第3話
そいつの名前はカオルと言うらしい。俺は定期的に指定場所に来るように言った。カオルにメリットは無いと思うのにカオルは毎回ちゃんとやって来た。そして俺たちは沢山話すようになった。家族のこと、俺が吸血鬼になった時のこと、カオルの病気のこと、カオルの学校のこと。俺は毎週会える時間が楽しみで仕方なくなった。少なからずカオルも同じようだった。週一が直ぐに週二になり、週二が週三になり、殆ど毎日会うようになり、カオルの血を飲まない日さえあった。カオルは毎回血を吸い尽くして殺してくれと願ったが、俺はその願いを叶える気がなかった。
「カオル、お前の躰元気になったな。だけど血がまずくなってきた。どうしてだ?」
「知らないよ、そんなこと。それよりさ、吸血鬼はどうやったら死ぬの?」
「そうだな、十字の杭を心臓に突き刺して首をはねれば死ぬ」
「本当に死んじゃうの?杭を抜いたら?」
「血が通って動き出して首を探し出す」
「げぇ、それって死んでないじゃん」
「動けないのは死んだも同然だ。寧ろ死より残酷と言える。……完全に殺す方法もあるぞ」
「何、どうやるの?」
「日の出の太陽を浴びる事だ」
「日の出じゃないとダメなの?」
「あぁ。正午でも夕日でも中途半端に燃えて回復していく」
「それもえげつないね」
「浴びたらどうなるの?」
「その形のまま灰と化す」
「ふーん……」
何でも話すようになり、お互い秘密などもう無いだろうと思うほど語りあって三ヶ月が経とうとしたその夜、またカオルが聞いた。
「ねぇ、吸血鬼になるには君の血を飲む必要があるんでしょう?」
「あぁ。俺の血を飲んでから、俺の唾液を体に入れれば直ぐに吸血化は始まる。細胞が変化するのはあっという間だ」
「直ぐに吸血鬼になっちゃうの?」
「あぁ、吸血鬼の血の循環速度は高いからな。だからこそ俺たちは早く動ける。だが吸血鬼になるには吸血鬼の血が必要だから簡単になれるもんでもない。吸血鬼の協力が必要なんだ」
「合意の上なら簡単に吸血鬼になれるんだね。君はそうやって吸血鬼になったんだ?」
「……あぁ。そうだ」
「僕も吸血鬼にしてよ」
「ダメだ」
「どうして?」
「吸血鬼は死ねない。不死身だ。ずっと喉が渇いて苦しい」
「僕が吸血鬼になれば、血の飲みあいっこできるでしょ?」
「吸血鬼の血は不味い。腹は膨れるが人間の血とは比べ物にならん」
「でも僕が吸血鬼になれば、君とずっと一緒に居れるよ?」
そう言われて心が揺らいだ。俺はカオルが好きだった。何でも話し合い、心を許し血を差し出してくれるカオルは俺にとって天使のような存在だった。
カオルと一緒に居れる。ずっと……。
カオルは俺に抱きついて甘く囁いた。
「ねぇ…僕を吸血鬼にしてよ。不老不死になって君のそばに居たいんだ」
そう言うと俺に口付けた。びっくりして動かない俺を見ると安心したような顔をし、そして舌を優しく吸い、本能を目覚めさせるように甘く甘く縋った。ふと気を許してしまった隙を見逃さずカオルは俺の舌をガリっと噛んだ。
「痛っ……!」
舌から零れる俺の血を舐めると、カオルはすぐにビクビクと痙攣し出した。俺の血と唾液を同時に摂取して吸血化が始まってしまったのだ。
「カオル!何の考えもなしにバカヤロウ!」
「……グァッ……ガァアア!コウスルシカ…!ア"ア"ア"ア"!!」
叫びながら顔色がどんどん青白くなって悶える。弓なりに体を反らせて痙攣するカオルを支えて俺は膝をついた。
嬉しいような哀しいような感情が心の中で渦を巻く。でもこれでずっとカオルと一緒に居れるのだと思うと喜びの方が大きい気がした。
痙攣していた体がゆっくりと収まりを見せ始め、呼吸が落ち着くと肉体の変化に苦しんで閉じていた目蓋がゆっくりと開く。
見開いた瞳の色が真っ黒になりその光りを失ったかと思うと今度は中心が燃えるように赤く染まっていった。
俺と同じ目の色になった……。これでカオルは吸血鬼だ。
「お前はもう俺と同じだ」
「もう、もう終わり?本当に?」
「あぁ吸血化は完了した。目の色が赤い」
カオルは自分の顔を触って確かめようとしていた。
「凄いね。内在する力の強さが違うのがわかる」
「あぁ、身体の容量は同じだが筋肉の質も違うからな」
「これで僕も君の仲間……」
「あぁそうだ」
「僕も不老不死?」
「あぁそうだ」
「君、嬉しいの?」
「まぁな」
ふふっ、おかしいの、と笑ってカオルは走った。
土手を何度ももの凄いスピードで行ったり来たりして吸血鬼の力を試す。
「こんなに早く走れるなんて!まるでスーパーマンじゃないか!こんな力を持っていながら何もしないなんて勿体無いよ!」
「あぁ、だが言っただろう?力を持っていても人間の血を飲まずに渇きを癒す事は出来ない。苦しいぞ?」
「大丈夫だよ、それは……」
「大丈夫なもんか。渇きを経験すればわかる」
「僕の血を吸っても君の喉は渇くの?」
「お前の血はもう吸血鬼の血だ。俺の渇きは癒せない。もういい匂いがしなくなってしまった。けれどお前が居ればいい」
「もういい匂いしないの?なんか一番ショック!いい匂いだって言われて血を飲まれるのが好きだったのに」
「変な奴だな。帰ろう。もうすぐ日の出だ」
「うん」
次の日、また会う約束をしてカオルは帰った。
つづく
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