爆心地のふたり

 グラウンドゼロには、一本の木が立っていました。

 樹齢20年ぐらいでしょうか、それほど大きくもない、細くて若い木でした。

 その木には、小さくて白い、可愛い小鳥が住んでいました。ふたりは友達で、色んな話をよくしていました。

 白い小鳥は旅が大好きで、色んな場所に行ってはお土産を持って帰ってきました。

 遠くの木に成る実や、見たことのない花、翼につけてくる知らない土地のにおい、それらと一緒に語られる話が、木は大好きでした。


 ある時、小鳥は言いました。

「今度、東の空を見てこようと思うんだ。東は、広いと聞く」

 木は、いつものように若干の羨ましさを感じながら言いました。

「いいね。君の翼は、僕の足だ。また土産話を沢山聞かせてくれよ」


 こうして小鳥は東に飛んで行きました。

 木はグラウンドゼロに吹く風を身に受けながら、立ち寄る鳥や獣に休む場所を提供したり、雲を眺めたりしながら待っていました。


 何日かして、小鳥が帰ってきました。

 翼に風を受け、強く飛んでくる小鳥の姿を見て、木は、いつもとは明らかに違う何かを感じました。枝に止まった小鳥を見て、

「おかえり。どうだった?なんだかすごいものを見たように思うけど」と尋ねると、小鳥は、

「…すごかったよ。虹が、見えたんだ」と答えました。

「虹?」木は聞き返しました。

「雨の後、空が七色に光るっていう、あれかい?」

「うん、ただし光るっていうよりは、七色の光の束がアーチ状に大地にかかるんだ。橋みたいに」

「なんだいそれは!すごいじゃないか!」

「雨の降ったあと、太陽がすぐに出る僅かな間にしか見られないんだ」

「ここ、雨が少ないもんねえ」木が感心しながら相槌を打つと、小鳥は木の見えない何処か遠くを見つめ浮かされたような口調で「…ああ、また見に行きたいなあ…」と呟きました。

 その時、木はなぜかとてもとてもかなしい気持ちになりました。

 今まで、小鳥が自分の知らないものを見てもこんな気持ちにはならなかったのに、なんだか、ともだちがとても遠くに行ってしまったような気がして、…

「ねえ、」

「…なに?」


「僕、あそこに住んでみたいと思う」


 木は、一瞬世界の全てが真っ暗に見えました。


「…え、なんで、そんな、」

「……」

「じゃあ、僕は、どうしたらいいの」

「……」

「もう、君とは会えないの」

「……」

 俯く小鳥に、木は問い詰めました。小鳥は何も答えませんでした。

 やがて為す術なく、言葉をなくし黙り込んでしまった木に、小鳥は一言、「ごめんね」と言いました。「僕は鳥で、君は木だ。それぞれのやるべきことがある。」

 木はあまりに理不尽に感じました。

「そんなの勝手だよ。今まで君と僕は友達だったじゃないか。友達をひとり残して行くなんて、あんまりじゃないか」

 小鳥はしばし黙考したあと、

「でも、君は、いつだって僕を止めたりなんかしなかった。君のそんなとこが、僕は好きだったんだよ」

 ふたりの間に、長い長い、沈黙が生まれました。それはいわば絶望、断絶でした。


「じゃあ、もう、おわかれ?」

 やっとのこと、木は震える声で聞きました。

「ううん。また、帰ってくるかもしれない。こないかもしれない。わからないけど、生きてる限り、何処かで会えるよ」

 青々と茂る葉っぱの間から、小鳥は声を返しました。うそだ。木は思いました。だって君は僕より先に、―

 その先は心の中でも言葉にするのをやめにしました。


「…じゃあ、最後の今日だけ、一緒に眠ってもいい?もう、日も暮れるから」

「もちろん」小鳥は答えました。

「ありがとう」木は言いました。

「こちらこそ」小鳥も返しました。


 グラウンドゼロ、爆心地と名付けられた場所に乾いた風が吹きました。

 他には何もありませんでした。何もいませんでした。

 大きくて赤い夕陽が、地平線の向こうにゆらゆらと沈んでいくのが見えていました。

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小話あつめ なとり @natoringo

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