人間燻製器でいぶされたいのかこの野郎!

ちびまるフォイ

しっかりいぶされてこい

休み明けに会った友だちの顔はこんがりと肌の色が変わっていた。


「すごい焼けてるじゃん。どこか行ってきたの?」


「ちげーよ。人間燻製してきたんだ。

 燻製ってやっぱすげぇよ、一気に人生変わったって感じ」


「変わったってなにが?」

「ほらこれ見てみ」


友達は俺に1枚の画像を見せた。

きれいな彼女と一緒に映ったツーショットだった。


「おまっ……あれほどお互いがどれだけモテないのか朝まで語り合っていたのに!?」


「ハハハハ。わりーな。ひと足お先にリア充街道に入らせてもらったわ」


「なんでそんな簡単にモテるんだよ!? 金か!? 金なのか!?」


「燻製でいろんな煙を体にいぶしたんだよ。

 優しさとか気遣いとか、そのほかにもいろいろとな」


「おのれ裏切り者め……」


「ちょっと待てよ。それは誤解だ。むしろその逆。

 大成功のタネを教えてやってるんだぜ。お前もやってみろよ、人間燻製」


「やるかばーーか!!」


口では罵倒したものの、心はもちろんやるつもりだった。


どちらが人間の底辺であるかを競っていたような人間が、

一転して誰もが憧れる存在にジョブチェンジできるほどの効果がある。

それを試さないわけがなかった。


「いらっしゃいませ。燻製希望のお客様ですか」


「はい。よろしくおねがいします」


「こちらから好きな燻製チップスを選んで、お好きな煙でいぶされちゃってください」


「なるほど。結構いろんな数があるんですね」


人間燻製チップスは「優しさ」や「男らしさ」といった精神面的なものから、

「洞察力」「ストレス耐性」などの能力向上系のものまである。


とはいえ最初なので、ちゃんと効果のほどが保証されているものを選ぶことにした。


「優しさ」と書かれた燻製チップスを持って片方の部屋に入る。

片方の部屋に燻製チップスを置く。


その部屋と換気扇が繋がれた別室に入った。


「……熱いなぁ」


妙に熱い部屋でじっとサウナのように耐えた。

このまましばらく蒸し暑い煙に耐えれば、部屋を出るときにはこんがり優しいモテ男に大変身できる。

それを信じてじっと耐え忍んだ。


汗が出すぎて目の前がくらくらしたとき、もう耐えれないと外へ出た。


「お、お客様!? 大丈夫ですか!?」


「内臓まで煙を入れようと思って……限界まで堪えてみました……」


「死んじゃいますよ!?」


「これでモテモテだ……ふふ……」


すっかり肌はこむぎ色を通り越して、丸焼き色になっていた。

これだけ大きく色が変化したのだから、さぞ奥まで浸透したにちがいない。

モテ男として生まれ変わった俺はかねてから気になっていた女性に告白した。



「え、むり。付き合うとかありえないんですけど」



秒でフラれてしまった。


「な、なぜだ!? なぜフラれたんだ!?」


友達はあんなに人間燻製のあと、全身から優しさをあふれさせてモテモテだったのに。

それ以上に徹底した燻製をしたはずの自分がフラれるなんてこの世の摂理としておかしい。

三日三晩悩みに悩んでついに答えを見つけた。


「そうか、わかったぞ。安いものを使ったのが悪かったんだ!」


友達を超えるほどに劇的な肌の変化を及ぼしているのに、

友達以上に燻製の煙が浸透していないなんておかしい。


それはきっと、安い燻製器や安い燻製チップスを使って

劣悪な煙を体に浸透させたからうまくいかなかったんだ。

そうにちがいない。


全財産を口座から下ろしてふたたび人間燻製へと向かった。


「いらっしゃいませ。本日はどのコースで燻製いたしますか」


「超高級メガ盛りマックスコースでお願いします」


「お、お客様。そちらのコースは当店でも最大級に高価なコース。

 一部の芸能人が年に1回使うか使わないかのコースでございます」


「金はあるんだ! そのコースを選ばせろ!」


「は、はい!」


店員は準備をはじめた。

その間に燻製用のチップスの選定をはじめる。


以前はどの要素を自分にいぶすか選んだものだが、今回は値札だけを見ていた。


「ちゃんとしたものを体に入れないと意味がないからなぁ」


高級な燻製チップスを選んで持ち込み用のカゴに詰めてゆく。


「お客様、燻製器の準備ができました!」

「ようし。入るとするか」


片方の部屋に燻製チップスを置き、もう片方の部屋に入る。


「熱い……!」


相変わらず部屋は焼けるように熱い。

でも今回は前と比べ物にならないほど金がかかっている。

もとを取らなくてはこの部屋を出ることはできない。


「やってやるぞ……! しっかりいぶされてやるーー!!」


根性で熱さに耐えまくった結果、体はもう真っ黒になっていた。

肌の色の変化は煙が浸透した証だろう。


「やったぞ……! 今度こそモテモテだ……!!」


最高級の燻製チップスから発生した煙。

それを骨のずいまで吸い込んだ体は無敵の愛されボディに間違いない。


ここから俺の勝ち組人生がはじまるんだ。


フラフラになって部屋を出たとき、鉢合わせした店員が驚いて叫んだ。



「お、お客様!? そっちの部屋は燻製チップスを入れる部屋ですよ!?」



別室では、俺の成分がいぶされた燻製チップスができあがったという。

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