その他の宝石

【7つのおねがい】レインボー水晶(虹入り水晶)■石言葉:7つの願いを光の力で叶える






コツン…




部屋の片付けをしていたら、引き出しの奥から七色に輝く透明の石が出てきた。

ぼくの、悪夢の遺物とも言うべき、虹入り水晶。

こんな綺麗な石に恨みを持つなんて間違ってる、とは思うけれど…。

光を反射して七色に輝く水晶を見つめていると、5年前の出来事が蘇ってきた。






一介の宝石商だったぼくの家が、その取り扱う宝石類の品質のよさと仕事の丁寧さから、王室御用達として子爵位を賜ったのは父の代だ。

知識が豊かで、宝石を深く愛し慈しむ姿に、ぼくも父のようになりたいと願うようになったのは、まだずいぶんと幼い頃。

父に師事し、たくさんのことを学び、いつか父のように愛おしい女性とこの家を盛り立てていくのだと信じていた。

父も母も恋愛結婚。

だから、息子であるぼくにも、いくら子爵位を賜った貴族とはいえ、政略結婚は求めなかった。

貴族の世界では新参者でしかないぼくは、貴族たちのパーティーに『貴族として』参加することに馴染めず、一応宝石商の端くれとして、貴族子息たちの婚約者へのプレゼントの相談に乗るなどして過ごしていた。

だから本来の目的である女性との出会いは全くと言っていいほどなかった。

まあ、所詮は成り上がり貴族。

ご令嬢の目に留まるような顔かたちをしている訳でもない。平凡な男なのだから。




そんな時だ。

彼女に出会ったのは。




とても美しい令嬢だった。

華やかで優雅で品があって、そして花の香りのする麗しい女性。

一目で心を奪われるような感覚だった。

彼女は、ぼくと同じく子爵位をもつ家のご令嬢だと言った。

こんなに美しい女性なのに、パーティー会場の喧騒に嫌気がさして逃げてきたという。

そのまま庭園のベンチに並んで座り、たくさん話をした。

優雅に微笑む彼女が、何かのおりに鈴を転がすような可愛らしい声を上げて笑う瞬間がたまらなく気に入って。

彼女のような人と添い遂げられたら幸せだろうと思った。





それから、パーティーに参加すると必ずと言っていいほど彼女に出会い、そして、テラスや庭園などでこっそり逢瀬を重ねた。

惹かれる心は止められず、いつしか彼女に会いたくてパーティーに行くようになった。

彼女と出会ってからは、彼女により認めてもらえるように、宝石商としての仕事にもさらに力を入れた。

美しい彼女に似合うジュエリーを、いつかぼくの手でデザインして送れるよう、デザインの勉強も始めた。





しばらくすると、彼女とはデートのようなものをするようになった。

月に1度ほど、ぼくの仕事が休みの時だけだが、彼女と街を歩き、いろいろな店に立ち寄るのはとても楽しかった。

女性の好む外出に疎いぼくにも嫌な顔ひとつせず、楽しそうに笑ってくれる女性。

女神だと思った。

デートの記念に、と彼女のねだるお菓子や小物を買ってプレゼントをすれば、とても嬉しそうに笑ってくれる。

それが何よりも幸せだった。

そうして時間を重ねていくうちに、彼女への思いを伝えたいと思うようになったぼくは彼女にプロポーズをした。

ぼくが新たに始めた取引のツテで手に入れた、まだ知名度は低いがとても希少な水晶…虹入り水晶…のネックレスを持って。



あの日のあの瞬間は、ぼくの人生で一番緊張した日だった。

震える手で彼女にネックレスを差し出し、結婚してほしいと告げると…彼女はぼくの手をとり、受け入れてくれたのだ。

まるで夢のような瞬間だった。

美しい女神が、ぼくの手をとってくれた、そのことが。

宝石を語り始めると止まらないぼくを知っている彼女から、贈った虹入り水晶の宝石言葉をたずねられて教えると、「それなら宝石言葉にちなんで7つのお願いをしてもいい?」とかわいくねだられて頷いた。

