追放された転生公爵は、辺境でのんびりと畑を耕したかった ~来るなというのに領民が沢山来るから内政無双をすることに~/うみ


  <謎のカード「5」の秘密を暴け>



 激務に追われ、ベッドに倒れむとすぐにそのまま寝てしまい、あっという間に次の日になってしまった。

 大臣たちが何でもかんでも俺に相談してくるのを何とかせねば、そのうち過労で倒れる。

 倒れる前に組織やら決まり事の整備をしたってのに……まるで変わらないんだよ!

 最近、彼らも変な知恵がついてきてさ。

「最終決裁を求める」とか言って、にこにこしながら書類を出してくるんだよ。

「よおっし、サインだけならいくらでもしてやるぜ」なんて受け入れたが最後、そのままなし崩し的に書類の内容について相談されるばかりじゃなく、他の案件まで語り始めてくる始末。

 な、何とかせねば……。

 といっても、いつまでも寝ころんでいるわけにもいかないか。


「んー」


 頭をあげ、ぐううっと両手をあげ伸びをする。

 あああ。窓から差し込む光が目に痛い。ベッドから降りたくない気持ちを振り払うかのようにぶんぶんと首を左右に振る。

 その時、机の上に何かが置かれているのが目に留まる。

 

「何だこれ?」

 

 見たことのない封筒が机の上に置かれていた。

 その封筒は虹色を模したのか七色に塗られていて、塗り跡から察するに手書きだと思う。

 もう少し綺麗に塗れなかったものなのか、線がヨレヨレで隣の色と混じっちゃっているし。ところどころ下地が見えているじゃないか。

 それはまあ、いい。雑だな……と感想を述べるだけだ。

 気になることは別にある。

 

「こんな染料、公国にあったっけ?」


 前世の記憶を紐解けば、これと同じような色は幾度となく思い出せる。この色、文房具屋で売っている蛍光ペン由来のもので間違いない。

 んー。置手紙なんて初めてだけど、一体誰が?

 染料のことで不思議に思いつつも封を切り、中を改める。

 

『5』


 中には真っ白のカードに一文字だけ、「5」と記載されていた。


「うーん。何だろうこれ?」


 予想外過ぎてどう反応したらいいのか困る。

 疑問を抱きつつも、「一応取っておこう」とカードを懐に仕舞い込む。

 腕を組み首を捻ったところで、ガサガサと扉の向こうで何かが動く音がした。

 

「誰だろう? 入ってもいいよ」


 呼びかけたものの扉が開くことはなく、ガサガサがドンドンとぶつかるような音に変わる。

 扉を開けてみると、誰もいない。

 いや、いた。

 小さくて気が付かなかったけど、狸かな、この生き物は。

 形は狸そっくりなのだけど、毛色が黒一色だった。狸の亜種なのかもしれない。

 だけど、屋敷の中に動物が紛れ込むことなんてこれまでなかった。

 それにしても、えらく上品な狸だな。

 両前脚をピタッと揃えて真っ直ぐに顔を上に向けている。

 俺と目が合うと、ペコリとお辞儀までしたじゃないか。

 

「迷子になったのかな。誰かのペットかもしれない」


 その場でしゃがみ込んで狸に手を伸ばし頭に触れる。

 すると狸は丸い尻尾をぴくぴくさせ、顔を逸らした。

 

「あちゃあ、嫌われちゃったかな」


 初めて会う人間にそうそう慣れるもんじゃあないか。

 対する狸は首をぶんぶんと横に振り、恐る恐るといった感じで俺の手の平に自分の右前脚を乗せてきた。

 お、悪くない反応?

 再び狸の頭に手を乗せると、今度は毛を逆立てながらも嫌がる素振りは見せなかった。

 こいつはいける!

 わしゃわしゃと狸の頭を撫でまわし、ついでに首元までわしゃわしゃさせる。

 狸はといえば、じっと固まったまま俺のされるがままになっていた。

 

「うわ!」


 せっかく狸をもふもふして癒されていたってのに、いつの間にやらリスが肩の上に乗っていた!

 それだけじゃなく、リスがカリカリと俺の頬に爪を立てるものだから驚いて声が出てしまった。

 指先でリスの耳と耳の間を撫でる。すると、リスは器用に体をよじり俺の指先に尻尾を絡めてくる。

 口から涎を垂らし、ちょっと危ない感じがする。大丈夫かな、このリス。リスって狂犬病とかに罹患するんだっけ?

 いや、それはないか。

 公国に狂犬病の症例があったと報告を受けたことはないからな。衛生局は逐一病気の報告をしてくれるし。病気の対策とは情報収集が肝要なのだ。

 

「こ、こいつ……」

 

 リスが涎を俺の肩で拭いやがった! リスの思った以上の賢さに感心するよりも、自分の服が涎で汚れてしまったことに微妙な気持ちになる。

 

「しっかし、一体全体どうなってんだ? ペット好きの客人でもきているのか? それならそれで、エリーなりルンベルクなりが客人を入れる前に連絡をしてくれるんだけど……」


 おかしい。あの二人はこれまで抜けがあったことなど一度もない。

 狸はじーっと俺を見上げているし、口元が綺麗になったリスはふさふわの尻尾を振って俺の頬を叩いているし……。

 しかし、狸とリスに何かを尋ねても返事をしてくれるわけでもない。

 ならば、ルンベルクかエリーを探した方がいいか。ある意味、非常事態だしな。

 

 歩き始めると狸がとことこついて来たので、俺に懐いてくれたのかと思ってついつい抱っこしたんだ。

 そうしたら、狸は全身の毛を逆立てふーふーと息絶え絶えになってしまった。

 

