嘘をついた獲物
小鷹リク
第1話
今日は満月だ。そして良い匂いが風に乗って流れてくる。
俺は鼻をヒクヒクさせて匂いを辿り、見られないように連なる屋根の上を軽々と渡って獲物を追いかけていた。今夜はご馳走にありつけそうだ。もうかれこれ一ヶ月も何も口にしていない。いや、何もというのは語弊があるな。一週間前に鳥を捕まえて食べた。
だが大好物のそれに比べると鳥は量も少なくて、それだけで腹を満たすには何匹も捕まえなければいけないから面倒だ。昼間の間に巣を見つけておいて夜に襲うのだが鳥を襲うなんてみっともない事してって、きっと仲間が知ったら飽きれるだろうけど腹が減ってどうにもこうにも我慢できなかった。
俺には皆みたいに器用に人と付き合っていくなんて出来ない。だからこうやって襲うしかない。
絶対逃がすものかと俺は必死だったが獲物は身の危険を想像だにせずゆっくり歩いていた。夜の道を一人でとぼとぼと。そしてふと立ち止まり俺の存在に気付いたのか屋根を見上げた。すばやく身を潜めると獲物は月を見ただけのようでまた歩き出した。住宅街を越えて川原へ向かう。好都合だ。俺は屋根から音もなく飛び降り川原の土手を歩くそいつを尾けた。この川原で食おう。
獲物は土手を降りて、斜面に腰を下ろした。少し奥に雑草が覆い繫った場所があるから、とりあえず一噛みしてショックを与えて動けなくしたらそこへ引き摺り込もうと算段した。誰にも見られずに思う存分食べれる。俺はご馳走を前に涎が出そうな口元を袖で拭いた。
音を立てずに後ろから、そーっと、気付かれないようにがぶりと…。そう思って忍び寄ったのにそいつはいきなり喋った。
「僕に何か用かい?」
後ろから両肩を捉えようと手を伸ばした俺を振り返り、真っ直ぐ俺の目を見つめる。
「……えっ」
気配に気付かれたのは初めてで俺はビックリしすぎて固まった。
「どうしたの?君喋れないの?」
「……何で……気付いた?」
「月が君の後ろにあるから君の影が僕の影を越えて見えているんだ」
そいつは俺を見ても怖がりもせずに応えた。そう言われて見てみるとしゃがんだ影に輪を掛けて俺の影が被さり、襲おうとしている姿がバカバカしい程くっきりと写っていた。俺は恥ずかしさに赤面した。
「僕をどうするの?殺すの?」
「殺すつもりは無い…が、結果的には死ぬかもしれない」
「そうなの?僕の事殺してくれていいよ」
つづく
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