道草してコーラ

 中間テストの二日目。


 普通なら、もう帰って明日のテスト勉強をしないといけないんだろうけど、おれも、デブのペーも、メガネのミヤオも、どうせ勉強なんかしたってしょうがない頭だから、いま屋上でダラダラして、現実を先延ばしにしている。


 おれはいま、壁にもたれかかって座りながら、さいきんハマっているシリーズものの小説を読んでるんだけど、ペーとミヤオは、目をつぶって壁に向かって歩いてく、なんかよくわからんゲームをしてる。


 これは二学期になってミヤオの提案ではじめたゲームで、はじめた理由は、ミヤオがちょっと前にどっかから拾ってきたメジャーを使って、なんかやろうぜってことになったからだった。


 なんかミヤオが言うには、「男の中の男になる試練」なんだとか。


「まだやってんのかよ?」


 小説を置いてとなりに行って聞いたら、


「男になるまでな」


 って言って、ミヤオがにニヤって笑った。


「結局さ、これどこがゴールなの?」

「まあ、壁のギリギリまでいったら、だろ」

「じゃあ、おれもう一回やるわ」


 言って、ペーが壁のギリギリのところまで行って、大股の後ろ歩きで十歩だけさがった。


「準備はいいか、少年?」


 ミヤオが言うと、ペーが大きく息を吐き出して、


「ああ、いいぜ」


 って、カッコつけて目を閉じた。


「十歩の試練! はじめ!」


 ミヤオのマンガのセリフみたいな掛け声で、ペーが大股で歩き出した。

 一歩、二歩、三歩、四歩……

 だけど五歩目から失速して、壁のけっこう手前のところでペーは止まった。


 ミヤオとおれはペーのところまで行って、ミヤオが、取り出したメジャーで壁と鼻先の距離を測った。


「120cm!」

「ぜんぜんダメじゃねえか!」


 言って笑うと、ペーが膝から崩れ落ちて、


「また男になれなかった!」


 って、おおげさに悔しがった。


「いまんところ、おれの20cmが最高記録だな」


 ミヤオがえらそうに威張って言う。


「いや、おれのがすごいだろ」


 反論して、まだちょっと痛む鼻を掻いたら、


「おまえはぶつかったからアウトだわ」


 って、ミヤオに言われた。


「でもこれ、やればやるほど怖くなってくるよな」


 ペーが立ち上がって言った。


「だから『男の中の男になる試練』なんだよ」


 言って、鼻を鳴らすミヤオ。


「その意味が、分からないんだよなあ」

「男ってのはよ、目の前に立ちはだかる壁を恐れないもんなんだよ」

「ほんとの壁のことじゃないだろ」


 いちおうツッコミを入れてから、


「よし、やるぞ!」


 って、壁まで行って、大股で十歩さがった。


「準備はいいか、少年?」

「ああ、いいぜ」


 気合を入れて、深呼吸をする。今度こそ、男の中の男になってやるぜ。


「十歩の試練! はじめ!」


 ミヤオの掛け声で、おれは歩き出した。


 一歩、二歩、三歩、四歩……

 ……やっぱり、このへんからすこし怖くなってくるな。

 五歩、六歩、七歩……

 ……ああ、やべえ、すげえ怖い。

 だけどおれは男になるのだ!

