第3話

 


『――ヒトミちゃん、ジャジャジャジャン。遅くなってごめんね~。君を捜していたんだよ~。やっと見付けた。マンションにも居ないし、携帯に電話しても現在使われておりませんだし。どうちたのかなって、僕、心配しちゃった。長崎に行くなら、そう言ってよ。僕が観光スポットを案内してあげたのに』


 あの頃のように、ジョークまじりのゆすりが始まりました。私が黙っていると、


『どうちたの? なんかちゃべってぇ。僕、聞こえな~い』


 と、尚もふざけた言い方をしました。


『……用件を言って』


『ん、も。冷たいんだから~。あの頃のように優しくして』


『早くして。電話切るわよ』


『そんなことしてみろ、そっちに暴れに行くぞ』


 突然、豹変ひょうへんしました。


『どうぞ、ご勝手に。警察の厄介になるのが落ちよ。それでもいいならどうぞ』


『……お前、変わったな』


『変えたのは誰よ』


『ま、いいさ。今の幸せを続けたかったら、金を用意しろ』


 案の定、金が目的でした。


『……いくら?』


 金田とのことを主人に知られたくなかった私は、金田をそれ以上怒らせないために承諾しました。そして、日時を決めると、客の振りをして来てくれるように頼みました。けど、知ってのとおり、金田は来ませんでした。――」


「なして、振り込みにせんかったと?」


はなから金をやるつもりはありません。一度金をやれば、一生せびり続けるのは目に見えています。話し合いで解決するつもりでした。もしも金田が納得しない場合は、離婚を覚悟の上で主人に打ち明け、恐喝きょうかつの現行犯で警察を呼ぶつもりでいました」


 真実味を帯びた日斗美の供述ではあるが、藤堂には眉唾物だった。なぜなら、話の中に、あの廃屋が登場しなかったからだ。


 日斗美は、金田が長崎の出身だと知っていたに違いない。それで、土地勘がある金田との待ち合わせ場所をあの廃屋にした。土砂崩れを起こす地盤だと知った上で……。そして、台風が直撃することをニュース等で事前に知っていた日斗美は、台風が上陸する×日を指定した。内容はこうだ。


『旅館の裏を下りたとこにある廃屋で会いましょう。あそこなら誰にも見られないし、厨房の勝手口から近いから最短で行けるわ。雨が降ろうが槍が降ろうが、×日に必ず来て。じゃなければ金はやらないわ。後に脅迫しても無駄よ。主人と離婚して逃げるわ。そうなったら一文も入らないわよ』


 それが、藤堂の推測だった。そして、予約人数を2名にしたのは、金田が待つ廃屋が倒壊しないケースも考え、どこの誰だか分からない架空の連れが、台風を利用して金田を崖から突き落として殺したというストーリーにするためだ。


「――金田が長崎の出身だと知ってましたよね」


「いいえ。九州の出身なのは方言で分かってましたが、長崎だとは知りませんでした。『長崎に行くなら観光スポットを案内したのに』と脅迫の電話があった時に言ったので、もしかしてとは思いましたが。もし最初から知ってたら、金田が戻ってくるかもしれない故郷ふるさとの長崎にわざわざ逃げてきませんわ。でしょ?」


 日斗美は、征服感に浸るかのようなひとみで藤堂を見つめた。……この女は知能犯だ。藤堂は確信した。つまり、自分の手を汚さないで、“台風という金田を”のだ。


 結局、日斗美を逮捕することはできなかった。おりまったままの藤堂は、胸糞むなくそが悪かった。だが、物証がない以上、どうすることもできない。




【老舗旅館の美人女将】のテレビ出演が功を奏してか、〈静風〉は繁盛していた。日斗美の装いは、からあわせに変わり、萩をあしらった付け下げに銀色の帯をしていた。忙しそうに接客するその身のこなしは、老舗旅館に相応ふさわしい風格と共に、優美を兼ね備えていた。


 様子を見に来た藤堂に気付いた日斗美は、清々しい笑みをたたえていた。その笑顔には、優越感と達成感を含んだ勝者の貫禄がうかがえ、窓辺から漂う菊の香と溶け合っていた。――




   完

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狙われたシーズン 紫 李鳥 @shiritori

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