鏡の独言 ~ The magical mirror monologue ~

シナ(仮名 シナ)

鏡の独言 ~ The magical mirror monologue ~



 君は『白雪姫』を知っているかい?



 そう、雪のように白いその美しさを妬まれて、継母であるお妃さまに命を狙われ、7人の小人の住む森に逃げ、挙句の果てには毒の林檎まで食べさせられた、あの『白雪姫』さ。


 まあ、そんなふうに苦労をした彼女も、隣国の王子のキスで目が覚めて、今は隣国に渡って、王子と幸せに暮らしているんだけどね……。





 話を戻そう。


『白雪姫』を知っている君は、きっとこの台詞セリフも聞いたことがあるだろう。



「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰?」



 僕は『鏡』。

 そう、あの『白雪姫』の魔法の鏡。

 僕の主は白雪姫の継母、魔女のお妃さま。

 主の見たいものを映し出し、主の問いに全て真実でもって応える。

 それが本来あるべきの僕の仕事、僕に与えられた正しい役割だ。


 そう、本来なら……ね。



 僕は罪を犯した。

 もう誰も許してくれる人がいない。

 本当に些細なきっかけの、大きな大きな僕の罪だ。





 『世界で一番美しくあること』






 それが自身の生きる全てであった彼女は、前の王妃様が病気で亡くなった後、その『美しさ』によって、国民に向けて善き王であることを示す為、一刻も早くの妃が欲しい国王様の『お妃さま』、つまり白雪姫の継母になった。


 彼女がお妃さまになる武器は『美しさ』ただ一つ。

 それ以外は何も持っていなかった。




 身分も爵位も、金もコネもなんにもない。




 魔法があるじゃないかって?

 あんなもの、この国では役に立たないどころか、人から訝しげな眼差しを向けられるし、厄介事しか持ってこない。

 彼女は、自身が魔女であることや、魔法の鏡である僕のことも誰にも言わなかった。


 長い時間の中で、誰も彼も、国王様ですら忘れ去ってしまった、お妃さまの隠し部屋、彼女はそこにひっそりと秘密の全てを隠した。

 その頃は僕も布を掛けられて、静かに眠りに着いていたし、きっとこのままずっと隠されるんだと思っていたんだ。



 まあ、とんだ間違いだったわけだけどね。



 無事に彼女がお妃さまになってしばらく経つと、国王様はお妃さまに目を留めなくなった。




 この頃からだ。

 僕と彼女のあの問答、彼女のあの問いかけが始まったのは。


 ある日のことだ。

 彼女が突然、僕の元に1人でやってきて、僕に掛けてあった布を取り払った。


 驚いたよ。

 だって僕は、もう日の目をみることは無いと思っていたからね。


 そして、彼女は虚げな顔に、妙に愛おしげな表情を浮かべて目を細め、僕の銀色の縁を細い指で撫でながらこう聞いてきた。



「ああ、鏡よ鏡。この世の全てを写し出す、世界に一つの魔法の鏡。この世で1番美しいのは、誰かしら」



 僕は迷わずに彼女に答えた。



「それはお妃さま、お妃さまがこの世で1番美しい」



 僕のそのたった一言。

 それを聞いた瞬間、彼女の目に光が宿った。


「そう、そうよね。私が一番美しいのだわ」


 彼女の声は弾んでいた。



 僕は確信した。

 ああ、これは彼女にとって良いことだと。



 こんな古びて埃をかぶった僕でも、彼女の喜びになることが出来る。



 僕にはそのことが、とてもとても嬉しかった。



 次の日から、

 僕は来る日も来る日も、全く変わることがない彼女の問いに答え続けた。



 国王様が病気で死んだ後も、家臣たちがお妃さまを使って傀儡政治を始めた後も。






 でも、繰り返し繰り返し答えていくうちに僕は気づいてしまった。



 彼女がを見ていないという事に。



 それはそうだ、彼女の欲しいものは変わることがない。

 彼女が欲しいものは「この世で一番美しい」と言ってくれるもの、その言葉だ。

 僕の存在や想いなんて、彼女には必要なかった。



 今にして思えば、その答えはすぐに出てくる。



 でも、当時の僕はわがままだったんだ。





 彼女が僕の方を見てくれない、そのことがとてつもなく哀しくて、嫌で、そのことが許せなかった。


 だからそれは、彼女に対する僕の小さな意地悪のつもりだったんだ。




 あの日。

 彼女が僕に尋ねてきたいつもの問いに『 白雪姫、白雪姫がこの世で1番美しい 』そう、答えたのは……。


 僕の答えを聞いた彼女は、怒りと憎しみで酷く錯乱した。


 僕はほくそ笑んだ。

 それはもう、これまでにない程に清々して、嬉しくて、快感で!!


