追放後の悪役令嬢ですが、暇だったので筋肉を鍛えて最強○○になりました
ウェディングドレスと見間違う程の華やかで豪奢な白いドレスを着て、侍女のベルダンディーを付き従え歩く。
その先の通路で待っていたのは、片膝を床について跪いている三人の男たちだった。
「ジョセフィーヌさん、今日は大切な話があります」
そう言ったのは三人の内の一人――帝国の天才魔法使いグランツだった。
今日はいつもと違ってマジメな表情で、式典に出るような正装の青い聖法衣を身に纏っている。
彼はゆっくりと顔を上げ、ジョセフィーヌの瞳の中を覗き込むように真っ直ぐな視線を送ってきた。
「あら、何かしら?」
「あなたに結婚を申し込みます」
えっ、と声を発したのはジョセフィーヌではなく、その後ろに控えていたベルダンディーだった。
表面上はアースと婚約している
未来の皇帝から奪い取るなど前代未聞である。
しかし――当の本人であるジョセフィーヌは落ち着いて、明るい声で
「お断り致します」
考える間もない一瞬のできごとに、再びベルダンディーは驚いてしまった。
グランツは帝国でもかなりの地位にあり、魔法に関しては世界で一番に近い実力者だ。
魔道具で得た財力も途方もない蓄えがあり、見た目と性格も良く――だが、それも一考に値しないとしたのだ。
「そうですか、仕方がありませんね」
グランツは意外なほどに落ち着いていた。
もしかして、本気ではないのか? というベルダンディーの訝しげな視線を感じたのか、それに対して寂しそうな笑みを返した。
「これでもボクは真剣だったんですけどね」
グランツは立ち上がり、道を
「次は私だな。ジョセフィーヌさん――」
「お断り致しますわ」
三人の内の二人目――天才芸術家のケインがプロポーズの言葉を
「ちょっ、早くない!?」
「だって、この流れだとプロポーズでしょう? ケインさんが本当に愛するのは、わたくしではなく、わたくしを通して作られる創作物ですから」
「まぁ、たしかに結婚すればもっとモデルにできるという目論見だったけど……」
「普通にモデルはしてさしあげますから、結婚相手という大切な機会は、もっとちゃんとした気持ちが芽生えたときにするといいのですわ」
ケインは、やれやれ……もっともだ――というポーズをしながら、壁際に移動した。
先客のグランツには同類のよしみということでかなり歓迎されている。
「ええと、ジョセ……」
三人の内の最後――帝国騎士団長であり、魔族混血のドレッドが口を開いた。
三連続ということで、さすがにジョセフィーヌも身構えている。
逆に背後に控えるベルダンディーは、次に主人がどうやって断るのか楽しみになっているようで他人事の恋慕としてワクワクした表情を見せている。
「ドレッドさんも、プロポーズですの?」
「ああ……」
ドレッドは顔を上げて、いつもの気怠さが漂うような表情ではなく、強い意志を秘めた熱視線を向けてきた。
だが、その向けられた先はジョセフィーヌではなかった。
「我は……ジョセの侍女である、ベルダンディーに……」
「「「「えっ?」」」」
ドレッド以外のその場の全員が、意外な答えに驚きの声を上げていた。
当然ながら、誰しもジョセフィーヌにプロポーズをすると思っていたからだ。
そのリアクションもあり、流れを止められたドレッドは気まずさで固まってしまう。
「う……………………やっぱり何でもない」
普段は鳴らさないようにしている金属鎧の擦れる音をガチャガチャと盛大に出しながら立ち上がり、そのまま自室の方向へ走り出してしまった。
「あ、逃げましたね」
「逃げやがった」
「逃げましたわ」
残った面々はスポーツ観戦で野次を飛ばすようなテンションで告げた。
プロポーズされかけた本人――ベルダンディーだけは頬を赤くして、何かを堪えるようにしてフルフルと震えていた。
それを見ていたジョセフィーヌは、溜め息を吐いて指示を出す。
「ベルダンディー、どうやら今日はもう仕事にならないようね」
「はっ!? いえ、そんなことは……! ジョセフィーヌお嬢様の侍女としてお側に――」
「お黙りなさい。これは命令です。今日は部屋に戻って待機よ、いいわね?」
ジョセフィーヌはいつもよりキツい口調だが、それはドレッドの部屋へ追い掛けて行ってやれということである。
主人の気遣いを理解しても――それでもベルダンディーは一瞬だけ反抗しようとしたのだが、相手の引かない脳筋具合を思い出して溜め息交じりで生返事をした。
「了解致しました。あの最悪の自室で待機します」
「うん、よろしいですわ。がんば!」
「がんば、って何がですか……何が……。はぁ、むしろジョセフィーヌお嬢様の方に〝がんば〟と言ってやりたいですね。
そのベルダンディーの言葉に続いて、グランツとケインも同じようなことを口々にした。
「さぁ、早く不器用で大馬鹿者な――我が友の元へ行ってあげてください」
「まったく、結局最後はアイツか。本当に腐れ縁だよ」
ジョセフィーヌは、いつもの力強く爽やかな笑みを見せる。
「ええ、行ってきますわ」
――最愛の友らに背を見送られ、ジョセフィーヌは城の二階にあるバルコニーに辿り着いた。
そこには呼び出し主であるアースが待っていたのだが、バルコニーはそこまで広くないので自然と二人の位置関係が近くなってしまっていた。
緊張し、ためらいがちのアースの顔がよく見える。
「来て差し上げましたわ、アース」
「……ジョセフィーヌ」
「それで大事な話とは?」
アースは一瞬何かを言おうとしたが、苦悶に満ちた表情で黙ってしまった。
ジョセフィーヌはそれを追求せずに、ただ待った。
