星の花

白米おいしい

星の花

 船乗りだったおじいちゃんが、ぼくにくれたもの



 おじいちゃんが若かったころ、船が遭難して妖精の国へ迷いこんだとき、

 ふるさとで待っているお嫁さんのことを考えながら星の花を摘んでいると、

 貝殻のような淡いピンク色に光る石を見つけたんだって。暗闇の中、月明かりで見つかる石はすべすべしていたらしい。


 妖精からもらった新しい帆を張った船は素晴らしい速さで海を渡り、あっという間にふるさとの港にたどりついた。

 絵を描くのが好きだったおじいちゃんは、拾った石を粉末にして、展色材と混ぜて絵具にしようと思ったそうだ。船を降りたときに分けてもらった帆布をたっぷり太陽の光に当てて、キャンバスに妖精の絵具を乗せた。



 これはお父さんから聞いた話。お父さんは絵に興味がなかったから、おじいちゃんがなくなった年に物置で何年も眠っていたキャンバスをひっぱり出してきて、ぼくに色々な話を聞かせてくれた。


 おじいちゃんがくれたふしぎな絵。くるくる巻かれていた帆布をひらくと、両腕を広げたくらい大きい。耳を澄ますと、ほんのわずかに潮の匂いもただよってくる気がした。

 光に当てて見てみれば、海を渡った帆布はあちこちピンクや薄青色にきらめいた。


 キャンバスは真白だった。お父さんがおじいちゃんから譲り受けたときから真っ白だったらしい。

 お父さんはぜんぜん気にしなかったんだって!



 夜が来て寝る時間になって、部屋の電気を消したとき、ぼくはベッドに置きっぱなしにしていた帆布が、ほんわりピンク色に光っているのを見つけた。


 キャンバスにはふしぎな模様が浮き上がっていた。

 ははあ、きっと絵具が昼間の太陽の光を蓄えて、暗い場所で発光しているんだなと思った。


 近づいてみると、キャンバスの上で知らない女の人がほほえんでいた。淡い色の絵具でほんわり光る人は、やさしそうな顔をしていた。

 おばあちゃんの若いころの姿を描いたものかもしれないね。あとでお父さんが教えてくれた。


 冒険家のおじいちゃん。妖精のくれたキャンバスに、月の石の絵具で愛するものを描いた。


 だけど、おじいちゃんが愛するものは、おばあちゃんだけじゃなかった。

 この絵のもうひとつの秘密は、ぼくだけが知っている。


 そう、月の光!

 絵具の元になった石は、月明かりに照らされた場所で見つかったもの



 ぼくは寝る前に部屋のカーテンをめいっぱい開けて、床に広げた帆布に青白い月の光をたっぷりそそいでやった。


 鳥かごの中でパサパサッと小さく羽ばたく音がした。インコのピーちゃんを起こしてしまったらしい。安眠をさまたげられて、ピーちゃんは空色の翼を広げてぼくに抗議した。

 黒いつぶらな瞳がぼくを見つめている。ケージの端をくちばしではさんでカタカタ鳴らす。


 ぼくは鳥かごの出入口を開けた。ピーちゃんはすんなりと外に出てきて、パタパタ羽ばたいてぼくの肩に止まった。と思うとすぐに飛び立って天井を一周してから、月の光をたたえた真白いキャンバスに優雅に舞い降りた。


 爪が帆布にひっかかってはたいへんだとあわててかけよると、羽づくろいしているピーちゃんの脚の下で秘密がはじまった。



 満月の青白い光に照らされて浮かび上がった絵は、やっぱり淡いピンク色をしていた。

 でも描かれていたのは女の人じゃなかった。


 ギザギザの線で囲まれた大小の円。三角やアメーバみたいな形もある。その周りを埋めるように点々と散らばった白いしぶき。

 淡いピンク色に光る細い糸が弧を描いて隣に並んだ円や三角を結んでいく。


 描かれた地図は

 惑星への旅

 夜にしか船出できない秘密の航路


 時間がきてしまったけど、今は寝ている場合じゃない。

 ぼくはベッドから毛布をつかんで頭からすっぽりかぶった。ついでに机の引き出しにしまっておいた金平糖も持ってきた。お母さんには内緒だ。小袋のヒモをほどいて、金色の一粒を口にほうりこむ。

 ピーちゃんは暖を求めておとなしくぼくのふところに収まった。ふわふわしている。ピーちゃんの方があったかい。



 地図の背景で転々と浮かぶ星々の瞬きが、小鳥のさえずりのようにパチパチときらめいた。


 あっ


 ぼくは思わず声を出した。

 キャンバスのはしっこから、ゆっくりと大きな船が泳いでくる。

 いや、ちがう、ピンク色のでっかい「くじら」だ。


 くじらはざぶざぶと星の海を泳いでいって、地図の真ん中を目指していた。

 ぼくはドキドキしながら二つ目の金平糖をつまんだ。けれど白い飴はポロっと手をすべってキャンバスに落ちてしまう。


 ちょうど真下にいたくじらが、なんと口を開けて金平糖を食べちゃった!

 面白かったので、二、三粒小袋から取り出してまたキャンバスにばらまいてみた。

 ピーちゃんが「ぼくも食べたい!」と羽をばたつかせた。


 じょうずに金平糖を呑み込んだ魚のお腹はピンクやレモン、ミントグリーンといったパステルカラーの光に彩られている。

 パステル・フィッシュは冒険の航路をまたがり、大きくうねりながら、だんだん身体が長~く伸びていって渦を巻き、宇宙の中心で虹の円を描く。ウロボロスの輪のように。


 虹色のへびは時の流れるようにぐるぐる回り、そして色がだんだん暗くなってきた。

 真白いキャンバスの中心に黒い円が生まれる。

 星も花もすべてを呑み込む真黒な入口。すぐそばで噴き出す赤いジェット。


 ピィーー!


 腕の中のピーちゃんが突然高い声で鳴いた。翼を広げてキャンバスへ飛び立ち、真っ直ぐにブラックホールへ近づいたとき、掃除機みたいに黒い穴へ吸い込まれていった!


 ぼくは金平糖の袋をほうり投げて、身を乗り出してキャンバスの宇宙をのぞきこんだ。

 ぼくも泣きそうになった。


 ピーちゃんがいなくなってしまった。

 助けに行かなくちゃ。


 パニックになりそうな頭で必死に深呼吸しながら、広い広い惑星の地図を見つめていた。


 ピーちゃんが飛んでいったときに羽根が一枚抜け落ちたらしい。


 キャンバスのすみっこに描かれた小さな六角形の星。月明かりにほの青く光るふわふわの羽根が、冒険のはじまりの場所をしめしていた。

 近くに小さな船がとまっていた。星の海を渡る銀色の船だ。


 ぼくは迷うことなく顔を上げて、こぼれた飴玉を小袋にしまった。

 机に置いた時計をたしかめる。日の出までにまにあうかな?


 立ち上がって、プールに飛び込むときのようにグッと息を止めた。

 勢いよくジャンプする!



 妖精のくれたふしぎなキャンバスに吸い込まれたぼくは、小さな宇宙船にひろわれて友達を探す旅をはじめることになった。

 船の進路は一枚の青い羽根が教えてくれる。

 持っていった金平糖は、船のクルーが「星の花だ!」と言ってとてもよろこんでくれた。





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