「ご、ごめん。ご主人様じゃないと安心できないよな」


 狸は目を伏せプルプルと首を横に振る。逆立った毛も元に戻った。

 驚かせちゃったよな。「ごめんな」と再度心の中で呟き、狸を床に降ろす。

 

「みい」

「今度は猫か。こいつもまた綺麗な毛色をしているな」


 窓枠に乗った猫がぴょんと床に華麗に着地して小さな鳴き声をあげる。

 狸の漆黒に対し、こちらはゴールドカラーだ。

 尻尾と耳だけ虎柄というとても変わった毛色をしている。

 黄金色の猫へ手を伸ばすと、頭を手にスリスリとすりつけ「みいみい」と鳴く。

 狸と違って人懐っこいな。猫って余り甘えたりする種じゃなかった記憶なんだけど……。

 甘えてくる動物もまた可愛いものである。

 ひとしきり撫でまわし……おっと、ルンベルクかエリーを先に見つけないと。

 この時間ならどちらかは必ず食堂にいるはずだ。

 

 狸と猫を従えリスを肩に乗せ、あともう少しで食堂というところで、コツコツと窓を叩く音が耳に届く。

 目を向けると、カラスが嘴で窓を突っついていた。

 普段なら驚いていたところだけど、今日ここに至っては「カラスもいたんだ」くらいの気持ちしか抱かない。

 窓を開けてやると、カラスが「くああ」と鳴いて、食堂の扉の前に降り立った。

 斜に構えたカラスは嘴をくいっと扉に向け、右の翼を開く。

 カラスなのに、ちょっとカッコイイ。

 

「カラスでいいんだよな?」

「くああ」


 た、たぶんこの鳴き声はカラスだよな、うん。

 見た目はカラスそっくりなんだけど、他の動物と同じく毛色が異なるんだ。

 このカラスはこげ茶色をしている。言い忘れたけど、リスもまた派手なピンクがかった金色といった感じである。

 誰かこの状況を説明してくれ……切に願うもここに会話ができる者は俺しかいない。

 だが、この先は食堂。きっと誰かが控えているに違いない。

 両開きの扉を押し、食堂へ入る。

 この扉って取っ手を回さなくてもよくて押し開くだけなんだけど、体ごと力を込めないとすんなり開かない。

 さて、誰かいるかな?

 ……無言でパタリと扉を閉めた。


「熊、熊だよな! あれ!」


 白銀の熊が俺を見るなり二本足で立ち上がって、ぐわあと両手を開きやがったんだ。

 あれはまずい。何とかせねば。

 衛兵を呼ばないと――。

 

「ダ、ダメだ」


 なんと狸が頭で扉を押しているじゃないか。

 まあ、狸の力で扉が開くわけないのだが……。焦って損した。

 いや、狸はともかくとして、熊が扉に体当たりしたら……。

 ギギギギ。

 うそーん。狸が扉を開けてしまったぞ。

 俺でも体ごといかないと開くのが大変なほどなのに。

 

「に、逃げないと!」

「みい」

「くああ」


 なんと俺を護るかのように猫とカラスが前に出たのだ。

 やはり扉の向こうには、白銀の熊が二本の足で立っていた。

 ところが、両前脚を開いた熊は優雅な仕草で礼をしたんだ!

 この仕草……どこかで。

 

 不可解な動きをする熊に向かってとことこと猫と狸が歩いて行き、横に並ぶ。

 ばさっと翼を広げたカラスが嘴をこちらに向け、「こっちへこい」と言っているようだった。

 カラスの指し示す先はテーブル……にあるいつも俺が座っている席じゃないか。

 

 熊が白いシーツを俺の椅子にふわさっとかけ、椅子を引く。

 椅子の後ろには猫と狸が控えた。

 この光景、姿こそ違うけど……いつもの朝の光景にそっくりだ。

 熊は俺の方へ体を向け、ビシッと背筋を伸ばし右肘を直角に曲げ俺を待っている。

 ひょっとして、この動物たちって?

 危険は無いと判断した俺は、椅子に腰かけることにしたんだ。

 座ったところで、懐から光が漏れ出す。

 手に触れた途端に「5」だけ書かれたカードはボロボロと崩れ去った。


「う、うーん」

「たまには楽しめたかの?」


 首が苦しいと思ったら、セコイアが腕を回し俺の顔を後ろから覗き込んでいたんだ。


「ぬお。いつの間に……」

「ずっとじゃよ」

「俺の肩には涎を垂らしていたリスしかいなかったはず」

「失礼な。涎など、垂らしておらぬ!」

「そうか。あの口元が緩みすぎのリスはセコイアだったか」

「なんじゃとお!」


 叫ぶセコイアを無視して、左右に目を向けるとルンベルク、エリー、アルル、バルトロの姿が見える。

 彼らもまた動物に姿を変えていたのか。

 

「五周年、おめでとうございます!」


 俺と目が合った彼らは一斉に礼をした後、口を揃える。

 

「もうそんなになるのか」

「せっかくなので少し変わったことをしてみてはとセコイア様が発案され、不遜ながらもこのような趣向を取らせていただきました」

「そうだったのか。新鮮で楽しかったよ」

「お楽しみ頂き幸いです。遅くなりましたが、朝食をお持ちいたします」


 そう言ったルンベルクが会釈すると、エリーとアルルが朝食を取りに向かった。

 俺自身、覚えていないけど公爵になってもう五年になるらしい。

 これまで馬車馬のように働いてきたんだけど、そろそろ何とかしたい……。六年目こそ、俺の野望を達成するのだ!

 決意を新たにする俺なのであった。

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