第4話



 だが、逢おうと約束した次の日もその次の日もカオルは現れなかった。


 俺はカオル探して入院していると言っていた病院へ忍び込んだ。天井を這い、壁を伝い歩き、人目に触れぬ様にカオルの匂いを探す。だが薬の臭いがキツ過ぎて上手く嗅ぎ分ける事が出来ない。


 病室をどうやって探そうかと思案していたら宿直の看護婦たちの喋っている声が聞こえてきた。


「それにしても五〇一号室の風間さん、変な失踪の仕方したよね。ベッドの中に灰を一杯置いていったって聞いたわ。ご両親も凄く心配して捜索願いだしてるけど、ちょっと気味悪いわよね、病室見た?私まだなのよ」


「見たわ……なんていうか、上手く言えないけど凄く悲しくなった。あんな事までして失踪するなんて治療が余程辛かったのね……。まだそのままにして欲しいってご両親が言ってらっしゃるの。でも病室は長い間押さえられないから明日片付けますって説明したんだけど、なかなか踏ん切りがつかないみたい。治療頑張ってたから。あれだけの手術の後もすごい量の抗がん剤を投与されて毎日苦しんでいたんだもの。見てるこっちが辛いぐらいだったから、気持ち分からないでもないわ」


「ちょっと不謹慎よ。まだそうと決まった訳じゃないんだから……」


「そうよね、まだ若いんだし」


 どういうことだ。風間ってカオルの上の名前だ。カオルは病院に居ない?元気になっていたんじゃないのか?だって最後の日だってあんなに走って……。それにもう死ぬ必要なんて無い。だって死ねないんだから……。


 俺は五〇一号室へ移動した。


 個室のドアには立入禁止の札がぶら下げてあり、中が真っ暗だった。


 ゆっくりとドアを開けて中に入る。


「カオル……?」


 カオルは居なかった。その代わりベッドの上に人型を模したような灰が敷き詰めてあった。風で少し動いたのか形がいくらか崩れていたがカオルの華奢な体の形そのままだと分かった。


 その人型になっている灰の手がベッドサイドに掛かっていて、マットレスの下に紙端が見えた。俺はそれをゆっくりと抜き取った。ぼそぼそっと灰が床に落ちる。


 紙を開くと、それは手紙だと解った。


 俺宛だった。


「愛しの君へ。

 

 一緒に居れて楽しかった。君と一緒に過す時間が楽しくて僕は頑張って色んな治療を試したんだよ。


 でもね、やっぱりもうダメだったんだ。


 この部屋はね、燦燦と朝日が差し込むんだ。だからいつも思った。僕が君の仲間になったなら、この朝日を浴びて灰になって死ねるのにって。そしてもしかして君の仲間になったらこの痛みから解放されるかも、とそう思っていたんだ。でも不死身になっても僕の痛みは消えなかった。ガン細胞まで不死身になっちゃったんだ。がっかりしたよ。だからずっと考えていた事を実行する。

 

 僕は君と居るのが好きだった。君が大好きだったよ。だから最後にあんなに凄い経験ができて幸せだった。生まれ変わったらきっとまた君に会いに行く。本当だよ

 ありがとう

 さようなら


 カオル」


 走馬灯の様にカオルの笑い顔が頭の中に過ぎる。知らず紙にポタポタと赤い雫が落ちた。俺は吸血鬼になって初めて泣いた。そして吸血鬼は血の涙を流すのだと知った。相応しい色だ。


 周りが明るくなり出し燦然と輝く朝日が顔を出し始める。


 俺は三百年ぶりに朝日を浴びた。


 カオルの灰を抱きしめたまま太陽の強烈な熱に体の血が、肉が一瞬で蒸発していくのを感じる。


「カ、オル……」


 俺にも終止符が打てる。渇きを癒す必要もない。やっと自由だ。


「逢いに来なくていい。俺がお前を迎えに行く……」


 吸血鬼の体は静かにそのまま灰となり、音もなくベッドへ沈みこむと、一人分の灰の形は二人分になった。


 その朝に手紙を見つけた両親は全部の灰を纏めて一つの骨壷に入れ、大事に持って帰った。


 

END

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嘘をついた獲物 小鷹りく @flylikeahawk

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