第4話 テケレッツノパー

「ねぇ、ケンジロウ。誕生日ケーキは買わなくていいからね」


「どうして? 今日はミカちゃんの誕生日だし、生まれてくる子どもの出産予定日だよ。予定通りに生まれたら2人が同じ誕生日になるなんて素敵じゃん。誕生日ケーキでお祝いしたいよ」


「だって、今日から産婦人科の病院で入院しているんだよ。ここでロウソクを何本も立てて、フゥーって消せないよ。それに出産直後に誕生日ケーキを食べられるほどの食欲があるかどうかわからないから」


「そっか。じゃあ、ホールケーキじゃなくて苺のショートケーキを買ってくるね。もし、ミカちゃんが食べられなかったら僕が食べるから。僕がケーキを食べたいんだよ」


「わかった。ケンジロウありがとう。大好きだよ」


「うん。ミカちゃん大好きだよ。じゃあ買ってくる。またね」


「気をつけて行ってきてね」


「うん。あっ、生まれそうになったらすぐに連絡してね! 急いで戻ってくるから」


「わかった。すぐに連絡するね」


「じゃあ、またねー!」



 ケンジロウを見送った後、ミカは急な眠気に襲われて目を閉じました。


 ミカが目を開けた時、ミカの足元に死神が居ることがわかりました。



『久しぶりだな。ワシを覚えているか?』


「どうして、あの時の死神がここにいるの?」


『お前を呪ってやると言っただろ』


「呪いってどういうこと? 足元に居るなら呪文を唱えれば助かるんだから」


『なら、その呪文を唱えてみろよ』


「言われなくても死神を追い払うんだから! アジャラカモクレン、イキテイレバナントカナルヨ、テケレッツノパー!」


『アハハッ! お前にワシは追い払えん』


「呪文を唱えたのにどうして……」


『ワシが居る場所をよく見てみろ』


「私の足元……。いや、足の付け根の辺り、えっ、まさかお腹……」


『ワシはお前の赤ん坊の死神だ』


「そんな……」


『呪ってやると言っただろ。お前が1番苦しむのは赤ん坊だ。この赤ん坊の命の火はもうすぐ消える』


「お願いだから、それだけはやめて! 私はどうなっても良いから、お腹の子だけは助けて!」


『アハハッ! どれだけ泣き叫んだとしても運命は変えられないぞ。これは呪いだ』


「私の命の火を、このお腹の子の消えかかっている命の火に移して……。死神の狙いは私なんでしょ? この子は関係ない!」


『アハハッ! 命の火を移すだって? そんなことをしたらお前の命の火は消えるぞ』


「それでお腹の子が助かるなら……」


『アハハッ! 人間って面白い。母親は強いんだな』


「お願い……。お腹の子の命の火が消える前に早く移して……」


『お望み通り、赤ん坊に移してやる。お前の命の火は消える。ほら』


「あぁ、消える……」

















「ミカちゃーん。ケーキ買ってきたよ」


「……」


「ミカちゃんどうしたの? 大丈夫?」


「……私は生きているの?」


「急にミカちゃん何言ってるの? 寝ぼけてるの?」


「私が生きているってことは……。お腹の子は!」


「いきなり大声出してどうしたの?」


「お腹の子はどうなったの! ねぇ無事なの? ケンジロウ何か言ってよ!」


「ミカちゃん本当にどうしたの? 顔色が悪いよ」


「お腹の子を死神が連れて行こうとしていたの……。死神が! ねぇケンジロウ、ここに居た死神はどこに行ったの!」


「ミカちゃん落ち着いてよ。ごめん。死神って何のことを言ってるのかわからないよ……」


「さっきまで死神がここに居たの!」


「死神は……、今は居ないよ。ミカちゃんには僕がついているからね。さっき看護師さんが来てさ、『子宮口しきゅうこうが開いてきているから、もう少しですね』って言っていたよ。ミカちゃん覚えてないの?」


「……お腹の子は無事なの?」


「うん。ほら、お腹を触ってごらん。元気に動いてるよ。心配いらないよ。大丈夫だからね」


「あぁ、(鼓動が) 聞こえる……」


「ミカちゃんの傍には僕が居るからさ、これからも一緒に乗り越えていこうよ。もし運命っていう呪いがあるとしても、そんなの変えられるよ。僕はそう信じているから」


「ケンジロウありがとう……」


「あっ、ミカちゃんに謝らないといけないことがあって」


「謝らないといけないこと?」


「勝手に、お腹の子の名前を決めちゃった」


「そんなのケンジロウが考えた名前なら何でも良いよ」


「いや、それがさ、僕が考えたんじゃないんだよね」


「えっ? どういうこと?」


「ケーキを買って病院に向かっている時に、天使と出会ったんだよ」


「あっ、天使!」


「前にさ、ミカちゃんと結婚して家族になった時に天使の羽の写真を見せてくれたじゃん。だから、天使のモフモフの羽を見てすぐに天使だって信じたよ」


「あの写真ね!」


「天使が『生まれてくる子どもの名付け親になりたいです』って言うから」


「それで天使に名付けてもらったんだね」


「うん」


「それは良いんだけど、いざっていう時に私を助けてくれるって天使と約束していたのに、私が死神に襲われている時に、ケンジロウと会っていたなんて」


「あー、ひょっとしたら、天使がミカちゃんとお腹の子を助けてくれたのかもしれないね」


「えっ、どういうこと?」


「名付け親になる条件を出したんだよね」


「ケンジロウはどんな条件を出したの?」


「もうすぐ出産だから、『母子ともに健康なことが条件』だって言ったんだ」





 今日も、人には見えない死神が誰かの元を訪れているかもしれません。でも、そんな時はきっと心の中で呪文を唱えて死神を何度も何度も追い払っているはずです。あなたの元にも天使が訪れますように。



「アジャラカモクレン、イキテイレバナントカナルヨ、テケレッツノパー!」



 おわり

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『天使の名付け親』 横山 睦 (むつみ) @Mutsumi_0105

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