元・世界1位のサブキャラ育成日記 ~廃プレイヤー、異世界を攻略中!~/沢村治太郎


  <観劇無期限化?>



「――といった経緯もあり、王立魔術学校初等部は、皆様の厚いご支援もありまして、先日に創立五十五周年を迎えることとなりました」


 かれこれ一時間、俺たちはポーラ・メメント校長の長話を聞いている。

 シルビアとマインは背筋を伸ばして真剣な表情で聞いているが、エコは前後左右へぐわんぐわんと船を漕いでいた。シルビアは俺の護衛騎士、マインはここキャスタル王国の第二王子ということを考えれば、いくら眠くても我慢しなければならないのだろう。かわいそうなことだ。


 やれやれ、こんなに焦らされては、俺たちが今日何をしに来たのかを忘れてしまいそうになるな。

 そう、今日は、留学の合間に演劇を観に来たのだ。王立魔術学校初等部の創立五十五周年記念とかで、本校の演劇部の学生たちが初等部のちびっ子たちを相手に演劇を披露するらしい。俺たちはその演劇へ特別に異国からの短期留学生として招待されたというわけである。


 それが……なんだよこれ。演劇は全く始まる気配がなく、延々と校長先生の話だ。

 何か実のある話ならばまだ聞けたのだが、その肝心の内容はさっきから堂々巡りである。まるで無理矢理に時間を稼いでいるかのようだ。


「それでは暫しの休憩の後、上演となります」


 おっ、ようやくか。


「皆さん、お手洗いに行きたければ今のうちに済ませておきましょうね」


 先生の指示に「はーい」と元気良く返事をしたちびっ子たちが、休憩時間という名の遊び時間へと突入する……かと思いきや、意外と行儀が良かった。俺がこのくらいの年齢の頃は、休憩=遊びだったけどな。皆、お上品な子たちなんだな。


 さて、俺もトイレ行っとくか。これで休憩挟んでまた校長の話だったら笑えるが、流石に上演するだろう。


「あ、ボクも行きますっ」

「む、私もエコを連れていっておこう」


 俺が立つと、マインとシルビアも立ち上がった。


 四人で連れションたぁ、乙なもんだな。学生時代はよくやっていたが、女子と連れションというのは初体験だ。それにマインは女子と言われても違和感がないくらい中性的な見た目をしているから……なんだろう、なんだか緊張してきたぞ。




「――事故!? 聞いていた話と違います!」

「!」


 アリーナを出て四人でトイレへ向かっていると、裏口の方から女性の声が聞こえてきた。


「!? なに!? はじまった!? げきはじまった!?」

「まだだから落ち着け」


 シルビアにおんぶされていたエコが目を覚ますくらいの大声。ただごとではない。


「私が先に行く」


 流石は正義感溢れるあまり左遷された女騎士様、頼りになる。

 俺たちはシルビアを先頭に、声の方へと歩いていった。


「貴方が遅刻だと言うから私は時間を稼いだのです!」

「しかし、馬車が事故を起こしたと今になって報告が入りまして……公演は中止か、代役を立てるしか……」


 声の主は、ポーラ校長。話の相手は、背広を着た恰幅の良い男だった。


「代役ですって? これから演劇のできる本校の学生を探して連れてくるのに一体どれだけ時間がかかるというの? 私はもうこれ以上時間を稼ぐことはできません。子供たちにはかわいそうですが、中止するよりないでしょう」

「校長、それでは、マイン殿下やヴァニラ子爵家のご令嬢などに代役を依頼しては如何でしょう! 会場にご招待しているはずでは?」

「ふざけるな! 無礼極まりないッ!」


 男の無茶苦茶な提案に、ポーラさんは怒号を飛ばす。

 まあ、そりゃ無礼よな。というか、アロマ・ヴァニラも来てたのか。キャンプで一緒の班になったり、色々と縁のある相手だな。


「ですが、もはやそれしか方法が」

「ですから、中止と言っているでしょう!」

「……校長、ここまで引き延ばしているのに中止とすれば、子供たちひいては保護者の方々からの評価も落ちてしまうのでは? これは本校や初等部のみならず校長の評価にもかかわることかと」


