第15話 天童唯花視点


お昼休み。私はいつも通り涼音ちゃんと一緒にご飯を食べる。内心は全然いつも通りじゃないけれど、なんとか午前中を乗り切った感じ。


今日もお弁当を準備してきたものの、学食には行かない。というか、あんなことがあって行けないし、行く勇気も今の私にはない。

本当は会いに行きたい気持ちがあるけど、今時任くんと会うのは気まずいしあわせる顔がない。


「ああ〜……」


机に突っ伏して頭を抱える。


「それで、一方的に言うだけ言って、逃げてきたのね?」


朝の一件を聞いて、まるでベテラン刑事の取り調べのような雰囲気を醸し出す涼音ちゃん。ただの教室なのに取り調べ室に早変わりだ。


いつもは他の友達も私たちを囲うようにして一緒にご飯を食べているけど、今日は涼音ちゃんの雰囲気に呑まれて誰も近寄ってこない。


「うう…そうです」


朝のことは明らかに自分が悪いと分かっているだけに縮こまってしまう。

もっと言い方があったんじゃないのか、ちゃんと時任くんの話も聞けば良かったんじゃないのか。

午前中はそんなことばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。


「まったく呆れた。目を赤くして帰ってきたから何かと思えば、単に唯花が一方的に癇癪起こしてるだけじゃない」


「それ以上は言わないでよもう…自分でも分かってるんだから」


朝は時任くんにないがしろにされたような気がして思わず怒鳴っちゃったけど、よくよく考えれば時任くんがそんなことするはずがないって分かってたのにな。


初対面の私に何も聞かず助けてくれた時任くん。そんな彼が傷付くのは見たくないと思ったし、私のせいで時任くんが大変なことになっているって思ったら、申し訳ない気持ちと何もできない自分が情けない気持ちがごちゃごちゃになってしまった。


時任くんは私のせいじゃないって言ってくれていたのに、私の心が弱いせいでそれを素直に受け止められなかったんだ。


「早いところ謝ってきた方が気がラクになると思うわよ?」


「そんなの分かってるけど…」


「…怒っちゃった手前、気まずい?」


優しげな声で諭すように話す涼音ちゃん。いつも凛としてるから、煙たがる人がいるのを私は知ってる。でも、こんなギャップがあるってわかったら色々な人が寄ってくると思うんだけどな。


私なんかよりよっぽど可愛いしかっこいいのにな。


「うん…」


「自分が悪いけど謝りに行きづらいっていう気持ちはわかるけどね。小さい頃、親に怒られた時とか同じような気持ちになったことがあるわ」


そう言いながら涼音ちゃんはカコカコとスマホをいじって何かしらのメッセージを打っている。

いつもはちゃんと話を聞いてくれているのに…ひょっとして呆れて嫌いになっちゃったのかな?


確かに勝手に勘違いして怒っちゃったのは悪かったし、時任くんの話も聞いてこなかったのは私だけど…もう少しちゃんと私の話を聞いてくれてもいいんじゃないかな。


「ねえ涼音ちゃん、さっきから何してるの?」


我慢できずに聞いてしまう。


「んー? ちょっと助っ人と連絡を取っているの。

っと、もう返事がきたわ。…相変わらず早いわね」


スマホを見ながら苦笑いしている。


「助っ人? って、誰?」


「すぐにわかるわよ」


そう言って涼音ちゃんは手に持っていたスマホの画面を見せてくれる。


『弟さんと喧嘩した友達がいるのですが、仲を取り持ってもらうことはできますか?』


『わかりました。今からそちらに向かいます』


メッセージを見て、首を傾げる。

弟さん…って、多分時任くんのことだよね? ということは、時任くんのお姉さんってこと!? というか来るの!? しかも今からって!


「こ、この人ってひょっとして…?」


「生徒会の副会長。何回か集会でステージに立って話していたこともあるし、名前と顔くらいは覚えてるでしょう?」


「確か…時任、美玲みれいさん…」


「その通りです」


「ひぐっ」


前もこんなことがあったなあと驚きで声を漏らしつつ後ろを振り返る。



するとそこには、女神が立っていた。



…いや、間違えた。正確にはまるで女神のような人が立っていた。けれど優しさに満ち溢れているといった風ではなくて、どちらかというと戦乙女的な…こう言ってはなんだけど、とても強そうだ。


「…相変わらず早いですね、先輩」


涼音ちゃんは驚きと呆れを含んだ眼差しでやってきた時任くんのお姉さん…美玲さんを見る。


眼差しに込められている意味を察してか、美玲さんは苦笑して首を振った。


「流石に今回は偶然です。元々野暮用があってこちらに向かってきていましたから」


「元々? 私に何か用ですか?」


「いえ、今日は鈴木さん、あなたにではなく」


すっと向けられたその視線に込められた力の強いこと。やっぱり、自分の弟が変なことに巻き込まれたとなったら心配するし、まずは元凶を問い詰めようとするよね…。


「天童さん、あなたとお話がしたいと思って来ました。…お邪魔でなければ私もお昼、同席させていただいても?」


そう言って美玲さんはお弁当の入っている袋を見せた。


「も、もちろんです!」


私はそれになんとか返事をした。急な展開で頭がまだ追いついていない。

どうして美玲さんが私の名前を知っているんだろうという疑問もその時は吹き飛んでいた。


「ああ、よかった」


ふっと笑ったその顔に、見惚れてしまう。

周りをよく見ると、見惚れてしまったのは私だけじゃないみたい。

男の子だけでなく女の子も見惚れている。


なんだか近くの椅子を借りて座るその仕草でさえも気品があるもののように感じてしまう。


「それで、何を聞きにきたんですか? やっぱり今朝の騒動の話ですか? そこに当事者がいますけど」


「ちょ、ちょっと涼音ちゃん!? まるで私を売るみたいに!」


開口一番に涼音ちゃんが切り込む。


「それも気になるところではありますが。…広がりすぎてしまった噂は沈静化させましたし、盛り上がっているのは当事者のいるクラスだけなので私の役目は終わり。あとは昴さんが自分でどうにかするでしょう。


