第12話

―数時間前

―公園


「桐野さん……俺の、奥さんになってくれませんか?」


彼、恵比寿克宏の発した言葉は、突然のプロポーズだった。

夜風が吹く中での、彼からの告白。

Sのセリフを聞き、課長のそばでずっと働き続けてきた茉莉香は、相当驚いた。


「ええ!?わ、私が…ですか……!?」

「ああ、そうだ」


茉莉香には見えていた、社長の告白は、本気であるということを。

でも、なぜこんな単刀直入に、自分に告白なんかしてきたのだろうか…不思議な気持ちでいっぱいだった。


「か、課長……そんな、唐突に私と結婚してくださいなんて、言われても……なんてお答えしたらいいものか……」

「理由ならある」

「課長……?」


動揺する台詞を、課長の克宏はすぐに遮った。


「お前の情報が漏れたと、社長から教えてもらったときから、俺はお前のことをずっと考えていたんだ。

お前は、もしかすれば俺以上に仕事を頑張っているし、相談にも乗ってはくれるし、同じ部署の後輩たちをしっかりと支えてくれている。

そんな大切な人材を傷つけるわけにはいかないからな。お前が安心してこの職場で働けるようにするには、俺が常にそばにいなければならないと思っているんだ。

変な理屈で申し訳ないが…お前が仕事をしている姿は、前のお母さんによく似ているし、もうその時点で…お前のことが、好きだったんだと気づいたんだ」

「課長……」


茉莉香は、課長がこんなに見てくれていて、しかもこんなに、自分のことを心配してくれていることが聞けて、うれしさのあまりに涙腺が壊れそうになっていた。

茉莉香自身も、今更があるかもしれないが…。


「課長……こんな不器用な私ですが……本当にいいのなら……

私も、課長がっ…好きでした……!」


嬉しさのあまりに、この場で伝えることになってしまった。

でも茉莉香には、どうせなら…再婚して、旦那に伝えたかった。

私たちは、何とか幸せに暮らしてます、ということを、伝えるがために。


「ほら、ハンカチ。これ使え」

「す、すみません……あまりにも嬉しくて……」


ハンカチで涙を拭うと、改めて克宏と向き合った。


「では、うちの娘にも伝えますが…どこで合流しましょうか?」

「おっと、そうか……週末が一番いいよな。

その時に挨拶をしよう、それでいいな?茉莉香」

「んも~~、私のこともう下で呼んでくれるなんて…お人よしなんですねっ☆」


この時点で、いつものテンションの茉莉香に戻って、克宏はほっとしていた。

それで、今に至る。


――


「父さんが再婚…!?」


これを聞いて、晴臣は衝撃を受けた。


「ああ…」

「突然だからびっくりした、でもなんで今になって……」


晴臣は、それが気になった。

母の死で、父は必死に仕事で気を紛らわせて、ぽっかり空いた穴を埋めていたのだから。


「今言ったんだ、仕方ないだろ……で、今どういう気持ちだ?」

「な、なんというか……」


晴臣は、動揺していた。

確かに、再婚した、というセリフを聞いたら、普通は喜ぶし、応援もするものである。

だが、晴臣は若干違っていた。

まだ心配が少し残ってはいる。

まだ心の傷が治ってないというのに、再婚なんかして大丈夫なんだろうか、と。

だから、父に問いかけた。


「再婚したのは、おめでたいよ。だけど……心配だよ、父さん」

「お前、そんなに俺の心の傷のこと気遣ってくれているのか?」

「まあ、ね…僕もそんなすぐには治ってないんだけど」

「まぁ、なんとかなるだろ…小町が望んでようがなかろうが、とにかく、また家族になれるんだからな」


前向きな父の姿を見ていても、いまだに晴臣の疑心は晴れなかった。

でも、どんな人なのか、正直ワクワクはした。


――

―桐野家 リビング


「ええ!?お母さんそれ本当!?」

「ええ、告白されちゃったの~☆

あと遊子、こんな時間なんだから、そんなに叫ばないで頂戴」

「あ、ああ……ごめん(´・ω・`)」


遊子は思わず、声をあげてしまっていた。

無理もない。なぜなら父の死から、まだそんなに経っていないからである。

こんなにも早く母に再婚相手ができるなんて、思いもしなかった。

それになぜか…遊子は何となく、その相手を察せた。


「お母さん、その相手って…ずっと話してた課長さん?」

「ええそうよ、どうしてわかったの?」

「い、いや…いつもお母さんその課長さんのことを話すから、まさかとは思っていたんだけど…」

「あぁ、そうね。でも、知らない間に私、課長さんの事、好きになっちゃってたからね。

応援、してくれるかしら?」

「うん、でもその父が飛んだひどい人だったら、私が息子もろともとっちめてやるんだから…!」

「あらあら、頼もしいけどだめよ?会ってみなければわからない話なんだから」

「それはそうだけど……で、相手の家族さんとはいつ会うの?

