第6話 良心に潜む悪意

食後たっぷり1時間の休憩を挟んでから再びネクストライフの世界にログインする。これだけ時間を置いていればさすがに食べた(飲んだ)物を吐くことは無いだろう。...いや、そもそも吐き気を催す状況を味わいたくないのだが。そうは言っていられないのがネクストライフなのである。


いくら休んでも不安は拭えないので、念の為にデフォルトで2倍速に設定されていた時間操作は定速に戻している。慣れてから少しずつ速度を上げていこう。




そうして降り立った場所は懐かしき『神の座』

実際は先程イベント終了後に一度戻ってきていたはずなのだが、その時は辺りを見回す余裕なんてなかったので僕の中ではこれが久しぶりの来訪だ。

『神の座』では僕を中心として真っ白な空間内に沢山のスクリーンショットが表示されている。守護対象が存在している間はこの場所に戻ってくることが出来ないので、ゲーム内で撮ったスクショが自動で前面に展示されるのだ。


...つまり1番手前に表示されている大きなスクショ、それに写るのはどれも1時間前に看取ったばかりの少女の姿であり、数年越しだと言うのにそれらのスクショを見ただけで当時の思い出が蘇ってくる。それほどまでに、思い入れが深かったのだ。

どのスクショ内でも少女は眩しい笑顔で辺りを照らし.....僕の心に罪悪感と言う名の影を落とす。いや、違う。これでは少女が悪いみたいじゃないか。少女はなにも悪くない。悪いのは少女を救えなかった僕、ひいてはこの世界観を作り上げたクソ運営だ。


気を取り直すために思い出スクショを整理しようと空間に手を伸ばし...僕はソレに気が付いた。


「...?」


『神の座』はなにもない真っ白な空間なはずであったが、今は空間の片隅に見慣れないイベントフラグが立てられている。記憶を思い返してみても、やはり今までにこのようなイベントフラグがあった覚えはない。そもそも、この空間には僕しか存在していないわけだからイベントが起こりようも無かったのだ。

となると、これがもしかして『専属天使』召喚のイベントフラグなのだろうか?


思考がその可能性を捉えると、本物ではないはずの心臓がドクンと跳ね上がった。少しでも早く良心に触れたい、語り合う事で僕の辛さを分かち合いたい。あわよくば愚痴りたい。藁にもすがる思いで僕はイベントへと飛びつく。1人では困難なことも、相棒と一緒ならーーー。


程なくして僕の目の前に光が集い、予想通りのイベントが開始される。誕生した光は明滅しながら僕に語りかけてきた。


「初めまして、神さま!私が神さまのサポートを行う専属天使です。どうぞ、よろしくお願いしますっ!」

「...、」


まず最初に感じたもの、それは感動であった。

今までにどれほどこの世界の事を語り、分かち合いたいと思ったことか。その願いが実現したのだ。嬉しくないわけが無い。






そして次いで感じたもの...それは悪意であった。


「あれ?あの...神さま?」


(この声...さっきイベントに出ていた『守護対象』の少女の声じゃねーかッ!!!)


守護対象と話してみたいとは何度も思ったことがある。それを叶えてくれているわけではあるのだが...これはあまりにも違うだろう。

こんな外法を平然とやってのけ、それを『皆さんのご要望にお答えしました!』と言い張れるのだから運営の面の皮は相当な物だ。ネクストライフ運営陣のサンドバッグが発売されたらバカ売れ間違いなしだろう。無論、僕も買う。

だが、残念ながらネクストライフが売り出している関連商品はゲームの他にミニチュア墓石フィギュアしかない。ふざけるなと言いたくなるラインナップであるが、墓石内にデータストレージがあって守護対象との思い出スクリーンショットを収められる他、墓石前面からそれらを視聴できたりと無駄に高性能である為、売れ行きは好調らしい。でもふざけるなと言いたい。



と言うか、攻略wikiには専属天使が過去の守護対象だなんて情報載っていなかったと思うのだが...。いや、待てよ?そう言えば専属天使召喚の関連ページで『セカンドライフ』なるワードがちょくちょく出てきていたのを思い出す。てっきり次の守護ネクストライフのことかと思っていたのだが、守護対象にとっての次の生セカンドライフって意味だったのか...。

こういう、ちょっとした地雷を隠しきるところにネクストライフプレイヤーの結束を感じる。そうだよね、自分が苦しんだんだもん、他の人にも事前知識ない状態で苦しんでもらいたいよね。当然、僕もwikiにこの事を書き込むつもりはない。これで僕も立派なネクストライフプレイヤーの仲間入りだぜ。

でもネクストライフプレイヤーってwiki内では呻き声と断末魔ばかりあげているから、ゾンビの仲間入りしたのとそう変わらないんだよなあ。



「あ、ああ...ごめん。少しボーッとしていたみたいだ。これからよろしくね。」

「はいっ!微力ながら誠心誠意お手伝いします!」


天使ちゃんの力が微力と言うのなら、その天使ちゃんを救うことさえできなかった僕の力は如何程と言えるのだろうか。伝えたいことは色々あったが、勢いのままに喋り出してしまうと墓穴を掘りかねない。とりあえずは当たり障りのない内容で気持ちを落ち着けよう、そう思っていた。


「あ、そのスクショ...。」


天使ちゃんが空間内に表示されているスクショを見つけるまでは。

思わず、僕の喉からは『ヒュェッ』と変な声が出そうになった。それもそうだろう、天使ちゃんが関心を抱いたスクショは天使ちゃん本人の生前のスクショなのだ。


「その子、いい笑顔をしてますね!きっと素敵な人生だったんだろうなあ。」


天使ちゃんはとても力強くピカピカと明滅している。しかし、天使ちゃんが浮かべた感想に『それが生前の天使ちゃんだよ』と伝える勇気は僕にはない。それを伝えてしまえばどんな人生を送っていたのか聞きたくなるだろうから。

誰だ、『死亡した守護対象を天使に流用する』なんて外法を考えついたやつはッ!!


「あの、神さま大丈夫ですか?なんだか、お顔色が優れないみたいですけど...。」

「ははは。僕の顔色はこれで平常運転だから、大丈夫だよ。」

「そうなんですかぁ...えっ、それって本当に大丈夫なんですか?」


ただ、それ以外は確かに『ネクストライフの良心』と言うだけあってなんの不満も浮かばない。これが守護対象が生きている内にできればなあとは思うけども。

それに、今のやり取りから分かったこともある。


「ところで、天使ちゃんには専属天使になる前の記憶って残っていないの?」

「専属天使になる前の、ですか?よくわからないですけど、それは生まれる前の記憶があるのかって聞くようなものだと思いますから...。あ、もしかして生前に神さまと縁があったりしたのですか?それで私が神さまの専属天使に選ばれたのだったら、嬉しいなあ。」


天使ちゃんはとても嬉しそうに話しているが、少女の人生が素敵なものであったと断言できない僕はその話に乗ることができなかった。

このときばかりは、自分の表情筋が死滅していたことに感謝しかない。そうでなかったら.....天使ちゃんを前に泣きながら懺悔していただろう。本人はなにも覚えていないと言うのに。


まるでプレイヤーに『守護対象の死を忘れるな』と言っているかのようだ。運営は本当にいい性格してやがるぜ。

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リアル過ぎるVRシミュレーションゲームはお呼びじゃない! 優麗 @yuurei

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