 八歩、九歩、じゅっ——


 ——いきなり鼻に激痛が走って、おれはそのままひっくり返った。


 ゲラゲラ笑いながらミヤオとペーが走ってくる。


 おれは目を開いて、涙で滲む、雲が一コもない青空を見ながら、


「空が青すぎるぜ」


 って、言った。


 そしたらミヤオが、


「青春してんじゃねえ、バカ」


 って言って、ペーと一緒に笑った。


「おいお前ら、まだ帰ってないのか!」


 急に屋上のドアから現れた小宮先生コミセンが、おれたちのところへ歩いてきながら言った。


「なんだ、五十嵐。鼻が赤いが、殴られたのか?」


 眉間にしわを寄せて言ったコミセンが、ペーとミヤオを見る。


「えー、ちょっと待ってくださいよ。ガラシは、壁にぶつかっただけですよ、なあ?」

「うん。ガラシは壁にぶつかっただけです、先生」


 ペーとミヤオが慌てて言うと、コミセンはおれの手をつかんで立たせて、


「なんだかよく分からんが、早く帰ってテスト勉強しろ」


 って、言った。


 で、しょうがないから、おれたちは学校を出た。



◆◆◆



 帰り道。


「くそー、コミセンが来なかったら、おれ男になってたのに」


 悔しそうに言って石ころを蹴飛ばしたペーに、


「今日はポテチ持ってないの?」


 って聞いたら、


「持ってない。おれ、ダイエット始めたからな」


 って、言われた。


「まーた、お前、だれか好きになったんだろ?」


 ミヤオの冷やかしに、


「ちがうよ。おれも始めんだよ」


 って、ペーがこたえる。


「なにを?」

「キラキラした青春だよ、キラキラのキラキラの青春」

「バッカ! 無理だよ、無理」

「分かんねえだろ。なんでもやってみなきゃな。おれは、立ちはだかる壁を恐れない男になるんだよ」

「ビビッてたじゃねえか」


 ミヤオが茶々を入れたら、


「おれさ、一学期の終わりに天体観測同好会に入ったろ?」


 って、急になんか真剣な顔になってペーが言った。


「あー、そういやそうだったな。あれ、ちゃんとやってんの?」

「夏休みに二回だけ、ちょっとやった」

「へえ」

「でさ、あそこに入るまで、わざわざ星を見ようとか思わなかったわけじゃん」

「まあ、ふつうはな」

「うん。でさ、二回だけだったけど、なんかいいなあって思ってさ」

「星が?」

「ちがうよ、バカだなあ。なんか新しいことするのがだよ」

「はあ」


 ただ星を見ただけで、ペーが勝手に成長してる。


「で、気づいたわけ。『なんもねえ、なんもねえ』って言ってても、なんもねえって」

「なにそれ?」

「だからやるよ、おれは。ダイエット」


 決意を固めた顔で言うペーに、


「その前にテスト勉強だな」


 って、ミヤオが言って、笑った。


「じゃあ、またあした」

「じゃ」

「じゃあ」


 分かれ道に来て、ペーと別れた。


「まあ、あいつが痩せる気になったんだから、いいんじゃね?」


 ふたりになった帰り道で、ミヤオが言った。


「いつまで続くかな?」

「さあ? でもどっちにしろ面白いよな」

「たしかに」


 言って笑ったら、ミヤオも笑って、


「まあ、おれもちょっとテスト勉強がんばってみるわ」


 って、言った。


「そういやミヤオ、塾に行くとか言ってなかったっけ?」

「夏期講習だけな。二週間だけ行ってた」

「二週間でなんか変わるか?」

「変わんねえよ。でもさ、そういや言ってなかったけど、鈴木と越野が来てたんだよね」

「マジで?」

「マジで」

「でさ、鈴木はまあいいんだけど、越野、ヤンキーのくせになんで来てんのかなって思って聞いたら、あいつ『先生になりたい』とか言ってんの」

「マジで?」

「マジで」

「無理だろ」

「かもな。でもあいついま学校マジメに来てんじゃん。なんかすげえなーって思ってさ。塾でしゃべったらけっこう良いヤツだったし、よく分からんけど、頑張ってほしいなーとか思っちゃったわけ」

「はあ」

「でさ、おれもちょっとマンガ描きはじめたんだよね」

「あー、忘れてた。マンガ家だったな、夢」

「忘れんなよ」

「まあ、がんばれよ」

「傑作の予感しかしないから、できたら読んで」

「オッケー」

「じゃあ、またあした」

「じゃあ」


 って、ミヤオとも別れた。

 

 ペーもミヤオも、なんだかんだでなんか新しいことやろうとしてんだな。で、おれはどうだろうってなって、べつに将来の夢もないし、いまなんかがんばろうってのもないなーって思った。


 とりあえずテスト勉強がんばりますかって、ふと空を見たら、屋上で見たのとおなじ、雲が一コもない青空だった。


「空が青すぎるぜ」


 ひとりごと言って、フフフってなった。



 まだまだ時間はいっぱいあるし、ちょっと道草して、コーラでも買って帰ろうかな。

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屋上でポテチ ノコギリマン @nokogiriman

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