第46話 1フレームの真実

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 リョウコの展示会から一週間後の土曜日。

 おれは島を出て本土にある県立陸上競技場へとやってきていた。というのも、駅伝大会に出場するマコトの妹、ハルナを応援するためだ。

 当然ながらマコトも彼女の応援に駆け付けていた。そう、おれはマコトと一緒に島外まで出かけているのだ。これはもう驚くべき事態だ。


 なぜ、そんなことになったのか。

 実は、リョウコはハルナの通う名瀬高校の記録写真の仕事を受けていて、今回、おれを助手として連れていくことを了承してもらったというのだ。

 要するに、おれはマコトと二人で出かけたのではなく、リョウコと一緒に仕事に来ているのだ。

 しかし、リョウコは現地に着くと、おれには「ハルちゃんをしっかり応援してあげてね」といって、自分ひとりで撮影の仕事を始めた。その結果、おれとマコトが二人でハルナの応援をすることになった、というわけだ。

 もっとも、このあとはおれが、リョウコを各中継所へと送るが待っている。リョウコはマコトとの時間を今回のにしたかったらしい。

 

 結局、あの写真展のあともマコトが心配していたようなことはまったく起こらず、ハルナは予定通りにこの駅伝大会の第一走者として出場することになった。

 開会式前に各高校の選手たちがフィールド内でウォーミングアップを行っている様子を、おれは観客席の最前列で見ていた。

 おれのすぐそばにマコトが並んで、おれと同じように手すりに身を預けながら、しばらく無言でその様子を眺めていた。

 やがて、彼女はぼんやりとフィールドに視線を漂わせたまま独り言のようにつぶやいた。


「どうして、アキオさんはみんなに嘘をついてまで、わたしのことをかばったんですか?」


 マコトがいっているのは、おれが写真展の手伝いに来た連中に「写真を汚したり脅迫状を出した犯人はわからなかった」といったことと「リョウコが前の日にマコトと夜更かしをしすぎて寝坊をした」と、嘘をついたことだろう。


「メンバーの中にはワタルがいただろう? あいつは曲がりなりにも警察官だ。包み隠さずにすべての真実を告げて、万が一にもマコトが逮捕されることがあったら困ると思っただけだ」

「困る……どうしてですか?」

「毎朝コーヒーが飲めなくなる」


 おれがそういうと、マコトはおれを見て意外そうに大きく目を開き、そのあとすぐに肩を震わせてくすくすと笑い出した。


「そんな小さな理由で、わたしをかばったんですか?」

「おれにとってみたら大問題だ」


 大げさに手を広げてアピールすると、マコトは柔らかに目を細め、その唇をほんの少し持ち上げた。


「わたし、アキオさんのために毎日コーヒーを淹れてもいいと思ってますよ」


 毎日コーヒーを、おれのために。それって……いつも通りだよな? おれは首をわずかに傾げる。ふたたびマコトは小さく肩を揺らして笑うと、すこしだけ真面目な表情になった。


「どうしてアキオさんはわたしがリョウコちゃんを監禁したことを、ひとことも責めなかったんですか? 普通ならあんな卑怯なことをしたらみんな怒ると思います」

「おれは今回の事件では、リョウコが悪意の標的になっているとは思えなかったんだ。リョウコがこの島にきて駆け出しの頃にはずいぶん苦労もしたそうだ。島の人が島外出身者に仕事を取られると思ったんだろうな。

 もし、あの脅迫事件や監禁事件が彼女に対する反対勢力の仕業だったらおれは徹底的に戦ったかもしれない。でも、今回おれがこの事件から悪意を感じなかったのは、マコトがリョウコをあしびばに監禁したというまさにそのことだったんだ。もし悪意による事件ならば、リョウコが写真展を台無しにされて落ち込む姿を近くで見たがるはずだ。でもマコトは見せたくなかったんじゃないのか。あのシミだらけになった写真をリョウコに。だからあしびばに足止めした」


 おれの言葉にマコトはやり場のない悔しさのようなものを滲ませて、かすかに声を震わせた。


「ほかに、やり方なんていくらでもあったのに……どうしてわたしは最悪手を選んでしまったんでしょうね……」


 そうでもないのかもしれない、とおれは思う。マコトとリョウコはほんの少しだけ気持ちのずれがあっただけで、お互いが強い思いで結ばれたもの同士だと、二人を見ていて感じていた。だからこそ、結果的にはマコトの思いはリョウコにもちゃんと届いたんだと思う。

 だって、リョウコは自らの作品であるあの写真のタイトルやキャプションを変更することに、なんの躊躇もなかったんだから。

 マコトは華々しい活躍をしていたリョウコに、ほんの少しだけ気後れしたに過ぎない、おれは勝手にそう思っている。


 そのとき、スタンドの下のほうから「お姉ちゃん!」と呼ぶ大きな声がおれたちのもとに届いた。見れば、トラック上で名瀬高校のチームカラーでもある、青いユニフォーム姿のハルナが手を振っていた。いつもの彼女とは別人かと思えるほど、その顔には気力がみなぎっていて、もう走りたくてたまらないという気持ちが、ここからでも見てとれるほどに溢れまくっていた。


「ハルちゃん、頑張って!」


 マコトも負けじと大声で返して手を振った。嬉しそうにうなずくハルナのそばに、今度は別の色のユニフォームを着た一人の女子選手が近づいて呼びかけた。


「ハルナ!」

「マリカ!」


 マリカと呼ばれた彼女は、あのムカデ競争で足を負傷したという海晴北かいせいきた高校の選手だった。ハルナはマリカをみると少しだけ心配するような目をむける。


「マリカ、足はもう大丈夫?」

「うん全然平気。まあ、今日は結局控えだけどね。でも、あたしたちは、名瀬高にもほかの高校にも負けないよ! あたしが出なくても、他の部員はあたしよりももっと速いんだから!」


 自信たっぷりにマリカはいう。それを聞いたハルナは眼光をますます強めていい返した。


「私だって、この日のために必死に練習してきた。だから負けない。海晴北にも、ほかの高校にも」


 ハルナがそういうと、マリカはハルナに右手を差し出した。


「あたし、次の計測会ではほかのだれよりもいいタイムを出す。そして今度こそ、ハルナと勝負する」


 ハルナはうなずいて、彼女の右手を握る。そして、どちらからともなく相手の体を抱き、強めのハグをしてお互いの健闘を称えあった。

 そのとき、グラウンドに軽やかなシャッター音が鳴り渡った。

 撮影係の腕章をつけたリョウコが二人の抱擁をレンズに収めていた。

 この写真もいつかどこかで、だれかの目に触れることになるだろう。

 そのときおれはきっとこう思うはずだ。このたった一枚の写真の中にある真実の物語をこの目で見たんだ、ってね。


 やがて開会式が執りおこなわれた後、ハルナを含めた第一走者たちが点呼されてトラック上にならんだ。

 乳白色の薄い雲を通した日差しの中にスタートの号砲が高らかに鳴り響いた。

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元・超人気バンドのメンバーだったけど、訳あって南の島でなんでも屋を始めました 麓清 @6shin

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