それ次第で、少し私のほうもなるべく早く住まえる養子とかないとかあるから……」

「ああ、そうね。一応週末って予定にはしてるのよ?遊子の学校、土曜もあるみたいだけど、すぐに終わりそうよね?」

「土曜日ね、分かった。たぶん、その時間なら、遅くもないし、大丈夫」


と、スケジュールを進めていき、埋め合わせていった。

そしたら、遊子にこれを話し終えると、母の茉莉香は、すぐに父の仏壇の前に座った。


「あなた、聞いて。私、再婚することになったの。

あなたが今、これを聞いてどんな心境になっているのか、正直なところ分からないわ。

だけど……諦めなくて、本当に良かったと思ってるわ。

どうか、再婚での次の新しい人生、見守って頂戴ね…」


その背中を見て、心細い気持ちにもなったが…

母の嬉しさを、遊子は真正面から受け止め、その日を楽しみに待つことにしたのである。

この時、二人は知らなかった。

これが、運命の歯車が動き出す時であるということを…。


――


数日後の土曜日。

恵比寿晴臣が、学校へ登校してくる少し前の磐瀬高校。

桐野遊子は、一足先に学校へと向かっていて、職員室についていた。


「ふぅ……」


自分の業務机にカバンを置き、今日のクラスの授業の資料の最終チェックをしていたら、

そこへ、同じクラスの副担任も、職員室へとやってきた。


「おはようございまーす、っと…」

「あ、友貴子」

「よ。ずいぶん早いんじゃないか?」

「そんなことないよ…いつもの時間だよ」

「ふーん……」


と言われ、友貴子が、遊子の顔をうかがおうとして近づいた。


「わ、近い、近い!」

「おい遊子、なんかいいことあったみたいにうれしそうだな?」


顔をうかがっただけで、自信満々に質問する桂城。

その言葉にうっ、とのどを詰まらせたが、深呼吸をして落ち着かせると、こう返した。


「この日の授業が全部終わったら、教えてあげるから。それまで待ってよ」

「OK、なにがあったのか、楽しみだな~」

「大げさだって、ちょっと友貴子!」


あとで、鏡で自分の顔を確認しよう。

そう思った、遊子なのであった。


――


一方で、晴臣は、欠伸をしながら、磐瀬高校へ登校していた。

父の再婚を、考えていたため、寝るのが遅れてしまったからだ。


「ふわ……」


すると、またしても紗菜が声をかけてきた。


「おはよーっ」

「んあ、紗菜ちゃん……」

「なになに~?どうしたの、眠たそうだね」


もちろん、紗菜にこんなことを言えるはずもないので、こればかりは嘘をついた。


「どうしても解けない問題があってね…悪戦苦闘してたら、遅れちゃったんだ…」

「がり勉だね~、まぁそのくらいしないと、追いつかないよね……どんな問題なの?」

「多分見せたら、燃え尽きるけどそれでもいいなら…」

「あー、聞かないでおこう」


と、すぐに逃げ出した。

まぁ、そんな問題なんてあるわけがないから、

晴臣自身ものすごく罪悪感を覚えた、あとでチキンナゲットでも奢ってあげようと思っていた。


――


磐瀬高校の週末、というのも土曜日の授業は午前中だけとなっている。

3限目の体育からの4限目の日本史はさすがに体育で動いた分が疲労となって集中がしづらいということもあり、

何とかぎりぎり学校の授業を受けることができた。

しかし、この後どうしようか…晴臣はそう考えていた。


「おーい、はる君」

「どうしたの、紗菜」

「せっかく友達になれたんだし、時間あったらどこかで遊ばない?」


ここで、紗菜からの誘いが来てしまった。


「あ……嬉しいけど、今日はちょっと厳しいかな」