彼女の口から紡がれるなんともかわいらしいお願いごとは、ふたりの未来を匂わせるようで、たまらなかった。

そんな彼女を思わず抱きしめ、唇にキスを落としたのは…少し性急だったかもしれないけれど。









彼女のご両親に婚約の許しを貰い、ぼくの両親にも報告をし、そうしてぼくたちの婚約者生活が始まった。

とはいえ、ぼくは商会の仕事があるので、彼女と会えるのは週に一度程度。

寂しい思いをさせてしまっているだろうということは分かっていたから、週に一度の定休日は必ず彼女のために時間を空けたし、プレゼントも欠かさなかった。

花やお菓子、小物、それからちょっとしたジュエリーも。

子爵子息とはいえ、我が家は元は商人。

成人済みのぼくは、自分の稼いだお金以外自由になるものは持っていないから、彼女にはあまり高価なプレゼントはできなかったけれど。

夫婦になれば一緒にいる時間も増えるし、いつか父の跡を継いだら、商会長の妻としてなにかと必要になるから、より素敵な品をプレゼントできるようになる。

それまでの辛抱だと思っていたし、彼女にもそう伝えていた。

愛の言葉を伝えるのは恥ずかしかったが、彼女に誤解されないように、正しく気持ちを伝えようと努力した。

彼女も理解し、結婚を待ちわびてくれていると思ったのに。











「ねーえ、貴女一応はステラ商会の息子の婚約者なのに…こんなに遊び呆けてていいのかしら?」




夜会のホールの隣、女性が語り合うサロンの中から突然聞こえた声。

ステラ商会の息子とはつまり、ぼくのことで。

その婚約者というと、ぼくの愛しい彼女のこと。

彼女が今日この夜会に来る予定だったとは知らず、ぼくは商談のためにパートナーを伴わず参加していた。

なかなか店舗に来られない男性たちのために、ぼくは時折こうして夜会に参加して、男性たちのサロンで商品を実際に見てもらっていた。

彼女には言っていなかったが、ぼくが始めた事業で、いまやあちこちの夜会に誘われている。

それにしても、まさか、ここで彼女に出会えるとは。

もしかしたら、美しく着飾った彼女を馬車までエスコートできるかもしれない。

そんな期待に胸が膨らんだ。

けれど、思わず足を止めて、息を潜めて話を聞こうとしなければよかった。

これが全ての悪夢の始まりだった。






「ふふ、いいのよ。彼、私に惚れてるの。だから、気づいたりしないわよ」


「貴女も悪い女よね~。散々貢がせて、乗り換えるなんて。今度は伯爵令息だったかしら?」


「ちょっと、あまり言いふらさないで。ここまでうまく気付かれてないんだから。まあでも、あの子爵の彼って、お金あるくせにケチだし、顔は地味だし、私には釣り合わないと思って。伯爵の彼はとっても綺麗で優しくていろいろとプレゼントしてくれるし。どっちを取るかっていったら決まってるでしょ?」


「でも婚約破棄はどうするのよ。貴女から言い出すの?」


「宝石商なんてやってるのに、とっても騙されやすいの。だから、借金抱えて伯爵家に行くように言われた、とでも言えば信じるわ。絶対に」


「まあ、なんて酷いの。でも仕方ないわよね、成り上がり貴族だもの。由緒正しい伯爵家様にはかなわないわね」


「そうよ。私は由緒正しい子爵家の娘で、あっちはまだ芋臭い成り上がり貴族。私の婚約者でいられた事を感謝してほしいくらい」





足元から崩れていくような衝撃だった。

女性たちと笑いあって楽しそうに話す声は間違いなく愛しい彼女。

けれど、その可愛らしい声が紡ぐ話は、あまりにも残酷な話で。

ぐらぐらと揺れる視界と酷い頭痛を抱えて、気付かれないようにそっとその場を去った。

先程の彼女たちの会話がただひたすら頭の中を巡っていた。












あの夜会のあとから、ぼくは彼女とどう接したらいいのかわからなくなった。

彼女との婚約を喜んでくれた両親にも話せず、ただ黙々と仕事に逃げる日々。

定休日に会う約束も、ここ何度か続けて破っている。

会おうとするとどうしてもあの夜の声を思い出すのだ。

彼女の言葉は嘘だと思いたい。

けれど、近頃はこれまで聞かないようにしていた噂がよく耳に入るようになった。


あの子爵家のご令嬢は、爵位と財産と顔で男を選んでいる、と。


あの夜の会話で彼女の声が紡いだことと相違ない内容の噂。

まるで彼女の企みを裏付けるかのような。

彼女との関係をどうしたらいいのか、明確な答えが出ないまま…彼女と会う定休日がやってきてしまった。

今日はめずらしく、彼女がぼくの家に来るという。

おそらくあの夜以降めっきり会わなくなったぼくを訝しんでいるのだろう。

あるいは、あの日の言葉通り、婚約解消の話をするのかもしれない。

気乗りしないまま身支度を整え、彼女を出迎えた。

華やかで優雅で品があって、とても美しい彼女。

こうして見ていると、あの夜の話は夢ではないかと思うほど、麗しく優しい女性。

そんな彼女を応接間までエスコートすると、執事と侍女がてきぱきとお茶とお菓子を用意してくれた。

彼女が好きだというそれらを、ぼくはなんの感情もなくただ見つめるだけ。

彼女はいつもと様子の違うぼくを探るように見るけれど、ぼくはできるだけ感情の起伏を見せないように、商談相手と接する気持ちで彼女と向き合った。

ただ穏やかに微笑み、彼女の話に頷くだけのぼく。

そうしてしばらくすると、彼女が少し悲しそうな顔をして話し始めた。

あの夜に聞いた茶番劇の本番が始まったようだ。





「実は、お父様が事業に失敗してしまって。ある伯爵家の援助を受けることになったの。けれど、その援助を受ける条件が…その…ご子息と私の結婚、だそうで。もちろん私には貴方という婚約者がいるとお断りしたわ。でも相手は伯爵家で、援助をしてくれるという方。伯爵家の援助がなければ我が家は潰れてしまうの。だから…その…」