彼の眼を見ようとすると横に逸らされてしまう。
こんなアースは珍しい。
無言のやり取りが数分間続いたあとに、ようやく沈黙は破られた。
「ジョセフィーヌ……婚約破棄を……してほしい」
「ふふっ、理由は?」
婚約破棄という衝撃の言葉に対して、ジョセフィーヌは異常なほどに落ち着いていた。
それも小さな笑いが混じるほどだ。
これは二度目で慣れたとか、気が動転しすぎておかしくなった――というわけではない。
ジョセフィーヌはしっかりと〝理解〟していたからだ。
「それは……俺が……キミに釣り合わないからだ」
「あら、どうして釣り合わないのかしら?」
言葉が詰まり気味のアースに対して、それを塞いでいる心の〝呪い〟を解いていくように優しく囁いた。
「ジョセフィーヌが魔王と戦っているとき、俺は見ていることしかできなかった。キミがあの中の時間で一年以上も閉じ込められていたことを、あとから聞いて愕然とした。俺はなんて弱いんだ、と……。愛する人を守ることもできないなんて……」
アースは自分を責める言葉を呪いのように吐いていた。
普段とは違い、今にも崩れ落ちてしまいそうな儚さがある。
「こんなことじゃ、きっと結婚してもジョセフィーヌに後悔させてしまう」
「アースのお母様のように?」
「ど、どうしてそれを……!? まさかグランツの奴……」
「ええ、わかりましたわ。婚約破棄の話、そのように致しましょう」
そのさっぱりとした返事を聞いたアースは辛そうな表情と、どこか安心したような優しい複雑な表情をしていた。
「ああ、その方がジョセフィーヌのためだ……」
「では、わたくしからもお話があります」
「ああ、我が国――いや、世界を救ってくれたんだ。俺に出来ることなら何でも聞こう」
「何でも? 本当に?」
「帝国の威信に誓って二言はない」
アースはそう言い切った。
「では――」
ジョセフィーヌはいつもと変わらぬ真っ直ぐな笑顔を見せてから要求を告げる。
「アース、わたくしと結婚なさい」
「……は?」
ジョセフィーヌの言葉に、次代の皇帝となる男は呆気にとられていた。
それは魔王に呪いをかけられた時よりも衝撃的だったようだ。
「い、いや……婚約破棄をするという話は……」
「いいじゃない。貴方が申し込んできた婚約を破棄したあとに、このわたくしが自分の意思で結婚を申し込むの。今までと全然違うわ」
「ど、どう違うんだ?」
「アースの心配事なんて知らない。わたくしが、わたくしの意思だけでアースと結婚するだけの話よ。知ってる? わたくしは今までの人生に後悔をしたことがないの。だから、アースとの結婚も……後悔なんてしてやるもんですか!」
ジョセフィーヌは不意に、なぜか涙腺が緩んでしまった。
母の呪いに縛られたアースを不憫に思ってだろうか、それとも自らが大それたことをしていることに気が付いて感情が溢れてきたのか。
視界が揺らめき、涙がこぼれ落ちそうになる。
「ジョセフィーヌ……」
「……ッ!?」
アースと目が合ったと思ったら、思っていた以上に近かった距離もあり――いつの間にか口付けをされていた。
「んん!?」
キスをされたジョセフィーヌは顔を真っ赤にしながら、半歩分だけ離れて体勢を立て直した。
「ジョセフィーヌには負けっぱなしだったけど、今の不意打ちだけは勝利だな」
「な、ちょっと、卑怯よ! そ、それに……返事をする前にそういうことをするのって、どうかと思うわ……」
パワーでは負けないジョセフィーヌだったが、やはり色恋沙汰ではまだまだのようだ。
余裕を取り戻して、大人の涼しげな表情に戻ったアースが誇らしげに言った。
「ジョセフィーヌ、キミのプロポーズを受けよう。物理的には守られてしまうだろうが、それ以外では一生、俺の愛で守ってやる」
「ふふ、今後もパートナーとしてビシバシ鍛えてあげるから、いつかはわたくしを超える筋肉を付けて差し上げますわ」
「ハハハ! 勘弁してくれ! それじゃあパートナーでも、トレーニングパートナーに聞こえる!」
こういうパートナーだ、と言わんばかりに今度はジョセフィーヌから情熱的なキスをしにいったのであった。
***
その後の記録によるとアースは皇帝に即位して、帝国をさらに発展させていったという。
傍らには美しい妃がいつもサポート……いや、時には前面で第二第三の魔王をなぎ倒していったという逸話が残ることになった。
そんな彼女は晩年、こんな言葉を残している。
追放後の悪役令嬢ですが、暇だったので筋肉を鍛えて最強幸せになりました――と。
――――――
あとがき
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
ちょっと普通ではなさすぎる悪役令嬢のお話、いかがだったでしょうか……!?
書き慣れていないジャンルなので、四苦八苦しながらかなり時間がかかってしまいました。
文字数も丁度良いので、しばらくしたら推敲して賞にでも送ってみるつもりです。
今後の予定ですが、構想中の次作は今のWEB公開と合わないかもしれないので、公募に送るかもしれません。
でも、またWEB公開用の作品を書いたら投稿しようと思っていますので、そのときはよろしくお願い致します!
ではでは、それまでしばしのお別れです! サラダバー!
(と言っても、竜装騎士のコミックス三巻くらいのタイミングで記念短編くらいは投稿しそうですが。ああ、ネタどうしよう……)
追放後の悪役令嬢ですが、暇だったので身体を鍛えて最強になりました タック @tak
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