第16話 ああ、あれはゴリラが人の皮かぶってるようなもんだから


昼休みも終わりに差し掛かった頃。僕のスマホに一通のメッセージが届いた。

差出人を確認すると、まさかの天童さんからだった。


あんなに怒っていたのにメッセージが送られてくるなんて思っていなくて完全に予想外で驚いた。

なんだかそのメッセージを見たいような見たくないような…複雑な気持ちが心に広がっていく。

まず間違いなく僕のことを責めるような内容だろうとことは簡単に想像ができる。


だからと言って、僕がこのまま何もしないというわけではないんだけど…。普通に気まずいよね。


スマホを見る僕の微妙な顔を見て何かを悟ったのか、光輝も早乙女も和泉も会話を一時中断して僕に注目している。

無言にも関わらず、早く話せよと言われている気がしてならない。


そもそもまだメッセージの内容すらまだ見ていないのに話すも話さないもないんだけどなあ。


僕がどうしたものかと固まって考えていると、焦れったくなったのか、光輝がとうとう口を開いた。


「なあ昴、それ、早く見ないのか? どうせ天童からなんだろ?」


「…なんでそんな決めつけてるのさ」


「だってお前、姉ちゃんからの連絡だったら黙って閉じるし、お前の友達は今ここにいるので全員だし?」


「…うるさいよ。まあ、でも合ってるんだけどさあ…なんかこう、見たいような見たくないような…わかる?」


怒らせちゃった手前気まずいし、まだ僕自身の考えはなにもまとまってないし。簡単に言ってしまうと、日和っているといっていい。


ヘタレだって? 気持ちの準備がまだできていないだけだよ。これから準備するんだ、これから。


「わからなくはないけどさ。でも折角タイミングよく向こうからコンタクト取ってきたんだ。これに乗らない手はないんじゃないか?」


光輝が腕を組んで唸っているところで、和泉からも話しかけられる。


「そうよ。…それに、女子は嫌いな相手には連絡だって取らないものだしね。

興味がなかったら無視よ、無視。連絡が来るってことはまだ関係を終わらせるつもりがないってことでしょ? 良かったわね、まだ脈アリじゃない」


女子、怖ぁ…。

それに脈アリって…僕と天童さんはそういう仲ではないんだけど。


「あれ、司は俺のことよく無視するよね?」


早乙女が意地の悪そうな声で和泉をからかう。

それに対して、和泉は懲りもせず食ってかかる。


「それはあんたが変なことばかり言ってくるから! どうやって返せばいいかわかんないのに立て続けにメッセージ送ってくるからじゃない!」


うなぎを捌いてみたいとか、急にスカイダイビング良いよねとか…脈絡がないのよほんと…。


ぶつぶつと呟く和泉。


「そこは乗ってきてもらわないと。長年の付き合いなんだしさ」


「んぎぎ……」


和泉は早乙女に手を出しそうなところを必死に我慢している。

…本当に仲良いんだよね?


「まあまあ、落ち着けって和泉。それよりほら、早く確認してみろよ。案外、向こうも落ち込んでるのかもしれないぜ?」


そうなのかなあ。まだ怒っていて恨み辛みの籠ったメッセージじゃなきゃいいけど…。そうだとしたら追い討ちだよね。結構凹むかも。


「そうかなあ…うん、とりあえず見てみるけど…」


光輝に促される形で、恐る恐るメッセージを開く。


『今朝はごめんなさい。時任くんのことも考えないで一方的に怒ってしまいました。


もし時任くんさえ良ければ、放課後に喫茶店の方でお話しできませんか?』


最悪金輪際あなたとはもう話さないとまで言われると思っていたけれど、天童さんからのメッセージはもう一度話し合いたいというものだった。


、だとかとか付いている文面から察するに、なんだか彼女も相当落ち込んでいるような、卑屈とまではいかないけれどなるべく腰を低くしているように感じる。


思っていたものと違って拍子抜けした。

ほっとした…あれ、なんでほっとしてるんだ?