 男はポーラさんの意見が中止から動かないと見るや、途端に態度を変え、まるでポーラさんを脅すように言った。

 なるほど、あの男、最初からこの状況が狙いだったわけだ。


「ああ……そういうこと。貴方、クラウス殿下に絆されたわね?」

「まさか! 心外です。私はただ、子供たちと校長のためを思って――」

「黙りなさい。貴方たちの狙いに乗るものですか。とにかく演劇は中止よ。演劇部の顧問だからと貴方の言葉を信じて一時間以上も引き延ばしてしまったことは、自身の迂闊さを反省するわ」

「では、校長。先ほど、校長は無礼と仰いましたが……本人が首を縦に振れば、代役を許可していただけますでしょうか?」

「馬鹿なことを言わないで。その話を持ち掛けること自体が無礼だと言っているのです!」


 男が第一王子のクラウスに靡いたことを糾弾しているのならば、ポーラさんは第二王子のマイン派ということ。マインもそれを知っていると仮定すれば、自身の支援者である校長の評価が落ちてしまうことはなるべく看過したくないはず。つまり、マインは自己犠牲の精神で代役を引き受ける可能性が高い。


 だが、突然の代役など上手くいくはずがない。十中八九マインは恥をかくだろう。クラウスは、マインの性格を加味して、そこまで読み切って陥れにかかったと考えた方が自然だ。


「校長先生、待ってください! ボクは――」


 ほらね、マインが割って入った。こうなったらクラウスの思う壺だ。演劇は大失敗、責任の所在を探した時に見つかるのは、部下に責任を押し付けようとしている風にしか見えない校長と、大恥かいたお人好しの第二王子である。


 そうはさせるか。



「――俺たちが代役をやりましょう」

「セカンド殿!?」


 マインが割って入ったところへ更に俺が割って入る。俺のあまりの奇行に、シルビアが驚きの声をあげた。

 わかる、俺も自分に驚いている。ここでマインを助けて気に入られれば王宮にある魔導書を見せてもらえるかな~なんて、そういった打算もあったが、それを抜きにしても……この第二王子、なんだか放っておけないのだ。


