤの魅力は、私が一番知ってるんだから
じきにケンにもそれがわかるよ
けど、無謀だと思う突撃は避けること! なんちゃって
ビーフシチュー相変わらず美味しかったよん
おやすみ アメリア
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「はーぁ……」
そう。アヤは──私の大好きなアヤは、幼馴染のケンに恋してる。
持ち前の明るさと天真爛漫な笑顔が素敵なんだって、アヤは頬を染めて言った。私は、私以外の誰かに恋するアヤを目の当たりにする度に、複雑な想いを抱いている。
私の大好きな人は、私ではなく男が好き。
まあ、当たり前か。
私は女。アヤも女。ケンは男。生殖反応としての感情ベクトルがおかしいのは、私なんだもん。
静かに洗い物を済ませて、アヤを想う。
アヤは、ケンに告白するのかな。ケンはそれを受け入れるだろうか。そうなったら、私はどうしたらいいんだろう。
私の心の拠り所は、確実にアヤだけ。そんなアヤをケンに奪われるなんて、とてもじゃないけど許し
「うっ」
ザワザワと波立つような、不可思議な鳥肌が私を抜けていく。膝から力が抜けて、ズシャリとその場に崩れるようにしゃがみこんだ。
「はあ、はぁ、はぁ……」
恐い。恐いよアヤ。
私から離れていかないで。私以外の誰かのものになんてならないで。
そうして二の腕をきつく抱いて、床におでこを擦り付ける。
ケンが誰かを好きなことは、私はずっと気が付いてる。幼馴染だもの、気が付かないわけがない。
でも、わからない。
その対象が誰なのかは、ずっとわからない。
学校一の美人な先輩にも、読者モデルを始めた後輩にも、逐一他の男と同じような感想は述べるケン。でもなぜか恋愛対象外らしくて、いつまで経ってもどんな女に対しても、なんのアクションも起こさない。
向こうから来られても百発百中振っている。今回、アヤが立ち聞きしたように。
ああ、ケンがいっそ、知らない何処かへ消えてくれないだろうか──そんな風に
『──アメリア?』
不意に、天から降るかのような声がした。床からおでこを離す。
「えっ?」
『どうしたの? アメリア、具合でも悪いの?』
この声……もしかして。
「アヤ? アヤなの?!」
辺りをキョロキョロと見回す。でも、アヤらしき人影はない。
「どこ、どこにいるの?! 顔見せてっ」
『
ちょっと残念。でも、スッと空気を吸い込めるようにはなっていた私。
『アメリアが苦しそうだったから、心配で、つい
「アヤ……」
なんて優しいの。苦手な魔術を使って、私を心配してこうして語りかけてくれるだなんて!
やっぱりアヤは私の天使。最も愛おしい存在。
「ありがとう、アヤ。とっても嬉しい。満たされた心地だよ……なんか、泣いちゃいそう」
『泣かないで。アメリアが泣くと、ワタシだって悲しくなっちゃう』
「悲しいから泣くんじゃないの。嬉しいの! アヤが私を心配してくれる、その気持ちが嬉しくて、ふふっ」
『当たり前よ、アメリアは大切な家族だもん』
家族──その言葉を私とアヤにあてはめるには、どこか私は釈然としていない。でもアヤがそう言うのなら、と、無理矢理納得している。
「ねぇアヤ」
『うん?』
「苦手な魔術使って、こうして心配してくれて、本当にありがとうね」
『ううん。アメリアが魔術頑張ってるの見てたら、ワタシもやれるような気がするときがあるだけだよ。アメリアには、やっぱり敵わないけど』
「いや、私はほらっ、なんかたまたま! たまたま上手くいくだけだから!」
アヤが落ち込まないように必死にそうしてカバーするも、沼地にハマったみたいに効を奏さない。
『ふふふ! 大丈夫、嫉妬したりしてるわけじゃないの。アメリアがスゴいってことは、ワタシも自慢なんだから』
ほら、やっぱりアヤは優しい。アヤからかけられるそういう賛辞の言葉すべては、いつだって私の血肉となって活力を生むの。
ああ、勇気が湧いてくる。
アヤのために、今日を生きようと思える。
そっと立ち上がる私。震えはもうない。
「ありがとう、アヤ。その言葉だけで、私は生きていけるよ」
『どうか、無理だけはしないで』
「オーケー、オーケー」
膝に力が入る。大丈夫、もう大丈夫。アヤが私を見ていてくれるなら、なんだってできる。
