第31話 ヘイルウッド家

 エクスが廃嫡されて、一か月後。

 ヘイルウッド領は混迷を極めていた。


「おい! 使える金がないとはどういうことだ!」


 そう叫んだのはヘイルウッド侯爵家の今の嫡男。つまりエクスの弟だ。

 弟に怒鳴られても、執事は涼しい顔をしたまま答える。


「そうおっしゃられましても……。私どもはご忠告申し上げましたよね?」

「少しぐらいあるだろうが!」

「ございません」


 これまでヘイルウッド領の資産は、エクスがギリギリやりくりしていた。

 豪商からお金を借りて、領地に多額の資金を投入したりもしていたのだ。


 エクスが追い出されたことを知った豪商たちは一気にその資産を引き上げた。

 エクス以外のヘイルウッド領の首脳陣が無能だと言うのは皆の共通見解だったからだ。


「ですから余裕はないとご忠告申し上げました」


 執事は重ねて言う。

 内心呆れているが、表情には出さない。彼はプロなのだ。


 いままでエクスに財布のひもを握られていて思うように浪費できなかった。

 そのうっ憤を晴らすかのように義母と弟はたがが外れたように贅を尽くし始めたのだ。


「うるさいうるさい! それを何とかするのがお前の仕事だろう!」


 そうわめくのはヘイルウッドの最高権力者。エクスの義母である。


「いえ、それは私たちの仕事ではございません。私たちは家政を取り仕切る執事にございます」


 あるお金をどう使うかが家政担当者の仕事だ。

 予算をどう作るかは、内政担当者の仕事だ。


 いま、ヘイルウッド領には家政担当者ぐらいしかいない。

 エクス配下だった内政の担当者は、義母と弟に諫言してことごとくクビにされている。

 その結果、順調なはずだった領地経営が一か月で破綻する事態となった。


 その時、別の執事が入ってきて、義母のお気に入りの商人がやってきたことを告げた。


「おお、おお! 通せ!」


 満面の笑みを浮かべて入って来た商人に、義母は語り掛ける。

「良いところに来た。少し用立てて欲しい――」


 無礼にもその言葉を途中で遮り、商人は

「閣下。いくらでも用立てましょう」

「おお!」

「ですが、それはいままでお貸ししたお金を支払っていただいてからになります」

「……支払いだと?」

「ええ。お約束いたしましたよね?」


 その商人はつけ払いで高額なガラクタを義母に売りつけていた。

 そのうえ、ヘイルウッド領から撤退したがっている商人から債権を買いあさった。

 その最初の支払いの期限が今日に設定されていたのだ。


 唖然とする義母に変わって、執事が答える。

「申し訳ありませんが、当家には資金はございません」

「それは困りましたね。では約束通り屋敷と土地。それに徴税権をいただくことにしましょうか」

「平民風情が、ぶ、無礼なことを申すな!」


 弟は激高して叫ぶが、

「文句は裁判所の方にどうぞ」

 そういうと、財産の差し押さえを開始しはじめた。

 それを実行するために屈強な男たちを大量に用意していたのだ。


「おい! 当家の屋敷に勝手に何をしている! ふざけるな! ぶっころしてやる!」

「そなたたち、ヘイルウッドへの忠義を示すのです!」


 弟と義母がわめいても誰も動かない。

 家臣たちは皆ヘイルウッド家に呆れかえっていたからだ。


「貴様ら!」

 怒り狂った弟は剣をぬき、商人の連れて来た男たちに斬りかかる。

 だが、あっさり防がれて無様に組み伏せられた。


「剣の名門の名が泣きますなぁ」

「き、きさまぁあああ」


 弟は最近は剣の訓練も碌にせず、怠惰に過ごしていたのだ。

 腹周りにはでっぷりとした脂肪がついている。

 そんな状態で素早く動けるわけもない。



 財産をなすすべもなく押収され、自慢の息子が組み伏せられている。

 そんなひどい状態を見て義母がつぶやく。


「どうしてこのようなことに……」

「わかりませんか? 閣下たちが無能で馬鹿だからですよ?」

「き、きさま! 無礼な!」

「ヘイルウッド侯爵家を好き放題に食い物にするにはエクスさんが邪魔でしたからねぇ。本当に良かったですよ」

「そんなわけあるか!」

「エクスさんのおかげでもっていた領地だ。それを追い出して好き放題やったらこうなるのは明らかです」

「認めぬぞ、あんな、無能な役立たずが居なくなったぐらいで……」

「閣下たちが認めなくても事実は変わりません」


 そして商人は嬉しそうに笑った。

 ものの一時間で義母と弟は身ぐるみ一つで、屋敷の外へと放り出された。


「許さぬ。絶対に許さぬ。平民風情が私たちにこのような屈辱を……」

「母上! 王都に行きましょう。救済を申し立てなければ……」

「ええ、これは貴族に対する反逆。ひいては王家に対する反逆です!」


 息巻いて義母と弟は騒ぐが、どうすることも出来ない。

 付き従う家臣たちも領民もいないのだ。


 しばらく喚いた後、仕方なくとぼとぼと歩き出した。




 三日後。義母と弟はまだヘイルウッド領内にいた。

 歩くのが遅いうえ、移動手段を確保する交渉能力もない。


 ただ、みじめにとぼとぼと歩いていた。

 その恰好は既に貴族とは思えないほどボロボロだ。


 そんな、義母と弟の背後から近づく人影があった。

 きちんとした服装の十人ほどの集団である。


「ヘイルウッド侯爵夫人閣下と、ヘイルウッド侯爵第二公子閣下ですね」

「む? 何ですか、そなたたちは」

宗秩寮そうちつりょう北方地方統括局長サイラス・バルデルです」

「……宗秩寮が一体なにをしにきた?」


 その弟の問いにサイラスは一枚の書状を見せつける。


「勅命が下されました。お二人には王都に来てもらいます」

「おお、私たちも今から王都に向かおうとしていたところです」


 自分たちを助けに来たと思って、義母と弟は笑顔を見せる。

 だが、そんな義母と弟をサイラス配下の者たちは無理やり手荒に拘束した。


「なにをする! 無礼な!」

「言い訳は王都で聞きましょう」




 ヘイルウッド侯爵夫人、第二公子は、拘束され宗秩寮へと連行された。

 同時にヘイルウッド侯爵家の分家にあたる子爵家と男爵家の当主。

 その全員が、廃嫡騒動に加担したとして宗秩寮により連行されたのだった。


 その罪は宗秩寮と司法省によって、一か月の間に徹底的に調べ上げられている。


 嫡子を国王の許可を得ず廃嫡した件。

 その事実をごまかすため、嫡子を暗殺しようとした件。

 加えて暗殺をゾンビを操る暗殺者に依頼した件。


 その三件の罪状で国家反逆罪が成立する。

 結果、全員が犯罪奴隷になったのだった。

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