たかしのメッセージオーバーフロー

ちびまるフォイ

たかしの心はトークルームに残らない

「生まれましたよ! 元気な男の子です!」


助産師が取り上げた男の赤ちゃんは大きな産声を上げていた。

両親は幸せいっぱいで我が子を抱き上げる。


「見て。あなた。目元がそっくり」

「それじゃ、早くやらないとな」


「「 プロフィール登録 」」


両親は赤ちゃんが産声を上げまくっているその横で、

赤ちゃんの名前を姓名判断サイトで診断し、

生まれた日と時刻を診断し、はじき出された内容をアカウントのプロフィールに登録する。


「この子、将来すごく偉い人になるって結果に出ているわ」

「これは楽しみだな」


ふたりは幸せそうに我が子のプロフィールを見つめていた。

ついでに泣きつかれて眠った赤ちゃんの写真を取ってアカウントの画像にした。



数年後、たかしはプロフィールや性格傾向をもとに自動選別された学校へと入学した。


「みなさん、ご入学おめでとうございます」


教室でははじめてのクラスメートがいて、担任の先生が挨拶をしている。


「では、スマホを取り出してください」


クラスメート含めた全員が机の中からスマホを取り出した。


「黒板に書かれているQRコードを読み取って、

 クラスのトークルームに入ってください。

 学校からの連絡や、さまざまな悩み相談はここで行います」


たかしは遅れながらも必死に登録した。

このデジタル全盛期の時代であってもたかしは外で遊ぶのが好きな活発な子だった。


「あと、みんなに知られたくない悩みがある人は

 こっちの先生ホットライン用のトークルームに入ってください」


たかしは一応招待されたトークルームにも入った。

すでにスマホの中はトークルームだらけで、毎日読みきれないほどのメッセージが流星群のように飛び交っている。


休み時間に入ると、クラスメートとの連絡先交換タイムがはじまった。


「ねぇ、友達登録してよ」


「あ、うん、もちろん」


友達登録を依頼することが「あなたと友達になりたいです」のアピールも兼ねている。

いまや友達になってから登録するのではなく、登録してから友達になるのが通常。


今は別に友達になりたくなくても、後から友達になるかもしれないので

1対1の連絡先交換はクラスメート全員と行うことになった。


クラス全員が入っているトークルームもあって、なおかつ個々人とのトークルームも人数分できあがる。


学校から帰ってくると、たかしはぐったりと疲れていた。


「ただいま……」


1階にいる母はイヤホンで音楽を聞きながら、楽しそうに子猫の動画を見ていた。

たかしは2階に行ってベッドに倒れ込んだ。


母との個別トークルームにメッセージが投稿される。


>もう帰ってるの? (母


>帰ってるよ


>学校はどうだった? (母


>なんかすごく疲れた


>そんなわけないでしょう

 あなたの性格と傾向に合わせた学校なのよ (母



たかしはスマホをベッドの端っこへ投げてしまった。


ただでさえ雨粒よりも多い量のメッセージのやりとりを学校で行っていて、

そのうえ帰ってからもメッセージをやり取りしなくちゃいけないなんて面倒すぎた。



>ちょっと? (母


>なんで返信しないの? (母


>なにかあったの? (母


>言ってくれないとわからないわよ (母


>なんでも言い合えるようにこうしてトークルームを作ったのに (母



連投されるメッセージにたかしはうんざりしてしまった。

ますます面倒になりシカトしていると、今度は父親からのメッセージが届いた。



>お前、母さんのトーク見ろ。母さん心配しているぞ (父



「母さんが父さんに連絡したんだな……」


きっと"あなたからも何かいってよ!"と母に詰め寄られた父がノルマ達成とばかりに送ったのだろう。

父親とのプライベートトークルームもますます返信しにくくなる。


>母さんに相談できないことか? (父


>どうしてなにも話さないんだ (父


>伝えてくれなくちゃわからないだろう (父


たかしは今の気持ちをどう言葉にしていいか悩んでしまった。


"いちいちメッセージやりとりするのに疲れたので放って置いてくださいませ。私には静かなる時間が必要なんです。"

と正直に書いても「なぜ?」「どうして?」と聞かれてしまい疲れそうだ。


かといって"うるさい黙れ、バカ両親"などと罵倒すれば今度は反抗期だなんだと大騒ぎ。

両親のトークは止まっても、担任のトークルームからガチメッセージが届く結果になりかねない。


「ああもう本当にめんどうだ!」


たかしはたまらなくなって、外に出た。

スマホは部屋に置きっぱなしだ。


たかしは困ったときはいつも外に出ていた。

外は静かでなにも邪魔が入ることはない。


大好きな漫画をスマホで見ているときに返事を促すようなメッセージが邪魔することもない。

さぁ寝ようかというときに、長文のメッセージで相談されることもない。


あらゆるつながりから解放された場所が外だった。


公園にいくと、みんなが公園wifiを使って楽しそうに時間を過ごしている。

話し声ひとつしない。風が吹く音だけが聞こえていた。


たかしは唯一残されている遊具に手をかけて遊び始めた。


そのとき。公園近くでやっていたガス管工事で事故があり、大きな爆発が起きた。


「うわっ!!」


たかしは音に驚いて足を滑らせた。

爆発の影響で一時的に停電となってしまう。


停電は1時間ほどで復旧した。


復旧からしばらくして救急隊が公園にかけつけた。


「通報トークを送った公園はこちらですね」


停電の影響で一時トークが送れない状況だった。

復旧してから近くで見ていた人のトークが送信されて、救急隊員がすっ飛んできた。


「あ、あれは……!」


到着したときにはすでに遅かった。

救急隊員はスマホを取り出すとメッセージを送信した。




まもなく、両親のもとへ自分の息子が遊具に頭がはさまってしまい

首吊り状態のまま息を引き取ったということが通報者が提供した写真付きのメッセージで届いた。


>あなた、たかしが……! (母


>なんてことだ。もし近くにいていれば、こんなことには……! (父


ふたりはふたりのトークルームで悲しみのメッセージを送りあった。

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