第17話 「確かトナカイの格好でサンタをつけ回してたんだよね」


時が流れるのは早い。僕の記憶ではさっきまで昼休みだったというのにもうホームルームの時間だ。


「それじゃあ、テスト週間に入りますけど、みなさん初めてのテストということで緊張しているかと…」


午後の授業の時間、天童さんに何を話したらいいのか考えていたら時間が飛ぶように過ぎていった。

結構な時間があったと思うけど、まだ、何一つとして考えがまとまっていない。


これがゲームだったら、選択肢を間違えたらロードすればいいだけだし、それをしたくなければ攻略サイトを見て正解の道を辿ればいい。でも、ここにはそんな機能も便利なものもないわけで。


「ちなみに私が担当している国語は、ちゃんと授業中にヒントを言っていましたから、そこまで難しいということはないと思いますけど…」


順番に考えてみよう。時間がない時こそ基本に立ち返って何が悪かったのか、そもそも何が起こっていたのかを考えることが大切だ、と思う。たぶん。


まずは出会いから…は流石に戻りすぎか。ひとまず今朝の出来事からだ。

僕、痴漢野郎認定からの呼び出し。何かよくわからないけど清水先生が墓穴を掘って一旦解放。そして天童さんと喧嘩?して、今に至る。


大雑把にはこれでいいとして、問題はどうして天童さんが怒ったかなんだよなあ。僕はただ、心配しないでも大丈夫。なんとかするよって言ったつもりなんだけど。


言い方? いや…そんな悪いところがあったようには思えないしなあ…。


「ちなみに今回は現代文だけでなく古典も少し触れているのでそちらの方の復習もしっかりと行って…」


天童さんが自分のせいで迷惑がかかる…って思って、それで僕が困ってる…?

いや、別に困ってないよな。だって教室でも話すのは光輝と早乙女と和泉だけだし。白い目で見られようが実害はないし。


物とかにいたずらされたら困るかもしれないけど…今のところはそれもない。

んー…困るところが見つからないことに困っているかも。


「そうでした、言い忘れていましたがテストが終われば体育祭があるので、テスト最終日のホームルームの時間で体育祭実行委員を決めます。それから、出場したい種目を決めて行きますので…」


でもまあまずは天童さんの話をしっかり聞こう。

それと、僕は特に困ってないってことを伝えればなんとかなるか…?


そこまで考えたところで、ヴヴとスマホが振動する。

誰だろうと思い、先生にバレないようにスマホを覗き込むと、メイメイからだった。


…嫌な予感がするな。

見ないわけにはいかないので、メッセージを開く。


『犯人は、長沼宗二』


うん…確かに調べてもらうのをお願いしようかと思ってたけどさ?

なんかこう…情緒とかさ、順序とかさ、あると思わない?

それと、誰? 全然知らないんだけど。僕のクラスではないよ?


「はい、それではホームルームを終わります。みなさん気をつけて帰ってくださいね。部活もないので早く帰るようにね!」


あ、気づいたらホームルーム終わった。

まあそれはいいとして…誰、この人。


スマホを持ちながら首を傾げていると、メイメイから追加でメッセージが届く。


「っごほ!」


びっくりして咳き込んでしまった。

そこに写されていたのは、長沼宗二という人の写真と、ついでに清水先生と会話している時の写真。それから黒板に落書きをしている時の写真と…あとは、去年のクリスマスの日付? 何かあったっけ?


『これでいいでしょ。じゃあ、店には来ないでね。今日は近藤さんと遊ぶんだから』


それきりメイメイからのメッセージは来なかった。

あいつ…近藤さんと遊びたいから先読みして送ってきたの? しかも先読みしてるってことは盗聴もされてるよね? いつものことながらなんなの?