喫茶店。喫茶店か。休んで良いと言われた手前、行かなくていいかなって思ってたんだけど、でもまあ…問題ないかな?一応先に近藤さんに連絡を入れておく。


昨日休みって言われてたけど、仕事はしないで遊びにだけ行きますっと。


マスターに連絡したところで仕事に関わっているわけじゃないから意味がない。というかあの人はたまに来て店を荒らすくらいしかしない。


それに、あの人連絡返ってくるのまちまちだし。早い時は早いけど、遅い時は次の日だったり最悪返ってこない。


近藤さんにメッセージを送って数分。すぐにメッセージの受信を告げるようにスマホが震えた。


案の定予想していた通り、近藤さんからはすぐに了解の返事が返ってきた。

相変わらずレスポンスがとても早い。やっぱり仕事ができる男は違うね。


『あの子と一緒にか? どっちでもいいけど、こっちは問題ないから学生らしくわいわいしてな。多少煩くしたって誰も叱るやつなんかいないから』


仕事もできるし気遣いもできるし、見た目が堅気じゃないのを除けばかなりの優良物件なんだよなあ。


「それで、なんだって?」


「うん…今朝のことで少し話をしたいって」


怒られる…のかなあ。それとも懇々と語り掛けられるみたいな? 近藤さんにむけていたあの底冷えするような視線に見つめられるかもしれないと思うと少し…いや、だいぶ緊張するな。


「行くんだろ?」


「そりゃ行くよ。まあ…話し合ってくる」


「そっか」


僕がそう言うと、心配そうな顔をしていた光輝がふっと頬を緩めた。


「しっかり話し合ってこいよな!それと、お前あまり…いや全然自分の気持ち喋らないんだから、ガツンといけガツンと。正直に言ってこい」


羞恥心なんてここに捨てていけと背中を叩かれる。持ってても意味ないんだからとか言われてもそんなわけないじゃん。


「ガツンって…正直に言うと、そういうの結構苦手なんだけど」


「俺に正直に言ってどうすんだよ。昴が話すのが苦手なのはわかるけどさ、折角の向こうからアクションがあったんだ。これを逃すわけにはいかないだろ?」


「…一応僕なりに頑張ってみるけど、あまり期待しないでよ?」


「大丈夫だよ、お前なら。天童はお前の話だったらしどろもどろでもゆっくり聞いてくれるさ」


「しどろもどろって…悪いけど、僕はそこまで口下手じゃないよ」


「だよな。ただ、今回ばっかりは考え込んでも良いことないってことだけは言っておくからな」


光輝は茶化すようでいて、瞳の奥は真剣な光を湛えている。

それ以上は言わなくてもわかる。もうはっきりと言われているようなものだけど。


「考えてること、ちゃんと話してこいよ。それだけで良いんだから」


「…わかったよ」


はあ、なんだか変に緊張するし…やっぱりどうしてもあまり気は進まないんだよな。話さなくても通じるだとかそんなことは思ってないけど、自分の考えていることを相手に伝えるというのは…そうだな、初めてだ。


「時任と神谷ってさ、なんか兄弟みたいだな」


「…いきなりなに?」


早乙女がぺろりと大量のお昼ご飯を食べ終え、お茶を飲みながら口を開く。


「なんか不貞腐てる弟と、それを元気付けてる兄、みたいな」


「それでいくと、俺が昴の兄貴ってことか?」


なんで少し嬉しそうに笑ってるんだよ。

既に姉だけでお腹いっぱいだというのにこんな兄がいたら気が休まらないに違いない。


「こんな兄はいらないよ…」


僕がそう言うと、光輝は笑って掴みかかってくる。


「なんだと、生意気な口はこうしてやる!」


「いふぁいよ…しがみついてこないで、離れろってば! …もう、早乙女が余計なこと言うからこいつ調子乗ったじゃないか」


ゴン、と頭から机に突っ伏して身動きしない光輝。

その様子を見て、和泉が顔を引き攣らせている。


「あ、あんた、意外と力あるのね…」


「え? ああ…たまに姉さんと戦ってるからね」


あの猛獣と戦って生きていくにはこれくらいは余裕でできないと無理。せめて抵抗はしないと絶対に搾取され続けて終わる。良くて下僕、悪くて奴隷。勝てなきゃ、いや、抵抗できなければ人権がなくなるんだ。