「え?どうして??」


不思議そうに問いかける。晴臣は言葉を慎重に選んでいく。


「それは……学校じゃ話せないから、一緒に帰るくらいなら、いいよ?」

「ん、オッケー」


晴臣の提案に、紗菜は喜んで受け入れてくれた。正直ほっとしている。

でも、これを他人に話すのが、正直よかったのかどうか…。

だけど、父はそのような警告はしてこなかったから、そんなに多くの人にこれを語っちゃいけないということだけは、

彼女には伝えよう、と自分に言い聞かせる。


―帰り道

―河川敷付近


ちょっと河川敷辺りで、彼と紗菜は座って、父が再婚したということを彼女にだけ話した。

晴臣の話に紗菜は興奮気味に言ってきた。


「へぇ~、君の父さんが再婚するんだ。

でもさ、それって結構めでたいことじゃないの?」

「まぁ、確かに普通はな……でも、まだ僕にとっては半信半疑といったところかな。

会ってみないとわからないことは、事実だし……」

「でも、君がどう言おうと私は応援するよ。再婚の最初らへんって、ギクシャクするもんだって」


助言かどうかは定かではないが、応援する、という言葉で、ほんのちょっとは、気持ちが軽くなった。


「んじゃあ、この辺でそろそろ帰ろうか」

「ああ……お願いだから他言無用だよ?僕本当に軽く話しそうで怖いから」

「大丈夫だって!相手のことがばれたら猶更大変だもんね!」


といって、彼女と別れた。

心配でたまらなかったが、友達ということもあるので、信じるほうに賭けることになった。


―恵比寿家 晴臣の部屋


「ただいま…っと」


午前の授業だけだというのに、晴臣はそのままベッドに転がり込んだ。

不安で仕方がなかったのだ。


ベッドのそばにおいてあった、お母さんとの記念写真を見つめ、問いかける。


「お母さん……これでよかったのかな……父さん、再婚することにしたんだって。

でも、お母さんが死んじゃってから、まだ間もないからさ…そんなに再婚を急ぐ必要なんて、ないような気がするんだ。

優しい人だって言ってたけど……」


と、ぽつぽつ独り言をつぶやいていたら…知らない間に、眠たくなっていた。

一応アラームを16時半に設定して、学校の疲れをとるためにしばらくの昼寝で過ごした。


――


アラームが鳴り響き、目を覚ます。


「ん、うぅ……」


目をこすって、アラームの時間を確認してみると、確かに16時ほぼジャストだ。

18時くらいに再婚相手の人と会うという予定を聞かされているので、その時間までに合流地点の店の前で待つようにと言われている。

その間に、私服に着替えて、清潔感を整えて、余裕を持って出るつもりだったからだ。

どんな店なのかを調べていたら、お鍋をメインに経営しているちょっとした古い店で、昭和後期からずっと名を残しているのだとか…。


「よし、行くか」


最低限の荷物を持ち、集合場所へと再び家を出た。父へのLINEも忘れないように。


【先に店前で待ってる】


――


彼、恵比寿晴臣が店へと向かっているときの事。

父の会社では、秘書かつ再婚相手の桐野茉莉香とともに、順調といった感じで仕事をこなしていた。

その途中で、父、克宏のスマホから、LINEのメッセージが届いた。息子の晴臣からだ。

晴臣はもうすでに、店のほうへと家を出たようだった。


「茉莉香、例の書類はどうした?」

「はぁい、すでにこちらに…ちょっと文章に自信がありませんので、もう1枚のと会議でつけそうなのを

見てほしいのですけど…」

「どれどれ……」


じっと目を凝らしてみている克宏。その姿は鬼の形相にも匹敵するくらいで、