はあ、とため息をついた。


「どうしたよ昴、行かなくていいのか?」


「ああ…うん」


「あ?」


眉を顰めて僕を見る光輝にメイメイからのメッセージを見せる。

それを目で追って行った光輝は、ぽんと手を叩いた。


「なるほどな。こいつなら知ってるよ、天童と同じクラスのやつだ。それはそれとして…去年のクリスマス…? って、ああ!」


思い出したと声を上げる光輝に周りが目をやるも、本人は特に気にした様子を見せることなく話を続けた。


「そういや、いたろ? ケーキ買って帰る途中に変な男がさ」


んー? 確かに去年は光輝と一緒にケーキを買って帰った記憶はある。

でも、変な男…? うん?


「あ」


「思い出したか!」


「トナカイストーカー男だ!」


「いや、トナカイって…まあそれはそうかもしれないけどよ、確かそいつの名前が、長沼恭一郎だったはずだ」


「確かトナカイの格好でサンタをつけ回してたんだよね」


「いやちげーよ。厳密には違くはねえけど…でもそれだと意味わかんねえだろ」


えー? でも僕の記憶だとそうなってるしなあ。


「そんな突っ立って何の話? というか時任は早く行かなくていいの?」


立ち話をしている僕と光輝の間に早乙女が割ってくる。


「あ! そうだった…えっと、とりあえず天童さんにメッセージ入れておかないと! …ごめん、行ってくる!」





「で、何を話してたの?」


足早に去っていく昴を見送り、俺は早乙女にさっき昴に見せてもらったメッセージと、去年のクリスマスにあったことを伝える。


「昴の知り合いにな…とにかく凄腕の情報屋…みたいな人がいるんだけどな?」


「情報屋…そんなの本当にいるの?」


「正確には情報屋と言うよりハッカーというか…まあ、俺は直接は会ったことないんだけどな」


俺がそう言うと、優は微妙な顔になる。


「それってここで話してもいい話? ここ、教室のど真ん中だけど」


「大丈夫だろ、みんなほとんど帰ってるし」


「そういう意味じゃないんだどな…」


優が心配しているのはこんな人の多いところで情報屋とか言われている人のことを口にしても良いのかということなのだが…光輝には伝わらなかったようだ。


優が大丈夫かな…と思っているところに、帰る支度を終えた司がやってくる。


「ねえ優、早く帰りましょ…ってなんの話?」


「なんの話だっけ?」


そもそもなんの話をしていたのかを聞きに来たところだったと俺に聞いてくる。

口を開こうとしたところで司の方が先に話し始めた。


「え? 話してたんじゃないの?」


「いや、これからだよ」


「ふーん。それってあたしも聞いていいやつ?」


優と司が揃って聞いてくる。

…口を開く間もなかったな。


「あーもう話が進まないから勝手に聞いていけ。…それで、その人がさっき昴に落書きの犯人を送ってきたんだわ。証拠付きでな」


「えっ、終わったじゃん」


「えっ!? 犯人わかったの!? 誰よ!! とっちめてやるんだから!」


拳を握りしめる様子は今にも飛び出して行きかねない勢いだ。


「いいからとりあえず話を聞けって。それと、とっちめる必要はないから」


俺が言うと不満そうな顔をしながら二人は手頃な椅子を引っ張って座る。

やっと落ち着いて話ができる…。


「ま、とりあえず犯人はわかったんだわ。でも、今ここでは誰とは言わない」


「どうしてよ!? 証拠もあるんだったらさっさと捕まえて磔にして私がやりましたってプラカード下げて昇降口に吊るさなきゃ!」


「おうおう怖い怖い。どこからそんな発想が出てくる? やりすぎな?」


「ついでにそいつ裸に剥いて身体に落書きしよう」


悪ノリとわかる表情で優が付け足す。


「優も乗っかるな!」


「やあね冗談よ。ねえ優?」


「うん」


「お前らの冗談は冗談に聞こえないんだよ…。とりあえず諸々の対処は昴がやるから。それが筋ってもんだろ」


「まあ…そうよね」」


「それで、さっきの話は? なんかクリスマスがどうとかって聞こえたけど」


「うっせーなこれから話すわ! ったく…去年のクリスマスな、俺と昴でケーキ買ったんだよ」


「え、男二人でクリスマス? やだ、寂しいわね」


「いいじゃねえか別に! …いや二人じゃねえよ! 俺の妹もいたわ!

