住宅展示場で手品をしたときの話(完)

 これで、住宅展示場でマジックをしたときの話は終わりです。

 さいごまで読んでくださった方たちに感謝します。


 最後に、はっきりと、一つだけ言えることがあります。


 それは、大好きなマジックをしてお金をもらうということは、本当にハッピーなことです。


 でも、それと引き換えに何かを失ってしまったような気もするのです。

 好きなことを仕事にしたときに生じるプレッシャーによって、その比重の分だけ、自分の魂が持っていかれてしまうような気がするのです。


 プロとはそういうものだ。


 と、自分に言い聞かせられる人は、この先もその仕事を稼業としてこなしていけると思います。


 そして「飯を食うために、この仕事をしている」と、確信できるようになれば、ある日を境に、


「あの頃、おれは若かった」


 と、プロを夢見る若者に対して、遠い目をしながら語るようになるのかもしれません。


 仕事上がりに居酒屋で、酒を飲みながら、夢見る若者に「プロってそんな甘いもんじゃないよ」と、昔語りをして、かつての自分の姿に想いを馳せながら、現在の自分が仕事でマジックをしているということに満足する。

 きっとそれは、社会的には正しいです。

 大人としては、正しい姿です。


 だが、そんなのわたしは認めない。


 そうやって死んでいくのは嫌だ。生活するためだけに、飯を食うためだけに、魂を棄ててしまうのは嫌だ。それは、死ぬことよりも怖い。

 わたしは飯を食うためだけに生きているのではない。

 もし、わたしが明日事故や病気で死ぬという運命が決まっていたら、『昨日まで飯を食うためにしていた仕事』に、一体何の価値が見いだせるのか?


 などと思いつつ、そういった切羽詰まった真剣な生き方を、わたしはできていません。

 ぜんぜん、できない。


 だって、今のわたしは、とってもハッピーだからです。

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住宅展示場で手品をしたときの話 アリス @kusopon

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