第七話 初心者と出戻り


そうして翌日となった今、蓮華はわざわざ別のアカウントを作ってまでログインしていた。以前まで使っていた、アレンではないことには、子供を委縮させたくないという理由があった。


 使っている本人が感じるのもどうかと思うが、アレンのアバターは悪人面すぎる。黒コートに角を模した髪型。刃のように吊り上がった眼光と傷跡は、間違いなく漫画やアニメの敵役だ。   

蓮華自身の顔をもとに作り上げられたせいで、出来上がったその日はショックで落ち込んでしまったほどである。

 

それとは真逆に今の彼、ザッキーのアバターは違う。明るい金髪に少年のような顔立ち。服装も軍服に近いヒロイックなものになっている。色合いも青を下地に黄色いラインが入ったもので、威圧感や不気味さは全くと言っていいほどない。


「さて、たしか先輩はロビーにいるって言ってたな」

 

アカウントの新規作成を終えたプレイヤーは、まず初めにロビーへと案内される。そこには初心者だけではなく、様々なランク帯のプレイヤーが集まっている。クエストを受諾する受付に、仲間同士で集まる会議室など、多くの用途を持つエリアが用意されているせいだ。

 

雑踏に飲み込まれそうになる感覚は懐かしいが、このまま立ち止まってしまえば消えてなくなってしまいそうな気分にも陥ってしまう。

はやく楓らしき相手を探し出し子供たちのところへと案内してもらおうと周囲を見渡している蓮華、いや、ザッキーの耳にプレイヤーたちの話声が聞こえてきた。


「なあなあ、さっきの子見たか? すっげえ可愛かったな」

「いやいや、アバターなんだからいくらでも弄れるだろ。夢見すぎだよ」

「だったら、すごい自然な作り込みじゃない? デザイナーとかなのかな?」


すごい可愛いアバターを持ち、そこには不自然さが無い。僅かなキーワードだったが、十分すぎるほどの手がかりだった。話をしていた一団が歩いてきた方向へと、人だかりをかきわけて進んでいく。


するとその先には、彼女の姿があった。

 

大きな瞳に透き通った白い肌。赤いミニスカートの初期軍服を身にまとった女性キャラクターは、間違いなく楓その人だ。現実と違う箇所があるとすれば、髪と瞳の色だろう。

 

金色だった長い髪は艶やかな黒へと変わり、右サイドで人房に纏めている。遠目から見える彼女の瞳も、青ではなく髪と同じく黒になっていた。

 

だが、彼女が金糸姫と呼ばれる所以たる金髪が無くとも、通りがかった人々の話題になるほどには人目を惹いた。今でも遠巻きから彼女を眺めているプレイヤーもいるぐらいだ。


「あれに話しかけるのか……」


注目を浴び、悪目立ちすることを嫌ってザッキーは二の足を踏む。もう少し待ってみれば、周囲の興味も薄れていくだろうと待機していた時、楓と思しき人へと近づいていく一団がいた。

 

迷彩柄の服に身を包んだ男たちで、全員がお揃いのバンダナをアバターの何処かに付けている。それは彼らが、行動を共にする仲間であるという証拠だった。

 

楓は何かを話しているようで、中心の男に言われるがまま操作をしている。すると、残りのメンバーが彼女を囲むように少しずつ動き始めていた。

 

ああ、まずい。これはすごくよろしくない。

 

電脳の身体を悪寒が支配する。このままでは最悪な事態に陥ってしまう。人ごみをかき分け、言われた通りに操作している女性の手を掴んだ。


「え、あ、あの、あなたは?」

 

声まで楓そのものだ。いや、もし本人で無かったとしても、ここまで来て見捨てると言うのは人でなしが過ぎる。


「なんだお前さん。俺たちは取り込み中なんだが」

 

男がザッキーを見下ろしながら言う。人相や柄の悪さだけで人を判断してはいけないと言われるが、向き合っているこの男はまず間違いなく悪人だ。


「すいませんね、この人は俺の連れなんです」

 

