第2話 奇点

看護師に疑問をぶつけ、返って来た返事はとても奇妙なモノだった。

まず、僕は事故に遭ったという事。



そして内臓に大きな損傷を負い臓器移植を受けたという事。



更にその臓器移植は特異であるという。



僕にとって衝撃だったのはその後だ。

術後、数日間は寝たきりとされた推測を覆し、翌日には目を覚まし口を利いたそうだ。



僕自身には全く身に覚えがない。

僕が目覚めたのはその事故から一週間後だ。



辻褄が合わない事に疑問を抱いたが看護師は忙しなくどこかへ行ってしまった。



「彰洋、入るぞ。」



聴き馴染みのある声にホッとした。父だ。

父は病室に入るなりげんなりとした表情をしている。それはそうだ、息子が事故に遭ったのだから。自分の事よりも深く心に傷を負うに違いない。まず謝ろう。心配をかけた事を。



「父さん、ごめん。心配かけた。」



「彰洋か?お前彰洋なのか!」



「そう…だけど。」



「ここ数日、何してたか覚えてるか?」



「何が?どういうこと?」



「彰洋、今日までの7日間、何も覚えてないのか?」



「何を言ってるのか分からない。何があったんだよ。」



「それはこっちのセリフだ…彰洋、お前は毎日、別人だった。」



そう言えば看護師も同じようなことを言っていた。「今日はどなたですか?」と。何が起こっている?何が起きた?



「父さん、さっきの看護師さんも変だった。何があったの?僕に何が起きたの?」


「それは俺にも分からない。けど毎日違う名前の違う人物になったみたいに話をしていた。初日は女性。次の日は男性。その次の日は女性。七日間ずっとだ。」



「僕はそんな事覚えてない。今朝起きたんだ。」



「そうか。だけどまずは今は正常なんだな?だったら検査をしよう。」



「検査って?」



「ずっと考えてたんだ。今日のお前が誰であろうと今日、脳の検査をしようと。きっと、事故の影響で脳に何かあったに違いない。今から医者に掛け合ってみる。」



「待って。その前に事故について教えて。」



「良いが…お前はどこまで記憶があるんだ?」



「八月一日の朝、いつも通り家を出た所までは。」



「その後の事は?」



「何も覚えてない。起きたら今朝だった。」



「その後な、警察の話しだと、信号無視をした軽トラックに跳ねられたんだ。全身を強く打ち、病院の判断は重症だった。軽トラックの運転手は逃走。だけど問題はこれだけじゃない。」



「どういうこと?」



「病院に運び込まれたお前は臓器移植を受けた。担当医の判断で。」



「父さんが許可したんじゃないの?看護師さんは特異な手術って言ってたけど。」



「テレビも見てないか?ニュースになってたぞ。しばらく前だが…。担当医はお前の内臓の損傷状態を見て、移植が早急に必要だと、判断したらしい。俺の許可を待っていられなかったと。」



「結果的に僕が生きてるんだからいいじゃないか。」



「そうなんだが、それだけじゃないんだ。同時に三つの臓器移植をしたんだ。それぞれ別々の人物の臓器を。」



「え?じゃあ僕の体には誰がの、しかも3人分の臓器があるってこと?」



「そうだ。それは通常有り得ない事だ。一度に三つも…」



「そのお医者さんはなんて?」



「翌日にこの病院を辞めたらしい。正確には連絡が付かなくなったとか。」



「じゃあ僕の体には誰が責任を取るんだよ!」



「病院側も医師の判断だと責任は取らない姿勢だ。しかも、お前の脳に異常があったなんて事になったら尚更圧力を掛けてくるだろうな。」



「どうなってるんだよ。」



「お前に遭った事はこれで全部だ。とりあえず俺は医師にお前の事を話してくる。」



「いや、待って。少し一人で考えさせて。」



「でも、検査は早い方が…」



「いいから。時間が欲しいんだ。」



「分かった、一人がいいんだな?そしたらまた明日来るよ。看護師曰く意識が戻ったら明日辺りからリハビリの予定だそうだから。あまり気に病むなよ。」



そう言って父は少し寂しそうに部屋を後にした。



いきなりの出来事に動転し、もう一つの問題を忘れていた事に気がつく。僕が別人だった事についてだ。帰す前に父に聞いておくべきだった。



この事については全く検討も予想も出来ない。謎なままだ。だけど声なら聴いた。それも父の話しと同じ三人。女性と男性二人。



また、声は聴こえるのか。明日の僕は僕なのか。また7日後に起きるのか。不安が押し寄せてくる。だが父や看護師が言っていたように僕でない僕がいる事は事実のようだ。



認めるしかないのか…



点滴の落ちる音が心を落ち着かせる。

普段聞かない鳥の声が気持ちを真っ白にする。考えるに考えられず、だらだらと時間が過ぎ、何も出来ない時間は退屈でしかなかったが不思議と寂しくはない。



僕はゆっくりと眠りについた。

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