「セカンドさん!? どうして……」

「よく考えてみろや。演劇なんてお前一人でできるわけないだろう?」

「そ、それは」


 知っていて声をあげた、それも知っている。そのあと俺たちを頼ろうとしていたことも、察していた。結果的に俺が声をあげた今と似たようなことになると。

 ここで重要なのは、言い出しっぺである。演劇の代役が大失敗して凄惨な事態となった時、責任が誰にあるかが重要だ。

 俺でいいじゃないか。旅の恥は掻き捨てと言うしな。もともと架空の国の架空の貴族、俺が消えたと同時に責任なんざヒュンと雲隠れだ。


「セ、セカンド君、本当に、よいのですか? こんな、いきなり、演劇の代役だなんて……まだなんの演劇をするのかも聞いていないというのに」


 ポーラさんが表情を引き攣らせながら聞いてくる。

 ええねんええねん。俺に責任を被せておけば、ポーラさんにとってもマインにとっても都合がいいから……まあ、なんだ、恩を売れるって寸法よ。


「目立つのは慣れてますので。シルビアとエコも乗り気ですし」

「わ、私も出るのかぁ!?」

「シルビア」

「ば、ばばば、ばっ――!」

「バァーリバリやる気ですって! ほら!」

「むぐぐーっ!」


 シルビアの「馬鹿者!」が喉元まで出かかっていたので、頬をむぎゅっとして阻止し、ポーラさんにやる気をアピールする。


「エコは、演劇するだろ? な? 楽しいぞ?」

「うーーーーん……する!」

「良い子だ!」

「ありがとう!」


 ちょっと長めに悩んでいたが、エコもやる気を出してくれた。


「さあ、これで四人揃いました。ポーラさん、俺たちが代役を引き受けます」

「セカンドさん、本当にいいんですか? ボクが――」

「マイン、お前もなかなか強かなやつだな。自分が先に引き受けちまってたら、そのあとに俺たちを頼ろうとしていたくせに」

「うぐぅ……すみません」

「謝るな。俺は振り回される側でなく振り回す側でいたいだけだ。ということで、すまんが今回は、俺に付き合え」

「っ……は、はいっ!」


 マインも上手いこと言いくるめ、準備完了。あ、いや、待てよ。


「ついでにアロマも誘おう。人数は多い方がいいだろう」

「え!?」


 マインがガチの焦り顔をする。あぁ、アロマのあのキツめの性格を知っているんだな。でも彼女、キャンプの後くらいから、そこそこ丸くなったと思うんだ。


「五人もいりゃあ、なんとかなりますよ」


 自信はある。俺は、負け戦はしないタイプだ。このメンツなら、ただ単にアドリブで喋っているだけでそれなりに面白いはずである。そして何より重要なのは、見せる相手が子供たちだということ。ゆえに、如何に童心を理解しているかが肝となる。そういう意味では、俺は実質小卒という点で有利だ。エコの無邪気キャラもいい感じに共感を得られるだろう。


「……わかりました。そこまで言うのであれば、代役を認めましょう」

「ああ、よかった! 校長、ありがとうございます! さあさあ、それではすぐに、劇の準備を始めましょう!」


 ポーラさんが許可を出すと、それまで静観していた演劇部の顧問の男は待ってましたとばかりに言って、ニヤニヤしながら俺たちを案内し始めた。

 まあ、この男にとっちゃあ得しかないわな。ポーラさんかマインのどちらかが恥をかくなりしてダメージを負えば作戦成功、仮にどちらもダメージを負わなかったとしても、これといって損はしない。全く見事な作戦だ。

 ただ……俺たちが大成功した時のことを考えていないんじゃあないかなあ?


「ところで、なんの演劇をする予定だったんだ?」


 準備に取り掛かる前に、一応聞いておく。

 順番が違うだろう! というシルビアの熱い視線を受け流していると、顧問の男が答えた。


「この衣装を見てわかりませんか? 桃太郎に決まっているでしょう」


 ……桃太郎。こっちの世界にもあったんだな。まあ、日本人が作ったゲームの世界なんだから、あっても不思議ではないか。


「セカンド殿、少し待ってくれ」

「セカンドさん、ちょっと待って」


 シルビアとマインが同時に歩みを止める。

 あ、気付いちゃった? 俺も気付いちゃった。

 爺さん、婆さん、桃太郎、犬、猿、雉、鬼……。


「五人じゃ足りねえな」





「――どうして私がこんな馬鹿げたことに付き合わなければならないのですか! で、殿下まで、巻き込んでっ! 全く、貴方は! 貴方という人は! どうしてこう……もぉっ!」


 アロマに事情を話して連行したら、顔を真っ赤にして怒られた。

 それでも付いてきてくれるあたり、やっぱり彼女は丸くなったと思う。


「アロマ、時間がないから簡単に説明を――」

「セ、セカンドさぁん! ボク、桃太郎役なんて無理ですよ!!」

「セカンド殿!! お婆さん役が私なのはまあいいとして、鬼の役も私ってどういうことだ!!」

「せかんど! あたし、いぬじゃなくてねこがいい!」

「えーと、説明を……」

「……やめて、もうわかった。頭が痛くなってきたわ」


 衣装を身に着けながら俺に対してぶーぶー言う三人を見て、アロマは全てを察したようだ。


「どうしてもやらないと駄目……?」


 そして、心底嫌そうな顔でそんなことを聞いてきた。

 彼女はプライドが高い。マインがいる手前とても断り辛いが、それでも無意味に無様な姿は晒したくないという意思表示だろう。せめてもの落としどころを、そう、何かやり甲斐のような、意義のようなものを求めているのかもしれない。ならば。