彼女の手を引き人ごみの中へと走り出す。嫌になる人の多さだが、今だけはそれを利用させてもらうことにした。追いかける男たちを振り切り、ロビーを抜けて街にまで出た。様々な店が並んでいる商店街的の角を曲がれば、男たちも二人の姿を見失ったようだ。

 

諦め、舌打ちをしながら帰っていく彼らの姿を路地裏の影から確認したザッキーは、深く息を吸ってゆっくりと吐いた。


「あ、あの、いったい誰なんですか? わたし、あそこにいなきゃいけなくて」

 

未だに混乱している彼女は、男たちに騙されていたことに気が付いていないようだ。しかもザッキーの正体にも気が付いていない。溜息を吐き、指を振るってタッチパネルを操作する。


「……楓、クロフォード先輩、ですよね」

 

一瞬だけ名前で呼びそうになったが、慌てて苗字をつけ足して誤魔化す。すると彼女は面白いほどに動揺し、アバターの表情を青くした。


「な、なんで私の本名を?」

 

念のための確認だったが、ここまで分かりやすい反応をされてしまうとダメだった。

失礼とは分かっていても、脳から発信される電波をダイバーズギアはアバターへと反映してしまう。


「あ、いや、すいません、俺です。相崎です」


笑ってしまったことを謝りながら、ザッキーは自らのプロフィール欄を相手に見せた。本名が記されたそれは、ダイバーズギアに登録された情報であり、基本的に詐称することは難しい。

本来ならば軽々しく見せてはいけないものだが、本人かどうかを確認し証明するには、これが一番分かりやすいのだ。


「本当に、相崎くん……よく見れば、確かに面影ありますね」

「それはどうも。こっちでは相崎じゃなくてザッキーですので、うっかり呼ばないようにしてくださいね」


相崎のザキから取ってザッキーとは、なんとも安直な名前だ。もともと彼にはネーミングのセンスと言うものが無く、以前のアカウントも名前のもじりだった。


「なるほど……あ、それじゃあ私のことは、カエデと呼んでください」

「本名ですか……」


自分以上に安直な名前を付けている人が身近にいたことに驚いたザッキーだが、ここで追及するのは無駄だと考えて流した。


「いや、でも見つかってよかったですよ。変なのに捕まってたみたいですし……」

「変なのだなんて、良い人たちでしたよ? 初心者用のガイドをしてくれたみたいで」

 

未だにパネルを弄っているようだが、可視化を選択しなければ本人以外には見えない。だとしても、ザッキーには先ほどの彼らがガイドをしているようには見えなかった。


「まぁ、ほんとに気を付けてください。誰かを信用するのにも知識がいる世界ですからね」

「……そう、でしたね」

 

呆れ交じりの忠告には特に意味など込めていなかった。冗談や、会話の中に紛れる程度の軽口のはずだったが、彼女にとっては意味合いが大きく異なる。そもそも彼女がDDに訪れたのは、信用して痛い目を見てしまった子供たちを助けるためなのだから。


「あの、すいません、失言でした」

「いえ、早速行きましょう、ザッキーさん!」


明るい声に引っ張られ、二人は路地裏から商店街へと出ていく。前を歩き、迷いのない背中に引っ張られていくザッキーだが、ふとした疑問が彼の脳内をよぎった。


「そういえば、待ち合わせとかちゃんとしてるんですか?」


どんなに意気込んだとしても、話題の子供たちがどこにいるのか分からなければ意味がない。

 

そして、その懸念はどうやら的中したようだ。


「……どうしましょう?」

 


右も左も分からない美少女アバターをもつ初心者(ニュービー)と、歴戦のデータを使わない出戻り(リターナー)。


前途多難なパーティーの一歩が踏み出される瞬間だった。


「大丈夫かな、これ……」 



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ゼロの竜騎士 @higherthan

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