第32話 襲爵
アーシアたちの両親を解放してからも、俺は相変わらず冒険者として活動していた。
一か月の間に、グレートドラゴンゾンビと魔人を倒したことは認定された。
おかげでランクはFから三階級の特進を経てCへと上がっている。
お金もかなり稼げるし、剣を振るうのも楽しい。
冒険者は、俺の天職だったのかもしれない。
アーシアたち一家は、解放されてからずっと俺の家に住んでいる。
両親は竜騎士団の竜舎の管理人助手になった。
両親は魔族だけあって、魔法が得意で、竜騎士団としても非常に助かっているようだ。
まだ子供のアーシアもしなくていいと言ったのに、家事手伝いで貢献してくれている。
そして、ルーシアはいつも可愛かった。
◇◇◇
アーシアたちの両親を解放してから一か月後の朝。
俺はいつものように、朝ご飯を食べて冒険者ギルドに出かける準備をしていた。
「エクスさん、お客様です」
アーシアが来客を報せてくれた。
「お客さんか。朝なのに珍しいな。どんな人だった?」
「なんか偉そうな人たちでした」
「ふむ?」
俺は手早く身支度だけ整えて玄関へと向かう。
来訪者は服装から判断するに役人だ。それもかなり上級な方である。
その上級役人が十人いた。
「何か御用でしょうか」
「私は宗秩寮北方地方統括局長サイラス・バルデルと申す者です」
「おお、宗秩寮の」
実家の捜査の進展があったのだろうか。
それにしては十人がかりで迎えに来るのは少しおかしい。
「エクス・ヘイルウッド閣下でございますね?」
「ヘイルウッド閣下ではないが、私がエクスだ」
するとサイラスは一枚の見るからに高級な紙を提示する。
「閣下。王宮への召喚状でございます。これは勅命でございますれば……」
「もちろん応じさせてもらう」
勅命に逆らったら、それだけで死罪になりうる。
逆らってもいいことはない。
「だが、王宮に赴くのにふさわしい衣服がない」
「構いません。陛下は、そのままお越しになるようにと」
俺はサイラスに丁重に案内され、大きくて豪華な馬車へと乗せられる。
そのまま王宮へと連れていかれた。
王宮に到着すると全ての武器を預ける。そして、しばらく控室で待たされる。
それから呼び出しがかかり謁見の間へと通された。
謁見の間には、幼少時に父と一緒に一度訪れたことがあるだけだ。
その時は貴族としてふさわしい衣装を着ていた。
だが、今は普通の冒険者の格好だ。
動きやすくて丈夫だが、高級ではない。とても貴族には見えない格好である。
昔、父から教わった礼儀を思い出す。
平民は基本謁見できない。
だが、特例で謁見するときは入ってすぐ跪くのだ。
だから、俺は扉から入って、すぐに無言で跪いた。
口を開くのは許可を得てからである。
「もっと前へ」
「はっ」
「……もっと前へ」
前に出るよう三回ほど、促されかなり前まで足を進めた。
父と一緒に訪れたときと大体同じ位置だ。
正面には玉座に座った国王陛下。
そして左右には群臣たちが立ち並んでいる。
群臣は上級貴族かつ大臣などの王宮の要職にある者たちばかりだ。
俺が無言で跪いていると、宰相がよく通る声で言った。
「竜騎士団副団長ベルダ・リンゲン王女殿下」
「はっ。ご報告させていただきます!」
ベルダが群臣の中から出てきて、跪いたままの俺の横に立つと朗々と語り始める。
俺が、グレートドラゴンのゾンビと魔人を倒した功績を報告してくれているようだ。
「おお……」「とても信じられぬ」
群臣たちがざわめいている。
「以上、竜騎士団副団長ベルダ・リンゲンが、陛下に真実を奏上いたしました」
すると初めて国王陛下が口を開いた。
「ベルダ、ご苦労。頑張っているようだな」
「畏れ入り奉ります」
「……エクス・ヘイルウッド。面を上げよ」
「はっ」
俺は緊張しつつも顔を上げる。
国王陛下は四十台ぐらいの黒い髭を生やした精悍な男性だった。
「王都の守護大儀であった」
「はっ」
「ときに、エクス・ヘイルウッド。ヘイルウッド侯爵家には色々と問題が起こっていたようだな」
「申し訳ございませぬ」
「宗秩寮総裁」
「御意」
宗秩寮の総裁が前に出てくると、ヘイルウッド侯爵家に関する調査結果を報告する。
かなり入念に調べ上げられていたようだ。
義母と弟がゾンビを使う暗殺者に依頼したことも知られている。
それに、義母の実家である分家の子爵家や、男爵家の当主もどうやら陰謀にかかわっていたらしい。
罪状をすべて読み上げたあと、
「この者たちは諸侯家に連なるものでありながら、国法を犯し、国王陛下への不忠はなはだしく、その罪看過すること能わず。貴族の位をはく奪し、犯罪奴隷と為すべきと愚考いたす次第」
「そうするがよい」
国王がそう返事をしたことで、義母たちの運命は決定した。
「さて、エクス・ヘイルウッド」
「はっ」
国王が俺に呼びかけてくる。次は俺の処罰だろうか。
義母と弟の監督責任を問われる可能性もあるのだ。
とても恐ろしいが、ベルダが俺の功績を語ってくれた。犯罪奴隷になることは無かろう。
そう願いたい。
