こわばな(ショートショート)

たぬきしろくまパイナップル

第1話 自動販売機

 土曜日、わたしはスケッチをしに自宅から徒歩二十分くらいのところにある緑地公園に来ていた。


 ここは東大阪市の三大緑地公園と言われていて、その名に違わぬ面積の広さを誇っている。

 併設されている屋外の野球練習場では、時々練習試合が行われていて、野球児たちが勇ましい掛け声をこだまさせている。

 ちなみに、わたしは野球に関してはキャッチャーとピッチャーがいて、球を打ったら走るくらいの知識しかない。


 あとは、どこかの小学校が育てている花を植えてある花壇と、噴水があるくらい。

 平日はお年寄りが、土日祝日は子供や家族連れで賑わう平凡と言えば平凡な公園である。


 季節は夏の終わりに差し掛かり、涼しい風が吹いて少しは過ごしやすくなってきた九月上旬。とはいえ、暑い日は暑い。

 その日は久し振りに夏らしい暑さが戻った一日と言えた。

 凍らせたお茶を500ミリリットルのペットボトルに移して持ってきていたが、こうも暑いと気が滅入る。

 時間はまだ午後二時過ぎ。帰るにも微妙な時間。

 今から帰ると、夕方までだらだらしてしまうに相違ない。

 それにスケッチも今がいいところなのである。

 アイスでも食べて、もう少しだけがんばろう。


 わたしは財布を持って、公園の外にあるサーティーワンの自販機へ向かった。


 自販機の前には、学生服を着た少女二人組が並んでいた。

 短縮授業だろうか。片方は自転車に乗って片足を地面につけていた。髪型はショートヘアーで、いかにもポカリスエットのコマーシャルに出演していそうな清涼感のある子だった。。

 もう片方は眼鏡の大人しそうな子だった。タピオカよりも珈琲を好むタイプと見た。


 すぐ後ろに並ぶのも気まずい気がして、少し距離をとって並ぶことにした。


 その時は車も通っておらず風も吹いていなかったので、聞くでもなく二人の会話が聞こえてきた。


「なー、何にするん? 早く決めて」


「ちょっと待って。新作が出ててどうしようか迷ってるところなんやから」


「じゃあ新作でいいやん」


「んー、でも定番も捨てがたいねんなー」


 うんうん、分かる。

 どっちにしようかでけっこう迷うよね。

 新しいほうは気になるけど、あんていに美味しいほうをえらびたいって気持ちもあって。

 フルーティーなのにして食べてみたら、やっぱりチョコにしておけばってこともあったし。


「じゃあ、両方いっちゃえ」


「お腹壊すかもしれんやん!」


「もーめんどい。もうわたしが決めるで。いいやんな?」


「えー、ん~……。わかった」


「おっけ~」


 スポーティーガールはそう言うと自転車から降りて、側にあった民家の裏側に回った。


 え?


 あの子何してるんだ?


 彼女は戻ると、なぜか今度はその家のチャイムを押した。

 家からおじさんが出てきた。


「……どちらさま?」


「すみません! お庭の立派な庭石を少し貸していただけませんか?」


 わたしは目を丸くした。


 彼女は一体、何をしているんだろう。


 アイスを買う流れから、どうすれば庭石に繋がるんだ。


 ほら、おじさんも困惑してる。


 そりゃそうだろう、急にJKが来て庭石を貸してなんて言われたら、普通はどう返答したらいいか分からない。


「一体、何に使うつもりなんだい?」


「あそこのアイスが食べたいんです!」


 おじさんが尋ねると、少女は元気いっぱいにサーティーワンの自販機を指さして言った。


 いやいや、話の流れが見えないぞ。どんな理屈なんだ。

 彼女、暑さで頭がやられてしまったんじゃないか。


 はらはらしながら事のなりゆきを見守っていると、おじさんは自販機を見て「あ~」と言った。

 そして、意味の分からないことを言った。


「そういうことなら良いよ。怪我だけはしないように」


「ありがとうございます!」


 おじさんは「若い者は元気だねぇ」と言うと、家の中に入ってしまった。


 ???


 ワケガワカラナイヨ。


 わたしの当惑をよそに、少女は裏側に回って30センチくらいの石を両手に抱えて自販機の前に戻ってきた。


 いやな予感がする。


 ……いや、まさか。


「お、ま、た、せッ!」


「わー、重そう。一人でいける?」


「いける……と思うっ。危ないから離れてて!」


 ショートヘアーの少女は眼鏡少女にそう告げると、石を頭の上に掲げて――自販機を殴った。


 ガッシャアアアァァアアアァンッ!!!!


 鋭く大きな破壊音が響いて、プラスチックや鉄が飛び散った。


 わたしは口を開いて固まった。


 そして、すぐ理解する。


 彼女たちは自販機強盗だったんだ!


 本当なら止めなくちゃいけない。でも、引き籠もりでコミュ障のわたしにそんな度胸はない。


「やっば! めっちゃ音出るね!」


「あれ~、自販機ってこんなに硬い? わりと長期戦になりそ……おッ!」


 二打目が自販機を襲った。


 この時点で、わたしは両手で口を押さえて立ち竦んでいた。


 どうするべきなのか分かっているはずなのに、彼女たちの狂気に気圧されてしまって動けない。

 心臓が早鐘を打った。


 自販機がある方角は大通りからは外れていて人通りが少ないとはいえ、まだ昼過ぎである。まばらだが車も走っている。

 そんな状況下で犯行に及ぶ彼女たちが純粋に怖かった。


 それに、こういうことをするなら、普通は焦ったり周囲を気にしたりするものだろう。

 なのに、それどころか彼女たちは楽しんでいるように見えた。


「もういけそうちゃう?」


「かもッ!」


 ガッシャアアアァァァアアアアンッ!!


 少女から繰り出される打撃は文字通り石の重み。

 頑丈な装甲を持つ自販機も、物理の暴力の前には成すすべもなし。

 みるみるうちに外装がぼろぼろになり、ついに大きな穴が開いた。

 支えを失ったサーティーワンのアイスがぞろぞろと這い出してくる。


「あーーーー疲れた。腕痛ったい」


「すごいすごい! いっぱい出てきてる」


「サーティーワンパーティー開けるなー」


「間違いない。でもこんだけ人呼ぶの大変そう」


「だから今日は二人寂しくサーティーワン乾杯しますか」


 スポーティーガールが地面に散らばったアイスを二つ拾って、片方を眼鏡ガールに渡した。

 二人仲良くアイスを食べる姿は、とても今の今まで自販機に暴挙を振るっていた張本人には見えない。


 わたしは後ずさりでその場を離れた。

 具合が悪くなってきて、そこにいたくなかったのだ。

 警察に通報する気にもならなかった。


 ただ、その日はすぐ帰って冷蔵庫の奥に眠っていた赤ワインを開けてどろどろに溶けるように寝た。

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