不遇職『鍛冶師』だけど最強です ~気づけば何でも作れるようになっていた男ののんびりスローライフ~/木嶋隆太


  <もしも、のんびり学園生活を送っていたら>



「レリウス。レリウスー?」


 肩を揺さぶられ、俺は目をぱちりとあけた。

 朝日がまぶしい。俺が光から逃げるように顔を背けると、そちらでは幼馴染のリンが笑っていた。


「カーテンを閉めてくれ」

「もう学校遅刻しちゃうよ?」

「……もうそんな時間か?」

「そんな時間だよ、ほら!」


 リンが近くにあった時計をこちらへと向けて来た。

 目をこらしてみる。

 ……確かに、いつも登校している時間だ。昨日は色々していたせいで、寝るのが遅くなってしまった。

 急いで制服へと着替え、リンとともに学校へと向かった。


「おー、レリウス! ちょっと助けてくれ!」

「なんだ?」

「今日の実習で剣を使うんだけど……頼む! 一本作ってくれないか!?!」


 俺たちの学校では実際に魔物と戦うこともある。

 俺は神様から『鍛冶師』の職業を与えられていて、たまにこんな頼みごとを受ける。

 友人の頼みだ。断るつもりはない。俺はすぐに魔力をこめ、剣の作製を行った。

 魔力が形となって目の前に剣が出現する。それを軽く振ってみて、鞘へとしまってから彼に差し出した。


「はいよ」

「サンキュー、レリウス! やっぱ持つべきものは友達だなー!」

「実習、頑張ってな」

「ああ!」


 友人は鞘に頬ずりをしながら走っていく。

 そんな後姿をリンとともに眺めてから、自分たちの教室目指して歩きだす。

 しかし、俺たちは足を止めた。というのも、廊下にいた生徒たちが皆道を譲るように左右に別れていたからだ。


「……な、なんだ?」

「れ、レリウス! あ、あの子じゃないかな?」


 リンが前を指さした。そちらを見ると、金髪のツインテ―ルを揺らす女性が歩いていた。

 遠目で分かるほどに、彼女は不機嫌そうにしていた。


「……誰だ?」

「フィーラさんだよ! 怒らせたら大変なことになるって人だから。か、絡まれないように私たちも廊下の端に逃げよう!」

「ふぃ、フィーラさん……」


 リンに引きずられるままに、俺たちも道を譲るように廊下の壁側に立つ。

 フィーラさん、確かこの学園の理事長の娘さんだったはずだ。

 名前くらいは聞いたことあったけど、こうしてみるのは初めてだ。

 とても綺麗な顔をしている。目はぱっちりとしていて、少し眉間に皺が寄っているけど、それでも彼女の可愛らしさは損なわれることはない。

 ……なんで、俺のほうをじっと見て固まっているんだ?

 リンが「あわわっ!」と声をあげ、俺とフィーラさんを見比べている。


「ど、どうされましたか?」

「……あんたって確か、何でも作れるっていう鍛冶師よね?」

「え、ええ……そうですが」


 フィーラさんは手に持っていた紙と俺の顔を見比べていた。それをちらと覗くと、俺の似顔絵が書かれていた。


「じゃあ、これとまったく同じ枕作れない?」


 フィーラさんはそういって、もう片方の手でにぎっていた枕をこちらへと差し出してきた。

 ま、枕……?