「エンターテインメントとは、観客を楽しませることが最も重要だが、もう一つ、それと同じくらい重要なことがある。わかるか?」

「いえ」

「自分も楽しむことだ」

「……なるほど」


 演劇だって遊びの延長なんだから、難しく考えるほど損だ。いつだってシンプルが強い。

 世界一位の男として試合をして観客を楽しませるのと、極論、一緒である。


「はぁ……わかりました。私は何、雉?」


 俺の詭弁を受けてアロマは諦めたのか、ため息まじりに言うと、雉の被り物を指差して呆れ顔をした。


「なんでもいい。桃太郎は知ってるだろ?」

「常識ね」

「なら伝説のブルーフェニックスとでも名乗っておけ」

「……いや、桃太郎に伝説のブルーフェニックスは出てこないけれど」

「雉よりかそっちの方が、子供たちは喜ぶ」

「!」


 アロマがハッとした顔をする。それにつられて、着替えを済ませた他の皆も「なるほど」と頷いていた。


「いいか皆、相手は子供だ。全部アドリブで、とにかく勢いで押すぞ。なぁに、大抵のことはウケる。特に下ネタは絶対にウケる」

「しもねた?」

「エコ、お前はとにかく笑ってりゃあいい」

「りょうかい!」

「シルビア、お前はとにかくツッコめ」

「了解した」

「マイン、お前は基本ツッコミつつ隙を見てボケろ」

「はい、頑張ってみます」

「アロマ、お前は俺たちに合わせて喋ってくれ」

「自信はないけれど……わかったわ」


 各自、役割を決める。なんだかダンジョンを攻略する時のオーダーのようだった。


 さあ、あとはぶっつけ本番だ。いざ、どんぶらこ――!!