ほかの社員たちは、割り入って報告とかできないな、と遠慮しがちに見ていた。


「うむ、茉莉香。まだ先ほど見せてたもののほうが、ほかの人は読みやすいとは思うから、こっちのほうを印刷しておいてくれ。

これはシュレッダーにかけておこう」

「ありがとうございます、そしてかしこまりました」


といって、もう一枚のほうをシュレッダーにかけていると、定時を知らせるチャイムが響いた。


「ああ、お前たち、報告してから、帰るようにしろよ?」


と、一声かけると、列を作って、社員たちが報告してきた。

ある程度小分けにして、定時に帰るものとほんの少しだけ残業する社員とで別れる中、


「茉莉香、うちの息子が、もうすでに店前にいるとのことなので、急ぎましょう」

「あら、準備がお早いこと…かしこまりました」

「じゃあ、鍵を渡しておくから、あとの戸締りを頼む。皆、お疲れ」


社員たちからの「お疲れ様です」という言葉を聞きながら、茉莉香を連れて会社を出るのであった。


――


思った以上に早くついてしまった晴臣は、コンビニに立ち寄っていた。

そしたら、父からのLINEが来た。


【先ほど業務が終わったから、再婚相手と一緒にそっちへ向かうから、もう少しそのあたりで待っていてくれ】

【わかった、いまコンビニにいるから】


と、サクッと返しておいた。

そして、5分前に店前のほうへ戻ってみると、もうすでに父がいた。言っていた再婚相手を連れて。


「おぉ、晴臣。だいぶ待たせてしまったな」

「ううん、早すぎたんだよ…あれ、その人がそうなの?」

「ああ、うちの秘書の……」

「こんばんは、こんな寒い中、待っててくれてありがとうね。

あなたのお母さんになる、桐野茉莉香といいます、よろしくね。課長の息子さん」

「あ、はい。晴臣といいます。父からお話は伺っております」

「まぁ、課長から聞いた通りだわ。本当に賢いし…かわいい♡」

「えっ…?」


意外なコメントに動揺してしまっていた。


「まぁ、立ち話もあれだ。入ろう」


父に先導されれて、僕の家族と再婚相手の茉莉香さんの3人で、店に入ることにした。


―お鍋専門店


「ちょっと話すぎちゃったわね。

では、改めて…私、桐野茉莉香と申します。今日からあなたのお母さんよ。

よろしくね、晴臣君」

「ご、ご丁寧にありがとうございます…」


ちょっとドキッとした。

ピンク色のロングヘアーで、翡翠の瞳。父の言う通り、ふわふわしているけど、本当にしっかりしている。

なにより…大きい。


「おや、茉莉香。娘さんがいると聞いたが?」

「ああ、ごめんなさいね。娘でしたら、先ほど終わって大急ぎで向かってる時ほど連絡をいただいておりまして…」


と、申し訳なさそうに新しい母の茉莉香が言っていると……


「あ、お母さん!ごめん、待った?」

「あ、来た来た。遊子~、こっちよ」


彼女が、そう呼んだ。

晴臣は、その言葉を聞いて、え、と驚いた。


「遅れてしまい、申しわけありません!

えっと、母の茉莉香の娘の……えっ!?晴臣君!?」

「せ、せ……先生!?」

「は…?」「え…?」


まさか、担任の先生が、茉莉香さんの娘さんだったなんて……。

これはもはや、「神の悪戯」といっても過言ではなかった。

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美人の担任教師が俺の家族になったので、「お姉ちゃん」と呼んでいいですか? 神都【カミト】 @kamito575

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