ちょっとだけの続きの話(少し長くなりました)

「え、どうして……?」


 綾香の瞳が、一颯を捉えて揺れている。


「悪いな。もう決まったことだ」


 向き合って座る二人の間には、いつもの長机と、その上に置かれた一枚の紙。


「お願い……お願いだから、考え直して? 私に悪い所があったなら直すから。私に出来ることがあるなら何でもやるからっ」


 机に乗り上げるようにして、綾香が懇願してくる。目に涙を溜め、声が僅かに掠れていた。


「そうじゃない。俺がお前の友人なのは変わらない。ただ、部からは居なくなってもらう。それだけだ」


「だからどうして? どうして私は第二研を辞めなきゃきけないの?」


 一颯は数瞬、黙った後、


「先日、江藤先生が亡くなられたという話は聞いたな?」

「うん」


「この部が今までやってこられたのは、顧問だった江藤先生の力に依るところが大きい。だから、これからこの第二魔道具研究部は、様々な面倒ごとに巻き込まれることになる。が、その際、この部に入って間もないお前の存在は弱みになる恐れがある」


「……私が足手まといってこと?」

「端的に言えばそういうことだ」


 綾香が絶句する。俯いた瞬間、一筋、涙が頬を伝った。


「部が安定したら、また戻ってくればいい。さ、退部届、書いちゃってくれ。提出は俺の方でやっておくから」

「…………うん……」


 綾香は書類を書き上げ、肩を落としながら、部室を後にした。

 

「……」


 綾香の後ろ姿を見送った一颯は、未来を思考する。


 今、自らが多々吐いた嘘の行く末。


 昨日の記憶がすっかり無くなって精神安定した佐斗。


 中心人物が欠けたまま十一月祭を迎えるクラス。


 問題は山積み。


 だからこそ、付け入る隙があるのだ。





 

 とあるビル街の路地裏では、今まさに、小さなが行われようとしていた。


「おい、お前。止まれ」


 厳かにそう口にした男は、標的の背目掛け銃口を持ち上げた。月の光に、その黒い銃身がぼんやりと浮かび上がる。


「……ああ?」


 男の5メートル先、痩せぎすのソレが立ち止まった。


「振り向くな。黙って両手を挙げろ」

「何だ、てめぇ」

「振り向くなと言っているだろう!」


 男の制止を聞かず、ソレは首だけ捻って薄ら笑いを浮かべた顔を男に向ける。はらりと髪が流れ、黒く濁った瞳を覆い隠した。


「っ……!」


 意識せず、グリップを握る男の手に力が入る。


「ああ、拳銃か。おいおーい、そんなもん俺に向けて、どうしようってんだ?」


 ソレはちらりと白い歯を覗かせて、面白がるようにそう言った。敵意も殺意も何も感じられないその様子に、しかし、男の緊張は一切緩まない。


「お前を拘束する。大人しくしていれば、危害は加えない」

「クハッ、危害だって? そういうのはなぁ、この場を支配してる奴の言葉だぜ?」

「……何?」

「気付いてねぇか? クハッ、そりゃあそうだよなぁ。お前ら人間に、俺たちのことなんか理解できるわけがねぇ。お前がいるそこが、だってことにすら気付かねぇくらいだもんなぁ」


 ケラケラと嘲笑を止めないソレは、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、男から視線を外す。

 次の瞬間、ソレの口から魔法の言葉が紡がれた。


「——魔力、励起状態へ移行」


 と同時に、ぼやっとした白色光を帯び始めるソレの体。それまで薄笑い程度だった口が、引き裂けるように三日月状に開かれていく。

 直後、辺りに響く、銃声と金属音にも似た甲高い音。


「……ってえな。てめぇ、無抵抗の奴の脳天に鉛ぶちかますかよ、普通よお。クハッ、これだから権力持ちってのは、腹が立つんだよなあ!」


 腹が立つ。その言葉とは裏腹に、男に正対したソレの顔は、爛々と輝かんばかりの笑顔だ。


「……なんでだ」

「ああ? てめぇ、謝罪くらいすんのが——」

「なんで平然としてられるんだ!」


 男の持つ拳銃が細かく揺れている。表情は既に恐怖に染まり、今にも膝から崩れ落ちてしまいそう。


「ああ? 何だてめぇ、マジで何も知らずに、俺にそんなおもちゃ向けてたのかよ?」


 その問いに、男は答えられない。


「クハッ、ま、いい。それなら―—」


 ソレが纏っていた光が、次第に足元、アスファルトで舗装された道路にまで広がり、覆っていく。


「それなら―—さっさとその席寄越せぇぇぇぇぇえええええええ!」


 男は、男の足元の地面より生えてきた十の黒槍により全身を貫かれ、絶命した。




「おい」

「……ああ? 今度はなん―—」


 背後から掛けられた声に、気怠そうソレは振り向く。


「ああ、王様じゃねぇか」


 振り向いた先にいたのは、パーカー姿の一人の少年。

 彼は無感動に、磔にされ絶命する一人の男を見ていた。


「それ、どうするんだ」

「そりゃあ、食うに決まってんだろ? こんなもん残していったら、大騒ぎになるじゃねぇか」

「……」

「それに栄養としちゃあ十分以上だ。肉一片、血一滴残す気はねぇぜ?」

「なら、早急に片付けろ。騒ぎになる前に」

「分ぁってる、分ぁってる。ただの栄養補給に時間かける意味もねぇし、要望通りひと口で平らげてやるよ」


 ソレが死体に向き直った数秒後、死体は、流れ出た血液に至るまで全て、ずるり、と底なし沼に沈むが如く地面の中に飲み込まれた。

 後に残ったのは、元の通り、綺麗に舗装されたアスファルトの道路だけ。もう誰も、ここで殺人があったなんて気が付けない。勿論、地面を掘り返したところで、出てくるのは土塊か、各種インフラ設備を内包した共同溝のみ。


「お前、随分と『身体拡張』に慣れているようだが、大量殺戮の賜物か?」

「あっちゃー、バレちまってるか。つっても、魔法の練習のために殺しまくったわけじゃねぇよ? これは、俺の生前からの趣味だ」

「そうか」


 茶目っ気たっぷりに答えるソレに、王様と呼ばれた少年はそう冷たく返した。「反応うっすー」などと、ソレが所在なげに頭を掻いているが、少年に気にする素振りはない。


「あー…………、そんじゃな、王様」


 そんな空気に耐え切れなくなったのか、ソレは踵を返し、歩き出した。「何しに来たんだぁ?」なんて首を捻りながら―—


停止令コマンド・ワン


 それは、一滴の雫が水面に落ちたような、静かな響きだった。


「な―—ぃ―—————」


 戸惑いは一瞬。もう既にソレはぴくりとも動けない。ソレの体は、現在、一時的に乗っ取られた状態にあるのだ。


 これが、少年が王と呼ばれる所以である。


 ソレの中に仕込まれたバックドアプログラムを経由して行われる、身体強制操作。その権限を、少年は持っているのだ。

 だが、無制限というわけではない。ソレが持つ学習機能が疑似的な免疫として働くため、実質的な時間制限、回数制限、すなわち、一分と持続せず、同じ相手には二度と使用出来ないという、絶対的な限界が存在する。


 とは言え、その凶悪さは確かだ。現に―—


 どさり。ソレの体が地へ倒れ伏した。


―—一秒とかからず、こうして機能停止に追い込んでいるのだから。


「……どうしてこうもイカれた奴が多いのか」


 横たわるソレを見ながら、少年は嘆息した。

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サイコパス少年は真人間になりたい 緑樫 @Midori-kasi

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