我が家の群青

コオロギ

我が家の群青

 台所のシンクに横たわるヨーグルトの空の紙パック。

 洗面台の隅に山と積まれたハンドクリームの大缶。

 夏に大手家具チェーンで買ってきて敷きっぱなしのヘリンボーンのラグ。

 ベッドの上に放り出されたゴッホの千ピースパズル。

 実家からこっそり持ち出した多肉植物の破片を乗せた植木鉢。

 開け放たれた縦二メートルの真四角のカーテン。

 その前で茫然と立ち尽くす君。

 もしかしたら、茫然と立ち尽くしているようにわたしに見えているだけで、君はただのほほんと突っ立っているのかもしれないし、悄然として身を竦めているのかもしれない。

 なんにせよ、君のまん丸の目はまん丸に見開かれて、いつもぱたぱたと揺らされている二本のフリッパーは微動だにしないのだ。

「気づいてしまったんだね」

 たぶん君にわたしの言葉は通じないのだけれど。

 あぁ、と君が言葉を話す。

 わたしにその言葉は分からないのだけれど。

「そうなんだ」

 分かっている風にわたしは返事をする。

 あぁ、と君も返事をする。

 わたしたちは会話する。

 内容はどうでもいいという、会話自体が大事なんだという。

 そうかなって思うけど。

 とても重大なことを、わたしたちは話しているから。

 君の隣に立って、分厚い丸窓に手を乗せる。

 わたしたちは、今、同じものを見ている。

 隠してたわけじゃないのだけれど。

 どうして、知ったら君が傷つくと思ったのだろう。

「深い青だね」

 紙パックに。

 缶に。

 ラグに。

 パズルに。

 植木鉢に。

 カーテンに。

 君に。 

 そして、

 無限に続く窓の外の色だ。

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我が家の群青 コオロギ @softinsect

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