おじいちゃんのキャビネットケーキ 2
するとおじいちゃんの方が驚いたように目を見開いてきた。
「真人、フレンチトーストが食べたかったんか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……おじいちゃん、マジで何作ってるの?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「言ってないよ」
僕が言うと、おじいちゃんはみかんの缶詰を開けた。
ザルにあけて、みかんとシロップを分けてから答えてくれた。
「キャビネットケーキ。じいちゃんの思い出の味や」
「キャビネット、ケーキ……?」
聞きなれない名前だった。
「簡単に言うならあったかいプリンみたいな感じやな」
おじいちゃんは答えると、用意した耐熱容器にサラダ油を軽く塗り始めた。
僕も真似して手伝っていると、おじいちゃんは話し出した。
「今日みたいな寒い日にな、じいちゃんのおばあさんがごきげんな顔して作ってくれたんや。苦しい日とか、しんどい日とかにこのケーキを食べると、元気が出るんや」
おじいちゃんの横顔が、とても懐かしそうにほころんでいる。
おじいちゃんのおばあちゃんがどんな人なのかは、僕には分からない。
だけどきっと、僕とってのおじいちゃんのような人なのだろう。
だっておじいちゃんのお菓子はどんな時に食べても、心が温かくなる味だから。
フライパンにお湯を張って数分蒸すと、キャビネットケーキは完成した。
粗熱を取って器に移すと、ミカンの缶詰めの漬け汁で作った温かいシロップをかける。
プリンでもない、ケーキでもない、不思議なお菓子だった。
今にも崩れそうなくらい、ふわふわしている。
僕は恐る恐るスプーンを入れると、ほろっと崩れてしまった。
シロップも絡めてスプーンを口に運ぶと、甘さと柔らかさが口に広がった。
「……美味しい」
やはり食感もプリンでもなければ、ケーキでもなかった。
だけどこの優しい温かさと、すっと消えてしまう柔らかさは僕にとって新感覚だった。
こんな不思議なお菓子があんな簡単なレシピで出来るなんて、信じられなかった。
するとおじいちゃんが穏やかな笑みを浮かべてきた。
「せやろ? お菓子作りは簡単なものをごきげんな顔して作るんがええんや」
おじいちゃんの言葉に僕は思わず柔らかな笑みを浮かべた。
「そう、だね」
やってみないと、分からない事もあるんだな。
僕はキャビネットケーキをもう一口すくって、ゆっくりと味わった。
温かくて少し酸味のあるシロップが、キャビネットケーキの甘さを引き立てている。
くせになるような味に、僕はあっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
両手を合わせて言った僕に、おじいちゃんはくしゃっと笑みを浮かべた。
僕はお皿とスプーンを片付ける前におじいちゃんに言った。
「おじいちゃん、またお菓子を作る時は僕にも教えてね」
おじいちゃんは一瞬、驚いたように目を見張った。
だけどすぐに嬉しそうに目を綻ばせた。
「もちろんや」
おじいちゃん先生のごきげんなお菓子教室 エリュシュオン @elysionnoisyle
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