「時任のお姉さんってあれよね、確か生徒会副会長の綺麗な人。初めて見た時はこんな綺麗な人いるんだって思ったわ」


思い返すような和泉に現実を教えてあげることにする。現実はいつだって厳しいし美しくないんだよ。


「ああ、あれはゴリラが人の皮を被ってるようなもんだから。心の目で見ればとんでもないモンスターだってわかるよ。まだあと3回は変身するんじゃないかな」


「いやわからないわよ!? それに人間が変身なんかするわけないじゃない、何言ってるのよ…」


そうなの? 僕にはわかるけどな。

殺意の塊が人の皮を…おっと、なんだか背中に冷たいものが。

遠くからでも感じ取るのか…?


「ま、まあ…それは置いておいて…」


「あ、復活した。意外と早いな」


震えながら光輝が起き上がる。

あれ、きちんと脳を揺らしておいたのにな。

こいつも案外打たれ強いというか、意外と肉体の強度が高いというか…今度からはもう少し強めにしようかな。


「昴、一応、天童に何を話すかちゃんとまとめとくんだぞ…」


そう言って突っ伏して動かなくなってしまった。よかった、悪は滅することができたようだ。

そっと口元に手を当てて息を確認すると生きてはいるみたい。僕の机にいると邪魔なのでとりあえず光輝の机に投げておく。


洗濯物のように机に引っかかっている姿をスマホをカメラで撮影しておく。まったくいい気味だ。

ついでにメッセージも送っておく。


『干物』


よし。


「…それ、大丈夫なのよね?」


「これ? うん、大丈夫だよ。ちょっと脳を揺らしたから意識を保ってられないだけ。早ければ放課後には目が覚めるんじゃないかな」


「待ちなさい。それは大丈夫とは言わないわよ」


「え?」


何が悪いのか全くわからない。早乙女に目を向けても肩をすくめるだけで何も言わない。


「こんな状態で授業なんてできるわけないじゃない。それに、先生にも何があったか聞かれて面倒になるわ」


「…知らないふりすればいいんじゃないかな。僕は何もしてないし、和泉も早乙女も何も見なかった。これでいいんじゃない?」


「ううん…」


微妙な顔で唸る和泉。こいつはこいつで正義感が強いからな。いいところではあると思うんだけど。


「仕方ないな」


ようやっと大量の食料を摂取し終えた早乙女が立ち上がって光輝の元へ向かう。

おもむろに肩を掴むと、そのまま親指を奥に押し込んだ。


「いててて!!」


絶叫しながら飛び起きた光輝。なんだ、全然元気じゃないか。


「ほら司、これでいい?」


「いい、のかしら?」


涙目で肩を抑えうずくまる光輝を見ると素直には頷けない。


「おい優! お前起こす時はもっと優しく女子を労る気持ちでやれとあれほど言ってるのに…」


「いや、一回も言われたことないけど」


「あ? 言われなくても優しくするんだよ! どうすんだよ骨とか折れてたら…それくらい痛いんだからな?」


「知ってるよ。俺だってやられたことあるし。でも、折れてはないよ。そこまで本気でやってないし」


「そういう意味じゃなくてだな! …はあ、もういいや、疲れた」


せっかく復活したのに再び机に突っ伏してしまう光輝。数分とたたず寝息が聞こえてきた。


「寝るのはやいわね…」


「まあ、数少ない光輝の特技だから」


「あなたたち本当に友達なのよね?」


うん、マブダチだよ。

ただし、時と場合によっては生贄になったり囮になったりするけどね。

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