   ◇◇◇



「いや~、今日は、良い天気だな~」

「そうじゃなあ、婆さん」

「……いや、お爺さん。しば刈りはどうした。川になんで付いてきている」


 幕が開き登場したのは、シルビアとセカンド。ぐだぐだとしたゆるい雰囲気で始まった。しかし、二人とも極めてビジュアルが良いせいか、鑑賞に堪える光景となっている。

 演劇としては酷いものだが、何故か、初等部の子供たちはクスクスと笑いながら引き込まれていた。

 何度も何度も読み聞かされた桃太郎。聞き飽きたであろうそのストーリーが、どうやら今回は一味も二味も違いそうだぞと、子供たちは開幕と同時に悟ったのだ。


「ところでシルビア、アレを見てみろ!」

「いや本名で呼ぶな! って、えぇええええ~!?」


 セカンドが唐突に指を差すと、シルビアはその方向を見て、伊達メガネをズラしながらわざとらしく叫んで驚いた。


「ド、ドンブラコー、ドンブラコー」


 視線の先には、マイン。桃の被り物をしたこの国の第二王子殿下が真面目な顔で川の上流から歩いてくるというのは、実にシュールな画であった。

 二人は「巨大桃だ!」「どう見ても桃だ!」と、爺さん婆さんにしては溌剌とした声をあげる。


「割ってみようか、シルビア」

「いきなりか!?」


 急に正気に戻ったセカンドが、インベントリから剣を取り出して言い放った。当然、本物だ。


「ちょちょちょっ!」


 それを見て、本気で焦るマイン。


「おや? この桃、喋ったぞ。やはり中に何かいるな? 道理で怪しいと思った。なあ?」

「う、うむ。そもそもこんなに巨大な桃があるわけがないからな」

「よし、動くなよ」

「わぁああっ!?」


 セカンドの華麗な剣術で、桃の被り物がスッパーンと真っ二つに割れる。

 中から現れたのは……既に大きく成長した桃太郎の恰好をしたマインであった。


「時短だな」

「色々とな!?」


 シルビアが混乱のあまりよくわからないツッコミをする。


「桃から生まれた桃太郎です!」

「凄いな、最近の桃太郎は赤ん坊すっ飛ばして自己紹介までするのか……」

「ンフッ」


 セカンドの素の指摘に吹き出すシルビア。一方、マインはなんとか桃太郎になりきろうと必死で、目をぐるぐると回していた。


「お爺さん、お婆さん! ボクは、鬼を退治しに、いつでも鬼ヶ島へ行けます!」

「どうした急に」

「面接みたいだな」


 マインは緊張のせいか明らかに空回りしている。結果的に、それが良いボケとなった。


「あ、そうだシルビア。桃太郎にアレをあげたらどうだ、アレ」

「本名で呼ぶな! って、アレ?」

「例のブツだよ、ほら……あの、白い粉、が付いてて……なぁ、キマってんじゃんか。へへっ……持ってんだろぉ?」

「怖いな!? きびだんごだろう!?」

「そう、それ」

「あああっ! ありがとうございます! ボク、これが欲しかったんです! こ、これ! これがぁ……!」

「だから怖いな!? 本当にただのきびだんごなのかそれは!?」

「お爺さんお婆さん、お世話になりました! それでは、鬼をこらしめて参ります!」


 マインはシルビアからきびだんごを受け取ると、最後に挨拶を一つ、もう用はないというように去っていった。


「大した世話もしてやれなかったな、婆さんや」

「いや本当にな、爺さんや」


 二人の呟きを最後に、場面が転換する……。



 ところ変わって旅の道中。マインが一人歩いているシーンから始まった。

 するとそこへ、なんの被り物もしていない素の状態のエコが現れる。


「にゃーにゃー」

「おや? 猫だ。可愛いなぁ」

「ももたろうさん、へいそからおせわになっております」

「……嫌に丁寧な猫だなぁ」


 エコはぺこりとお辞儀をすると、言葉を続けた。


「どこにいくよていだったの?」

「ボクは、これから鬼ヶ島へ鬼退治に行くんだよ」

「へぇーっ」


 ひとしきり感心した後、帰ろうとするエコ。


「ちょいちょいちょーい!」

「ほ?」

「いや、ほ? じゃなくて、ほら……そう、仲間! ボクの仲間になりませんか?」


 何故か桃太郎の方から仲間に誘い始めた。


「うーん……ただで?」

「商売上手だね君……営業の仕事とか向いてると思うよ」


 マインはエコにきびだんごを一つあげて苦笑する。

 それからしばらく、二人でテクテクと足踏みしていると、今度はなんの被り物もしていないセカンドが現れた。


「……猿?」

「失礼だなオイ!」


 セカンドはオホンと咳払いを一つ、言葉を続ける。


「俺は龍だ」

「龍!?」


 堂々と言い放った。


「……桃太郎に龍って出てきたっけっていうのはまず置いといて、見た目が完全に人間なんですけどそれは大丈夫?」

「大丈夫。きびだんごをくれたら力になろう」

「じゃあ……わかりました、そこまで言うのなら仲間にしましょう。なんだか強そうだし」

「へい! 恩に着やす、親分!」

「あ、そういう!?」


 どうやら龍さんは任侠の人だったらしい。

 こうして、可愛い猫のエコと、やたらと肩で風切って歩くセカンドの二人を仲間にしたマインは、再びテクテクと足踏みする。

 すると、雉の被り物をしたアロマが現れた。


「ケン、ケン」


 真面目な彼女らしい、なんの捻りもない雉の鳴き声の演技である。


「せかんど、けんってなに?」

「わかんねぇ。ここは先を急ごう」

「そうですね」

「ちょっと! なんでよ! 無視しないでくださる!?」


 三人ともアロマをスルーしようとしたせいで、アロマは思わずツッコミ側へと回った。


「雉、ですよね? なんか、逆に目立ってて、ボクはいいと思います」

「あえての雉、俺は悪くないと思う」

「あたしはかわいいとおもう」

「私は泣きそうなのですけれど!?」


 三人の生暖かいフォローを受けて、アロマはがっくりと肩を落とす。

 マインが同情からきびだんごを差し出し、晴れてアロマも仲間となった。


 そして、場面は転換し、猫と龍と雉を連れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へと到着する……。