私がやれることはやりました。それよりも気になっているのは、天童さん。あなたの自身のことです」


「わ、私ですか?」


「そう」


美玲さんは持ってきたお弁当を広げる。中身は普通のお弁当だ。なんだか親近感がわくなあ。

あれ、でも時任くんは学食だったような…お弁当とかは別々なのかな。


「今まで昴さんがあそこまで人と…それも女性と仲良くなったことはありませんでしたから。どんな人なのか、気になってしまって」


ああ、でもそういえば何故か神谷さんとは前から仲が良かったでしたっけ。

後から小声で呟くのが耳に入った。


意外と普通の理由である意味驚いてしまった。


もっとこう…怒ってたりするものだと思っていたんだけど、こうして見ている感じだと怒ってもいないようだし、本当に確認しにきたってだけなのかな。


「どんな人…と、言われても…」


特に変わったところのない女子高生、としか言いようがない。…少し、周りの男の人の目を引いてしまっているのは自覚しているけど。


でも、自分でどうしようもないことを責められても変えようがないから気にするのはやめた。


「急に初対面の相手にあなたはどんな人ですかって言われても困ってしまいますよね」


ころころと笑う美玲さん。

私はそれに苦笑いして頷く。


「そうですね…それでは、昴さんとの馴れ初めでも聞かせてもらえますか?」


「な、馴れ初めですか…」


「そう、馴れ初めです。よっぽど衝撃的な出会いでもなければ昴さんが仲良くなろうだなんて思わないと思うんです。

あの子は昔からあまり他人とは一緒にいなかったものですから」


「衝撃的…まあ、唯花にとってはちょっとアレな話でもあるわよね」


アレ…まあ、あまり話を広めたいものじゃないのは確かだけど、関係ある人にだったら話してもいいと思う。


「アレっていうと…なんだか悪い話のようにも聞こえるのですけど…」


「まあ、ちょっとありまして…。時任くんと初めて会った…というか、話すきっかけになったのは昨日のことです」


「…昨日、ですか?」


私の言葉に表情を消し、微かに美玲さんは目を細める。じっと見つめられてしまってなんだか居心地が悪い。何か変なことを言ったかな。


「えと…はい。なにかありましたか?」


「…いえ、やっぱり意外だと思いまして。口を挟んでしまってごめんなさい。続きをお願いしても良いですか?」


「あ、はい。じゃあ、その…気を取り直して、昨日のことなんですけど…」


私は昨日起きたことを話した。

痴漢されたこととその時に助けてもらったこと。流石にその時に時任くんのにおいが良かったなあ安心したなあとかは言わなかったけど、その他にも喫茶店の話や今朝あったことも話した。


なんだかボリュームがあったから何日もかかったことのように思えたけど、思い返したらあれは全部昨日今日の出来事だったんだよね。



「…とまあ、こんな感じで、それでその…今は時任くんとはちょっと揉めてるといいますか…」


「一方的に唯花が拗ねてただけじゃない」


「ちょっと涼音ちゃん!」


「本当のことでしょう?」


そうだけど、そうなんだけど、そう言われるとなんだかなあ!


やるせない気持ちを抱え涼音ちゃんから目をそらす。するとその先にいた美玲さんがなんだか考え込んでいるのが目に入った。


「……」


「えと、どうかしました?」


「…いえ、なんでもないです。ちょっと考え事をしてしまって」


絶対何かあったんだろうなあ。普通そんな考え込まないもん。

もし美玲さんに責められたら…なんか立ち直れなくなりそう。


「それでその…何かアドバイスとかって、もらえたりしますか?」


「アドバイス、ですか?」


きょとんとした顔になる美玲さん。

そんな風な顔だと、少し幼く見えて可愛いんだなあと余計なことを考えてしまった。


「も、もともとは時任くんと仲直りできるような何か良い意見が聞ければなあって思って涼音ちゃんが連絡したんですけど…」


「ああ、アドバイス…アドバイスですか…うーん…」


美玲さんは顎に手を当てて唸り始める。

良い考えが出てきてほしいと期待の目で見つめるけれど、その期待は早々に裏切られた。


「特にないですね」


「えっ!」

「ないんですか?」


私と涼音ちゃんは同時に声を発する。


「ないですよ?」


笑顔で言う美玲さん。


「だって話を聞いている限りだと、昴さんは天童さんに『心配しなくて大丈夫』と言っていたんですよね?」


「それは、そうなんですけど…」


「確かに昴さんは昔から口下手で自分からはほとんど動きたがらないし朝は全然起きないしどうしようもない怠け者で、ゲームばかりしていて、親の言うことも私の言うことも聞かずに反抗してばかりいますけど」


…美玲さん、時任くんのこと嫌いなのかな?


一瞬そう思ったけど、続く言葉で考え直した。


「それでも、自分の言ったことはきちんと守れる子なんですよ?」


ふふ、と笑う美玲さんがどこか誇らしげで、私の知らない時任くんがまだまだいるんだろうな、とそう思った。

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