第2話



「殺してくれないのって……お前死にたいのか?」


 顔色を変えずこくりと頷く。俺は内心飛び跳ねる程嬉しかった。死にたいならボランティアしてもらおうじゃないか。気兼ねなく食べれるのなら罪悪感も持たなくていい。殺してしまうなら正体がばれても構わない。秘密をしゃべっても構わないのだ。


「俺は吸血鬼だ。血を吸っていかないと生きていけない。だからお前の血を頂く」


「いいよ。血を吸われると僕は吸血鬼になるの?」


「いや、吸血鬼になるには俺の血を吸う必要がある。沢山吸われたら人間は失血死するだけだ」


「ふーん。……だったら沢山吸ってね。僕もうそんなに長く生きていられないからいつ死んでもいいんだ」


「本当か?!一杯吸わせてくれるのか?!」


 俺の赤い目はきっと喜びでキラキラしていたのだろう、そいつはクスクスっと笑った。


「何か、吸血鬼ってもっと怖いんだと思ってた。全然怖くないんだね」


「し、し、失礼な!俺はれっきとした吸血鬼で、これでも吸血鬼になってからは三百年は経つんだぞ!それに俺が本気で吸ったらお前は本当に死ぬんだぞ!怖いだろう?」


「ううん、ちっとも。どの道僕死んじゃうんだから失血死して死ねるならこんなに楽な死に方はない。どうぞ」


 そう言ってそいつは右肩の服をずらして白い肌を差し出した。


 ごくりと唾を飲み込んだ。う、美味そうだ。でも話が上手く進みすぎな気がして何だか俺が怖い。


「お前は……どうして死ぬんだ?」


 獲物が逃げないと解って安心した俺は興味が沸いて聞いた。まともに人と話すのは半世紀ぶりだった。昼間眠る俺達は夜に活動するが、俺は夜に活動する近代の人間が苦手で随分と長い間会話らしい会話はしていない。


 仲間たちは上手く人間界に溶け込んで夜の世界で生きているが殺さずに血を掠め取るには多くの人間と接触し少しずつ摂食しなければならないから縄張り意識が強く、下手にテリトリーに入り込もうものなら言葉通り半殺しにされる。俺は人間から吸血鬼になったせいなのか人間を襲うことに違和感を感じながら、しかし人間の血でしか渇きを潤す事が出来ない為苦しい歳月を過していた。


 この苦しみから逃れるためにはもう死ぬしかないと、太陽の下に身を投げ込もうと何度も思った。だから死にたいと思う獲物の気持ちが少しわかる様な気がした。


「僕、病気なんだって。ガンって聞いたことある?」


「ガン?本で読んだ事がある。悪い腫瘍だろう?」


「うん。全身に転移しているんだ。だからもう長くないんだって」


「そうなのか……じゃぁ俺がお前の血を全部吸って楽にしてやるよ」


「うん……そうして。僕、まずいかもしれないけど、お腹の足しにはなると思うから」


 そう言ってまた肩をむき出して差し出したから、俺は両肩を捕まえて差し出された肉に遠慮なく噛み付いた。


「痛っぅ……」


 獲物は痛がったが、その血は最高に美味かった。何だこれ?人間の血ってこんなに美味いもんだったか?これ程美味しい血を飲むのは初めてだった。


「美味い……、お前どうしてこんなに美味いんだ……?」


 俺はゴクリゴクリと血を飲みながら独り言のように呟いた。


「知らないよ。人間の血なんて飲んだこと無いもん。全部吸ってしまって」


 二週間食べず飲まずでも元気に過せる程の量を腹に溜めると、今度は殺してしまうのが勿体ない気がしてきた。こいつは死にたがっててそして俺の事を怖がらずその体を差し出してくれる。こんな都合の良い獲物には出会ったことが無い。どうせならこいつがその寿命を迎えるまで血を吸わせてもらいたい。


「今日殺すのは止める。また来週同じ日の同じ時間にここに来い。その時に殺してやる」


 俺は週に一度そいつから血を分けてもらう事になった。



つづく




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