「そなたのヘイルウッド侯爵への襲爵を、朕の名のもとに認めよう」
「……畏れ入り奉ります」
「そなたは、まだ十五歳ではないが、特例だ」
「ありがたき幸せ」
「分家の子爵位と男爵位はそなたの従属爵位とする。子爵家と男爵家の財産も全て任せる」
従属爵位と言うことは俺が子爵と男爵も兼任するということだ。
俺に嫡子ができたとき、その嫡子は侯爵位を襲爵するまで、従属爵位を名乗るのが一般的だ。
「畏れ入り奉ります」
「今後はこのようなことがないように」
「はっ、肝に銘じます」
「そして、次は王都を守護した褒美だ。エクス・ヘイルウッド侯爵。そなたに騎士の爵位を与えよう」
「ありがたき幸せ」
国王への返答は決まりきったものになる。
とりあえず「ありがたき幸せ」と「畏れ入り奉ります」と答えておけば何とかなるのだ。
国王から肩に剣を置かれ、忠誠を誓い、騎士爵の爵位をもらった後、勲章も貰った。
そしてやっと退室を許される。
本当に緊張しっぱなしだった。
緊張が解け、やっと義母たちが奴隷になったことに思いをはせる。
けして、いい気味だとは思わないし、別に胸がスカッとするわけでもない。
だが、仕方ないことだとは思う。それぐらい義母たちは好き放題やったのだ。
領民を苦しめ、多大な不利益をもたらした。
犯罪奴隷になったからには、非常に過酷な労働に従事することになる。
劣悪な環境の鉱山で働き続けたり、公共事業の労働力になったりするのだろう。
いくら過酷な労働に従事することになったとしても、自業自得と言わざるを得ない。
そんなことを考えていると、後ろからベルダに声をかけられた。
「侯爵閣下。こちらへ」
ベルダも退室を許されたらしい。
つまり、俺の功績を報告するためだけに呼ばれたということだ。
俺はベルダについて一つの部屋の中に入る。
「ここは竜騎士団副団長の部屋だ。王宮にも部屋を与えられているんだ」
さすがは王族にして、騎士団副団長である。
「さて、エクスはこれからどうするんだ?」
「……難しい問題だ。冒険者が天職だと思いはじめていたのだが……」
「だが、ヘイルウッド領かなり荒れているらしいぞ」
「……まだ一か月だが」
「愚か者には一か月もあれば充分ってことだろう」
そういって、ベルダは報告書を見せてくれた。
義母や弟がいかなる愚行を繰り返したのか、その報告書には克明に書かれていた。
「これはひどい」
「本当にな。稀にこういう貴族はいる。だが、分家が止めずに乗っかる例は珍しい」
「お恥ずかしい限りだ」
国王が俺の襲爵を認めた意図が伝わってくる。
この混乱を沈めて、ヘイルウッド領を落ち着かせろと言っているのだ。
数年以内に成功できなければ、良くないことが起こりそうだ。
具体的には
とはいえ、ヘイルウッドは歴史のある名門。完全に取り潰されることは無いだろう。
だが、領地は取り上げられて、伯爵辺りに下げられる。
「領民や家臣も困っているだろうしな……。一度、領地に戻るよ」
「そうだな、それがいい」
「とはいえ、俺自身はただの子供だからな。熟練の代官を雇う」
「ふむ? まあ、それもありだろうな」
「なるべく早く落ち着かせて、王都に戻ってくるさ」
「楽しみにしているよ。ああそうだ。エクス。騎士になったのだし、私の副官の役職を与えよう」
「それは名誉なことだが……。俺は今から領地に帰るのだが……」
「今は名誉職でいい。領地が落ち着き暇になったらでいい。竜騎士団に来てくれ」
「騎竜もいないのに、竜騎士団に入っていいのか?」
「副官は秘書のようなものだ。構わないだろう」
「それなら引き受ける。ありがとう」
「うむ!」
ベルダはすごく嬉しそうに微笑んだ。
俺は退室する前に、ベルダに言う。
「ありがとう。凄く助かった」
「なんのなんの。私とエクスの仲じゃないか」
「もし、ベルダが困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。すべてを置いて助けに行くよ」
「……ありがとう」
そして俺は王宮を出た。
綺麗な青空が広がっていた。
「ふぅ……。
意図せずされた廃嫡、追放だったが、結果として羽を伸ばせたと思う。
冒険者暮らしも凄く楽しかった。
猶予期間が一か月とは長いのか短いのか。
世間一般、大多数の人間には猶予期間などない。
だから十二分に長いと言える。とはいえ、一か月はあっという間だった。
これからは義務を果たす時期だ。
俺は故郷に戻るために歩き出した。
※これでエクスくんの物語はひとまず終わりです。
ですが、エクスくんは「最強の魔導士。ひざに矢をうけてしまったので田舎の衛兵になる」の「424話 破王」あたりに登場いたしますので、興味がありましたら、そちらもご覧ください。
剣の才能がないと侯爵家を廃嫡され追放された少年。破壊神の加護を手に入れ無双する。 えぞぎんぎつね @ezogingitune
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