ひとしずくのきらめきを

圭理 -keiri-

誕生石

【みちしるべ】9月:サファイア


「びんぼーなくせに」

「すてられたんだろ」

「いらない子どもなんだってさ」





小さい子どもの言葉は時に刃物より鋭利で、残酷。


生まれてまもなく両親を亡くしたおれは、ある教会の孤児院で育てられた。

孤児院の院長の神父様は、とっても穏やかで優しくて。

ほかにもたくさん子どもが居たけど、みんな神父様が大好きだった。


けれど、おれたちの周りの優しい大人は神父様だけで。

時々やって来る貴族や役人も、近所のおばさんたちも、いつもジロジロと品定めするようにおれたちを見てた。

今なら多分、わかる。

あれは、おれたち子どもが何かしでかすんじゃないかとか、うまいこと言ってこき使ってやろうとか、そういう強欲な目。


当然、大人たちがそんなだから、子どもの視線も推して知るべし。

むしろ大人より残酷なことを平気で言ったりしたりする。

おれたち孤児院の子どもは、何度も近くの川に突き飛ばされそうになったり、森で魔物の餌にされそうになったりしてた。

その度に神父様がどこからともなく駆けつけて助けてくれるんだけど。

それでも残酷すぎる悪口に何度も何度も泣かされたし、ケンカ売られちゃボロくそになって帰ることが星の数ほどあった。

そんなおれたちに神父様はいつも慈愛に満ちた目でちょっとのお説教と優しい手当をしてくれた。

おれはそんな神父様を心から尊敬して、いつかこの人と同じ道を歩みたいと思うようになった。





「ロイスも随分神父らしくなってきたね。立派な跡継ぎだ。だからこそ、もしきみが道に迷った時は、この石の光を頼りにしてみなさい。きっときみの力になるよ」





近所の悪ガキどもにも負けない腕っ節を身につけて、くだらない悪口も心の中で舌を出しながら笑って流せるくらい大人になったある日。

子どもの頃見上げていた神父様が、おれより小さく見えるようになってから暫くして。

いつもの礼拝のあとで神父様に渡されたのは、深い深い青が綺麗な石のついたロザリオ。

神父様がいつもお祈りに使っているやつだった。


そうか。

跡継ぎか。


そうなりたくてずっと付いてきたから、そう言われたことが嬉しくて。

差し出されたロザリオをそっと受け取った。

思いのほかしっかりとした重みは、多分、想いがこもっているからだろう。

それからしばらくして。





「誠実でありなさい。そして、慈愛をもちなさい。きみにはその心があります。決して曇らせないように」





おれの手の中の青い石のロザリオは、真っ白なシーツの上にこぼれ落ちた。

おれが流すはずだった涙の代わりみたいに。




神父様、神父様、

どうかあなたの魂が安らかに召されますように、

おれがひとりで捧げる最初の鎮魂歌です、

あなたのたどる道をきちんと照らします、

どうか、どうか、安らかに、











「神父様~!あのね、あのね…!」

「あ、それはぼくのだよ!」

「ちがうよ、わたしの!」



どこか懐かしい気持ちになる日々。

同じようで変わっていく時間。

しゃらり、と胸元のロザリオを揺らす心地よい風。

目を閉じれば、いまでもかの神父様の笑顔が蘇る。

慈愛に満ちた穏やかで優しい眼差し。

そっと胸元のロザリオを掬いあげれば、青い石が太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

まるでこの道の先は安泰だと言わんばかりに。














『神父様!そのロザリオの青い石、とっても綺麗だね』


『ロイスはよく見ているね。この石はね、サファイアという名前なんだよ』


『サファイア?』


『そう。誠実とか慈愛という意味を持った、人々を悩みから救う石なんだよ』





~END~

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