第45話 リョウコの手伝い料
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「探しましたよ、アキオさん」
光の中でリョウコは微笑んだ。整った眉と切れ長の目元、その魅惑的な美しさにおれは返事をすることも忘れて、ただぼうっと見つめることしかできなかった。
「今回はアキオさんのおかげで無事に写真展を終えることができました。本当にありがとうございました」
おれは軽く頭を掻く。まさか脅迫状を送りつけた相手がコウジだったとは、さすがにリョウコも思わなかっただろう。もっとも、それすらこのイベントを成功させるためのやつの奥の手だったわけだけれど。
「それでわたし、まだアキオさんに手伝い料をお渡ししてなかったから、そのことでアキオさんを探していたの」
「そうだったんだ。悪かったな。ちょっとコウジと込み入った話があったからさ。ここじゃ寒いし、いったん会場に戻ろうか」
「いえ、ここで」
そういってリョウコはこの場を離れようとしたおれの腕をつかんで引き留める。
突然のことにおれの心臓がとくんと強く鼓動を刻む。
彼女はつかんでいた腕をそっと離すと、ジャケットのポケットから手帳を取り出し、挟んであった小さな紙片をおれに差し出した。それを受け取ったおれは、一瞬それがなんなのかを理解できずに、眉をひそめていた。
「この写真、クリスマスに寄港した巨大クルーズ船の歓迎セレモニーか?」
「はい。ちょうど、地元の名瀬高校の子たちが歓迎レセプションで島唄を披露しているところです」
そこに写るのは巨大客船を前に島唄を歌う四人の女子高生で、全員がハルナと同じ制服を着ていた。
「みんな美少女だ。でも、手伝い料が女子高生ってのはさすがにやばいよ」
「もう、違いますよ。女子高生じゃなくて、乗客の一団の前列に写っている女性です」
そういわれておれは写真が良く見えるように、スマホをとりだしてその画面の明かりを写真に近づけた。その最前列にならぶ顔をひとつひとつ見ていき、おれははっと息をのんだ。
「ここに写っているのって……」
「確証はありません。でも、そこに写っている乗客は
おれはもう一度写真に目をむけた。島唄を歌う彼女たちを取り囲むようにして見物している乗客たちの中、楽しそうに笑う一人の女性。それは、おれがずっと彼女の真横で見てきた、そして、あの日に永遠に失ったと思っていたユイの笑顔だった。こみ上げる嬉しさと、胸が締め付けられるような苦しさが一緒くたになった声でおれはいう。
「ああ、ユイだ。毎日一緒に音楽やっていたおれがいうんだ、間違いない」
「わたしが教えられることは彼女があのクルーズ船に乗っていたということだけ。彼女が誰と一緒だったのか、どこに住んでいるのか、そんなことまではわかりません。その写真はアキオさんにとってはなんの役にもたたないものかもしれません」
「そんなことはないよ。少なくとも、おれには二つのことがわかった。一つはユイが生きているということ、そしてもう一つは、ユイがまた笑えるようになっているってことだ。それがわかっただけでもこれまでの空白の時間を大きく埋めることができた。ありがとう」
おれが礼をいうと、リョウコは途端にその涼しげな眼に、鋭い光を灯らせておれの顔を真正面から見つめてきた。
「もし、ユイちゃんの記憶も声も戻っていて、もう一度歌を歌えるようになっていたとしたら、アキオさんはまたユイちゃんと一緒に音楽をやりたいと思いますか?」
その質問の真意はおれにはわからなかった。
彼女と音楽をやりたいかといわれたらもちろんやりたい。けれど、おれはもうプロとして音楽の世界ではやっていけないだろう。そうするにはおれは音楽から離れすぎていたからだ。
停泊していた船の汽笛がなって、おれの思考を中断する。
「戻りましょう、あんまり遅くなると、みんなが勘繰りますよ」
リョウコは意地悪な笑みを浮かべて小走りにホテルへむけて駆け戻っていた。
けれど、おれは手にした写真をぼんやりと眺めたまま、その場を動けずにいた。
ユイが、この島を訪れていたのだ。そして、おれもそのすぐ近くにいた。このわずかなすれ違いは、この先少しずつ近づいていくのだろうか。それとも、この交わりを最後に永遠に離れていく二本の直線なのだろうか。
そんなあてどもない思考の迷路をさまよって、宴会場へと戻ったのはそれからさらに二十分以上も後になってからだった。
当然ながら、パーティの料理はあらかた食い尽くされたあとだった。
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