「――わっはっは! よくぞ来た桃太郎! 私が悪逆非道の限りを尽くす、巷で噂の鬼だ!」

「凄いな、最近の鬼は自己紹介するのか……」

「ブハッ! おい、笑わせるな!」


 鬼の恰好をしたシルビアが、こん棒を掲げた状態でセカンドのツッコミに噴き出した。その様子を見たセカンドは、「おっ」と呟き、言葉を続ける。


「むむむ、桃太郎さんよ。この鬼、なんか可愛くないか?」

「えっ?」

「俺は可愛く見えるなあ。特に今の笑顔が素敵だった」

「……~っ……」


 何故か、いきなりセカンドがシルビアを褒め始めた。シルビアは予期せぬ攻撃に顔を赤く染める。


「う、うるさいうるさーいっ!」

「にゃああーんっ」

「ケーンケンケンッ」


 シルビアは照れ隠しついでにこん棒を振り、エコとアロマを一撃でぶち倒した。


「くっ……強い……!」

「待て、桃太郎。俺に良い考えがある」


 慄くマインに対し、セカンドは渋い声でそう言うと、一歩前へ出て堂々と口を開く。


「なあ、鬼よ! 俺は知っているぞ! 白状してしまえ! お前、実は、悪行をやりたくてやっているわけじゃあないんだろう!? 本当は誰かにやらされているんだろう!?」


 それから、セカンドは両手を広げて皆へ演説するように言葉を続けた。


「俺たちの真の敵は、このアリーナの何処かにいる! そいつは、今日ここに来るはずだった演劇部員を事故に遭わせ、皆に退屈な校長の話を一時間以上も聞かせ、挙句の果てにはこんなに可愛いくて美人な鬼に悪逆非道の限りを尽くさせていたのだッ!」


 ……実に巧妙だった。彼は最初からこれを狙っていたのである。子供には真の敵を示すことでストーリー上の波を楽しませつつ、大人には事の顛末を簡潔に伝えていた。


「な、ななな、なんだってー!?」


 セカンドが何をしたいのか、それを理解したマインは、即座に援護射撃する。


「ボクも聞いたことがあります! 演劇部の顧問だそうです! 歳は四十くらいで、額がいつもテカテカで、ちょっと恰幅の良い、背広の男です!」


 マインが特徴を口にしたことで、桃太郎に熱中していた子供たちが、自然とアリーナ内にいるその“悪者”を探し始める。

 そして、セカンドが最後の決め手を放った。


「鬼! 共に立ち向かおう! 俺たちと共に! そうすれば、真の悪にもきっと勝てるさッ!」

「フッ……よかろうッ!」


 ――共闘。ヒーローがライバルと手を取り合う展開は、子供たちの大好物である。


「さあ、皆も共に立ち向かおう! かかれーッ!」

「うがあああああっ!?」


 シルビアがこん棒を男に向けて振ったことで、答え合わせとなった。

 あいつだ! と気付いた子供たちが、男へと一斉に襲い掛かる。攻撃してもいい対象を見つけた子供たちは、容赦なく拳を振りおろす。

 男はなすすべなくもみくちゃとなり、背広は埃だらけとなった。


「悪は滅びた!」


 ボロボロになった男を縛り上げ、締めにマインが一言。

 五人による桃太郎は、大成功……? で、幕を閉じた。



 後日、男は王立魔術学校を自主退職した。桃太郎の一件で大恥をかいた彼は、第一王子派からも第二王子派からも嫌われ、やむなくキャスタル王国を出ることになったとか。

 一方で、おかしな成功を収めてしまったセカンドたちはというと、事情を耳にした大人たちからは見事なアドリブ力だと感心されたが、初等部の子供たちからは見つかる度に「桃太郎やって!」とせがまれるようになってしまって、少し困っているようであった。これが無期限に続いてしまうと、流石にきついものがある。


 そんな彼らが、誰もが賛美するほど輝かしい栄光を手にし、その桃太郎の印象を綺麗サッパリ払拭するのは、もう少し先の話――。

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