『気を付けて、今日も行ってらっしゃい』
溶けるみたいに、アヤの声はそうしてシュワリと消えた。
私の胸の奥に、暖かくてまるい想いが転がっている。
これが、想う心。アヤを
「ケンに──誰にも負けないんだから」
▲▼ ▲▼
朝、六時一五分。
食卓テーブルにポツンと置いてあるB5ノートを手に取る。昨日の書き込みを見ようとページを
「『今度アヤも、カケルさんのところで魔術習ってみようよ。もっといろんな魔術あるんだよ。アヤなら上手くなるはずだから!』──か」
フゥ、と肩を落とすワタシ。朝陽が、部屋の中のチラチラと舞う埃を、ラメグリッターのように照らす。
「どれだけ勉強しても、ワタシは魔術を使うことは出来ないのよ、アメリア」
嗤うように呟くそれが、Uターンして自分のダメージになる。バカなワタシ。固く瞼を閉じて、眉間に力がこもった。
ワタシが魔術を使えないのは、センスでも能力値の問題でもない。もっと単純な問題なの。
それは、ワタシがアメリアと身体を共有している『多重精神のひとり』だから。
ワタシたちの元の人格は、アメリア。
アメリアは、授業外で使ってしまった『
怨恨術は禁止術──つまり、使ってはいけない魔術のひとつ。
古書店で見つけた
ワタシが生まれてからは、怨恨術や『跳ねっ返り』について、綺麗に忘れているアメリア。思い出してしまったら、また精神が分裂してしまうかもしれないから、ワタシも周りも黙っていなきゃいけない。
「朝ごはん、なにか作らないと」
ワタシとアメリアは、顔を合わせたことはない。まぁ、身体が同じなのだから当然の話だけれど。
朝六時から夜の六時までが、ワタシ──アヤの時間。一五時には眠たくなって、三時間だけ就寝する。
一八時に目が覚めたら、アメリアの時間。アメリアは、魔術の先生である『カケルさん』の元へ学びに赴く。真夜中に、毎日、休みなく。
カケルさんは、
ワタシたちの精神が分裂してしまったことを非常事態だとして、病院の先生が
「魔術の制御と、それを正しく使う方法を、きちんと真面目に学びなさい」
精神が分裂して間もないワタシたちにそう言ったカケルさんは、アメリアにだけ魔術を教えている。
「アヤ。キミは昼間、普通に学校に行くんだ」
「どうして? ワタシも魔術を学びたいです」
「いや、それはできない。キミまで魔術を持ってしまっては、
複雑だった。
アメリアの中に戻ることは絶対条件だとされていて、しかも、ワタシはアメリアの代わりに昼間を務めなければならないことを、無条件に決められている。ワタシの意思なんて、関係ないのだ。
「アメリアには、キミのことは『別人格』ではなく『家族』だと伝えることになるからな。わかったね?」
カケルさんの一言一言には、薄い魔術が練り込まれていた。否応なしに
「熱い紅茶に、イチゴジャムをひと掬い入れる」
これで、簡易ストロベリーティーの完成。ワタシの癒しの飲み物。ワタシはこれが大好き。
それから、平日に学校へ行くときは、半分くらいアメリアの気持ちで学校へ通っている。極力アメリアのように振る舞うけれど、でもすぐに心が折れた。ワタシはアメリアのように、明るくなんでもこなす女の子ではないんだもん。人前に立つにも、相当な勇気が要る。
「無理にアメリアを演じるなよ」
気が付いてくれたのは、彼だけだった。そう、ワタシの好きな人──ケン。
「お前はお前でいたらいいんだよ。名前、なんつーの?」
「あ、ワタシ、ワタシは……」
そうやって、あの日恋に落ちたんだ。
ケンがワタシを見つけてくれたと思ったから。
でも、本当は違うの。
ケンは、アメリアの姿がおどおどしているところを、見たくないだけなの。
だってケンは、アメリアが好きなんだもの。
▲▼ ▲▼
お話の続き?
そうねぇ……話したげてもいいんだけどォ。
じゃあ、私の魔術にかかってもらおうかしら。
怖がらなくたっていいわ。私、意地悪な魔女だけれど命を取ったりまではしないもの。
まずはそうね、変身術にかかりなさいな。
この店の売り物のひとつになって、アメリアとアヤの行く末を見守るのよ。
話は、そこからね──。
黄昏と暁は離別せり 佑佳 @Olicco_DE_oliccO
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