ってそれはそれとして…そん時、俺と昴が買ったケーキがたまたまラストでな。売り子をやってたサンタコスの…たぶん女子大生が店じまいしてたんだ。俺と昴はラッキーって話しながら帰ってたんだが…昴が急に『あそこの自販機にあったココア買わないと』って言い出してな」


今思い返しても理解できないよな。

急に立ち止まって呟くんだから。


「は?」


何を言っているのかわからないと言った顔になる司。安心しろよ、俺も意味がわからない。


「あー、あるよね、そういうの」


「いやないわよ」


頷く優に司がすかさずにツッコミを入れる。


「それでそのサンタコス女子大生がケーキ売ってたところまで戻ったら、店じまいの途中でいなくなってたんだ。俺はなんとも思ってなかったんだが、昴が『なんで包装がぐしゃぐしゃなんだろう』って言い出してな。

よくよく見たら、サンタコス女子大生の帽子についてた飾りが落ちてたんだよ。帽子は落ちてないのにな。

なんかおかしいなって思ってたら、少し遠くからくぐもったような声が聞こえた…らしいんだ」


俺の言葉に優は首を傾げる。


「らしい?」


そう。らしい。昴には聞こえてたらしい。


「…俺には聞こえなかったんだよ」


「時任って…なんなの? スーパーマンか何かなの?」


司の言葉に今はもう驚かなくなった昼の出来事を思い出す。

空中に飛んだ卵焼きを普通に掴んで食べている昴。食べているところは普通だが過程が普通じゃない。


「本人はなんとも思ってないんだけどな。まあそんなわけでサンタコス女子大生がストーカー男に拉致されそうなところをサクッと助けたわけだ。その時の犯人の姿がトナカイの格好してたからトナカイストーカー男ってわけ。んで、多分そいつが今回の犯人の弟…ってところかな」


「いや待ちなさいよ」


「あん?」


「端折りすぎでしょ!? もっと何かあったんじゃないの!? そのサンタコスの女子大生とのラブコメチックなエピソードとか、トナカイコスのストーカー男との会話とか!!」


「いや、俺は駆け出した瞬間に昴に負けて置いて行かれたから聞いてない」


「なんっでなのよ!! 使えな!!」


その場で地団駄を踏む司。

使えないなんて言うなよ!勝てるわけないだろ!


「おい失礼なこと言うなよ! こちとら警察呼んで事情説明までしたんだからな!!」


昴は何もしないから苦労してんだぞこっちは!


「じゃあなんで時任は覚えてないのよ!」


「あいつはココアを買いに逃げたからな。俺は保護された女子大生が話してた内容をちら聞きしつつイメージで話を補完して合わせただけだ」


「はあ…」


「らしいっちゃらしいよね」


ははは、と笑う優。

そんな姿をジト目で見る司。


「まあ、優も似たようなものだしね…」


「え、俺も? いや、流石に聞いてる限りでしかないけどそこまでひどくないと思うんだけど」


「言ってなさい。ほら、もう話もわかったし何もできないんだから帰るわよ。テストもあるんだし勉強しないと。また赤点スレスレなんでしょ?」


「その通り。さすが司、わかってるね。それじゃ、ありがとう神谷」


「おー、じゃあまたな」


「また」


「ええ」


ボソリと小声でなんで勉強しないのよ…と言ってるの聞こえてるぞ。


「さてと、俺も帰りますかね」


昴の方はどうなったかな。

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電車で出会った彼女は学校の人気者 くろすく @kurosuku

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