 彼女にとって僕の言葉はこんなにも重要だったんだ!

 彼女の中の僕の存在はこんなにも大きなものだったんだ!、と。

 


 でも、僕はこのことを後悔することになる。

 異変はすぐに現れた。




 あれだけ毎日僕の所にやって来たお妃さまがやって来なくなった。


 僕は不審に思ったが、『きっと僕の言葉がそれだけショックだったのだろう』と、『次来たら、貴女が美しい』と言えばいいのだと楽観した考えでいた。



 まさか彼女があんな恐ろしいことをしでかすなんて思ってなかったから。



 再び、彼女が僕の前に姿を現したのは数日後のこと。


 何故か彼女はゾクリとするほど、晴れやかな表情をしていた。

 彼女の表情の理由わけを知ったのはその直ぐ後だった。


「ああ、鏡よ鏡。この世の全てを写し出す、世界に一つの魔法の鏡。この世で1番美しいのは、誰かしら」



 僕は鏡。

 世の中を見渡す『魔法の鏡』。


 だから、

 問われたその瞬間に、僕は彼女のした事を理解した。



 お話通り、彼女は白雪姫を殺してその心臓を持ち帰るように狩人に言っていたんだ。

 その時、初めて気が付いた。

 僕は彼女のことを、彼女のたった一つ、「美しいこと」への信念を見誤っていたのだと。



 しかしもう遅い。



 僕は鏡。

 主の問いに真実で応える『魔法の鏡』。



 裏を返せば、僕は真実しか話せない。


「それは白雪姫、森の小人の家にいる白雪姫がこの世で1番美しい」

「なんですって!? あの子は死んだはずッ……あの狩人だましたのね!!」


 僕の言葉を聞いた途端、キッと顔を歪めるとカツカツと苛立たし気な足音を立てながら部屋を後にした。


 そして彼女は毒リンゴを作り、自身の身を老婆に変えて小人の家へと向かって行った。


 僕は止められなかった。

 それどころか、鏡から出られない僕は鏡の中から見ているだけしかなかった。

 彼女の手が憎悪と嫌悪から生まれた罪で汚れていくことを。

 僕の罪が僕の手の中から離れて、勝手に膨らんで僕を蝕んでいくその様子を。

 


 結局、彼女の目論見は失敗に終わった。

 彼女が毒リンゴで殺そうとした白雪姫は隣国の王子に救われたし。

 彼女は隣国から引き渡しの要求を受けた自分の国の臣下に裏切られた。

 彼女は連れてこられた隣国の大広間で真っ赤に焼けた鉄の上履きを履かされ踊らされた。


 彼女の足は肉の焦げたにおいを放ち、痛みでは済まない大火傷を負うが、彼女の中の魔法の力は傷ついた彼女の身を勝手に治してしまう。

 泣いても、叫んでも、嗤っても、怒っても、苦しんでも、嘆いても、呪いの言葉をぶちまけても、許しを請いても、もう感情が空っぽになって壊れてしまっても、誰一人として彼女を救おうとする人間はいなかった。


 彼女は魔法の力が尽きるまで三日三晩、その靴を履いて大広間で踊り狂っていた。

 もうその頃には、大広間には誰もいなかった。


 心身ともに傷ついた彼女は静かな大広間の鏡にもたれかかるようにして力尽きた。

 僕はその時、にいた。









 僕は決めたんだ。

 貴女が許してくれるまで、僕は貴女をかがみの中に引き込むことに。

 貴女が傷つかないように、貴女を僕の中で守ってあげられるように。

 貴女がもう何処にも行ってしまわないように。









 ねぇ、お妃さま。

 どうか僕を、僕の罪を許さないで許して










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