目にいっぱい涙をためて、両手を胸の前で握りしめて一生懸命語る姿は、あの夜の会話を聞かなければ真実だと思い、いかに彼女を愛しているかを語り、なんとか手助けすることは出来ないかと思考を巡らせたはずだ。

けれど、今のぼくには、ぼくの心を…彼女への愛を…凍りつかせるだけの『茶番劇の台詞』であり、『主演女優の涙』でしかなかった。

彼女に対して、1ミリも心が動かない。

そして、肝心の『婚約解消』のひとことは、彼女から言い出さない。

あくまでぼくの意思ということにしたいのだろう。

そんな彼女の思考が透けて見えたようで、ほんの少し眉を顰めてしまった。

商談相手だと思って見ると、ずいぶんと雑な演技に騙されてしまっていたようだ。





「わかった。残念だけれど、ぼくと貴女の婚約はなかったことにしよう」


「え、いいの…?」


「いいもなにも、貴女がご実家を守りたいと決断した事だから、ぼくはそれを応援するよ。貴女の『7つのおねがい』が、伯爵家のご子息と叶えられることを願ってる。どうかお幸せにね」




そうしてぼくと彼女の最後のお茶会が終わった。

あまりにもあっさりとぼくが受け入れ、その場で書類さえも揃えたことに、不思議そうな顔をしていたけれど。

執事も侍女も何も言わず、彼女のいた痕跡を片付けていった。



両親に婚約解消を伝えると、驚いた顔をしていたが、仕方ないと受け入れてくれた。

もしかしたら、ぼくよりもずっと早くに、彼女の噂を知っていたのかもしれない。

それでもぼくが気づいて決断するのを見守っていたのだろう。

とても心の広い両親だ。












ぼくとの婚約解消から数ヶ月後。

風の噂で、彼女と伯爵家のご子息が盛大な結婚式を挙げたと聞いた。

それはそれは豪華な式だったらしい。

彼女は無事に望んだ相手と結婚できたことを喜んでいるだろう。

『7つのおねがい』は叶うのだろうか。

手酷くフラれた相手をまだ気にかけるぼくを、親友は呆れ顔で見ていた。





それからずっと後、宝石商としてあちこちの夜会に顔を出していたとき。

ある伯爵家のご主人が密かに宝石を買い求めたいと言ってきた。

結婚と同時に爵位を譲られて4年目の、見目麗しい若い伯爵様だ。

身元のはっきりした御仁の要望なので、きちんとした品物を納めたが、贈る相手は奥様ではないらしい。


そして帰りがけに廊下で漏れ聞いた女性たちの会話。

ある伯爵家の奥様は、ご主人に内緒で愛人を作っているらしい。

結婚4年目ともなると、飽きるのだ…そう言ってのける奥様に背筋がぞっとした。

貴族社会の厄介事はごめんだとばかりに、早々にその場を後にした。












「リジー、素敵な石ね!」


「虹入り水晶っていうんだ。七色に輝く不思議な水晶だよ」


「ねえ、石言葉はなんていうの?」


「『7つの願いを光の力で叶える』だよ」





伯爵ご夫妻の秘密を知ってしまってから一年後。

ぼくの隣には優しく可憐に笑うアリアという女性がいる。

5年前の出来事を引きずっていたぼくに、いつも温かな笑顔をくれる彼女。

少し病弱で、なかなか買い物に行けない彼女のために、彼女の父である子爵様がぼくを家に呼んだことがきっかけ。

ぼくの取り揃える宝石を、きらきらと宝石に負けないくらい輝いた瞳で見つめる彼女に、いつの間にか惹かれていた。

ぼくの話す宝石の話を楽しみにしてくれて、そしてぼくと同じように宝石を慈しんでくれた。

婚約を持ちかけて来たのは、あちらの子爵様だった。

『娘があんなに楽しそうに元気にしている姿を見たのはずいぶん久しぶりだ。娘との結婚を考えてくれないか』と。

かつて愛した女性の裏切りについて、ぼくはご令嬢にも子爵様にも正直に話した。

だからぼくには愛するということが怖い、ということも。

けれど、なによりも彼女が。

『愛は緩やかに育むものですよ』と引かなかった。

そしてぼくたちは、彼女の言葉通りに緩やかに愛を育み、こうして手を取り合っている。





「ねえ、アリア。この虹入り水晶が7つのおねがいをきいてくれるとしたら、何を願う?」


「そうねえ…。お願いごとはたくさんあるけれど、どれもリジーと一緒に叶えたいことだから、宝石におねがいするのはやめるわ。でもひとつだけ。私たちの幸せを見守っていてほしいかな」


「ありがとう、アリア。きみに出会えてよかった」




心から思う。

この素晴らしい女性に出会えて幸せだ、と。

アリアとならば幸せを重ねていける、そう思った。




- FIN -


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