「……た、たぶん作れますがどうしたんですか?」

「枕、汚れちゃったのよ。お菓子食べてたら」


 彼女が言う通り、枕にはチョコレートのようなものがとろりと垂れていた。


「今すぐ直してほしいのよ。あたし、授業中はこれがないとダメなの」

「……じゅ、授業聞かないんですか?」

「睡眠学習って知っているかしら?」

「ただ寝ているだけですよね?」


 フィーラさんは眉間をさらに寄せて枕を押しつけてくる。

 受け取った俺は、とりあえず諦めて彼女の枕と同じものを作製し、フィーラさんへと渡した。


「きちんと授業は受けてくださいね?」


 そう言ったのだが、フィーラさんは枕に頬ずりをしていてまったくオレの話を聞いている様子がない。


「……ああ、この枕いいわね。干したあとみたいに気持ちいいわ!」


 フィーラさんは嬉しそうに枕を抱きしめている。こうやって何かを作った後に喜んでいる顔を見るのは嫌いじゃなかった。

 フィーラさんはそれで満足して自分の教室へと戻るか? と思っていたのだが、俺をまだじっと見てきていた。


「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。なんでもってことはお菓子とかも作れるの?」

「ええ、まあ作れなくもないですけど……」

「……あんた、名前は?」

「レリウスです」

「それじゃあレリウス。今日からあんたはあたしの隣の席に移動ね」

「え!? どういうことですか!?」

「あたしがお菓子を食べたいときに出してもらうってことよ」


 フィーラさんは先ほどまでの不機嫌な様子から一変し、目を輝かせていた。


「ほら、行くわよレリウス」


 そういってフィーラさんが俺の腕を掴んできた。

 ふにんと柔らかな感触が左腕を掴む。

 え? ええ!? あまりの状況の変化に驚いて思考がまとまらない。

 俺がそのまま無抵抗に引っ張られていると、逆の腕が掴まれた。


「ちょーっと待った! ふぃ、フィーラさん! ダメだよ! レリウスにはレリウスの都合ってものがあるんだよ!」

「それが、どうしたのよ? ねえ、レリウス別にいいでしょ?」

「え、えっと……」


 少し落ち着いてきた俺はそれから改めて左右の二人を見た。


「ねえ、レリウス。早く行きましょう」

「れ、レリウス……っ! ほら、いつもの教室に行くよ!」


 リンがくいくいとさらに腕を強く引っ張ってきた。 

 負けじとばかりにフィーラさんが腕を抱きしめるように引っ張る。すると、リンも、対抗するようにさらに体を寄せてくる。


「ふ、二人とも、近いから。い、一度落ち着いてくれ」

「じゃあレリウス、あたしのほうに来なさいな」

「ダメだよレリウス! ちゃんと授業受けないと!」

「失礼ね。あたしだって一応ちゃんと授業は受けているわよ?」


 リンとフィーラさんがにらみ合う。

 リンが逆の腕をつかんでくる。

 フィーラさんも対抗するように腕を引っ張ってくる。

 ど、どうすればいいんだ……!?

 その瞬間だった、俺の意識はゆっくりと消えていった。


   ◆◆◆


「ちょっとレリウス? レリウス?」

「ん?」


 肩を揺さぶられ、俺はそこではっと顔を上げた。

 体が痛い。どうやら俺は机に突っ伏して寝ていたようだ。

 なんだか、良い夢を見ていた気がするんだけど……どんな内容だったかは覚えていなかった。

 ちらと視線を向けると、覗きこんできたリンと目が合う。

 リンの隣には、フィーラさんもいた。


「レリウス、大丈夫なの? なんだか疲れているような顔をしているけど」


 フィーラさんの言葉に、俺は自分の状況を思いだしていた。

 今俺は鍛冶の仕事の依頼があって、その作製を行っていたんだ。

 凝り固まった体をほぐすように背筋を伸ばすと、パキっという心地よい音が響いた。


「とりあえずは、大丈夫……ですかね」


 フィーラさんにそう返すと、フィーラさんはほっとしたように息を吐いた。


「もう、あんまり無茶しないでね?」

「大丈夫だって」

「でも、最近あんまり休んでないよね? そうだ! 息抜きにどっか出かけようよ」


 リンがナイスアイデアとばかりに手を叩く。

 お出かけか。たまにはそういうのもいいかもしれない。

 幸い、寝る前に仕事自体は終わっていたし、未だ心配しているリンのためにも少し出かけようか。


「そうだな」


 俺が立ち上がった時だった。フィーラさんが腕を掴んできた。


「それなら、あたしともどこか行かない?」

「え?」

「ちょ、ちょっと待ってフィーラさん。先に誘ったのは私だから。その、それはまたあとでね?」

「先も後も関係ないと思わない? レリウスがどっちと先に出かけたいか、それが大事でしょ?」

「……。れ、レリウス! どっちがいいの?」


 リンは一瞬沈黙した後、こちらを見てきた。

 え!? そ、そんなどちらかを優先するようなことは――。


「レリウス、あたしと来てくれたら今なら漏れなくケーキをごちそうするわ」


 物で釣ろうとしないでください。


「そ、それなら私は露店の串焼きでどうかな? レリウス食べたがってたよね!?」


 だから、二人とも俺を何だと……。

 二人が顔を寄せてきて、俺は頬が引きつる。

 な、なんだろうか?

 この状況に俺は既視感を覚えていた。

 その時の俺は、一体どうやって切り抜けたんだろう?

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